それぞれのそれから(2)


風の国 中央レイメル


ナナリーはエリスが休む宿にいた。

日は沈みかけており、窓から差し込む光も少なくなっていた。


エリスが眠るベッドの横に椅子を置き、足を組んでナナリーは座っている。

小さな眼鏡を掛けて、本を読んでいた。


そして数日ぶりにエリスが目を覚ます。

ナナリーは目を開けたエリスを見ると本を閉じ、眼鏡を外した。


「ようやくお目覚めね、お姫様」


「……ナナリーか」


ナナリーの皮肉に対応する余裕すらないエリスは寝た体制で対応する。

エリスは朦朧と天井だけを見つめていた。


「決着は……ノア団長はどうなった?」


「生きてるわよ。シャドウはアゲハ・クローバルが、ラムザはアルフィスが倒したわ」


ナナリーの言葉を聞いたエリスは目を閉じて深呼吸した。

その目には涙があった。


「二つ名招集はあなたの計画だったんでしょ?」


ナナリーはそう言うと、黒いマントの中をゴソゴソと探り、折り畳まれた手紙を出した。

手紙は色褪せており、その紙質を見るに何年も経っているようだった。


「学生時代、私と何の接点もないのにも関わらず、あなたはおもむろにこの手紙を渡してきた」


「まさかまだそれを持っていたとは……」


「私はこの手紙の意味を数年間ずっと考えていた。でも全くわからなかった。そして今回の件で初めてその意味がわかった」


「ナナリー……」


「私は最初の作戦会議の時、これはエリス・マーデンの作戦だと思った。それならこの手紙の意味も通るわ」


ナナリーは折り畳まれた手紙をエリスが寝る胸元にゆっくり置いた。


「私はとんでもないことをした……私は団長一人を守るためにエイベル様やヴァイオレットを犠牲に……ナナリー、お前にも迷惑を掛けた……」


エリスの涙は止まらなかった。

たった一人を守るための作戦だったが、エリスはこの状況も分かった上で決行していた。


「それは結果論でしかない。あと私は同期のよしみだから乗ってあげたのよ。それに今回はあなたに助けられたわ」


「どういう……ことだ?」


「私を"勇者様"に引き合わせてくれた。感謝してるわ。これで私の中の死神も少しは大人しくなるでしょう」


ナナリーはニヤリと笑い立ち上がる。

そして部屋のドアノブに手を掛け、少し回した。


「ナナリー……死神なんてものは存在しな……」


「それは言わなくていいことよエリス。人間は何かにこじつけたい。特に不幸な出来事にはね」


そう言うとナナリーは宿を出た。

エリスは自分の胸元に置かれた、自分が書いたナナリー宛の手紙を手にした。

そして古く折り畳まれた手紙を広げた。


"岩は山に残る。炎の男と二人で山を降りろ"


このエリス・マーデンの作戦は学生時代、平凡で冴えない女子生徒ナナリー・ダークライトという少女にこの手紙を渡すところから始まっていたのだった。




________________




風の塔 螺旋階段



レノは昔から考え事をする時には、この階段を上り下りしていた。

階段の数は数えたことは無いが相当ある。


たがそれを一日かけて往復し、考えをまとめていた。

この日も考えをまとめようと螺旋を上り下りしていたが、考えはあまり纏まらなかった。


「"アルフォード"……恐らくこの男が首謀者なのだろう」


ラムザの記憶に出てきた男だが、顔や体型は全くわからず、さらに声すらもわからない。

わかっているのは名前だけで、それ以外の情報は全く無かった。


「兄上に手紙を書くか」


レノは階段を登り自室へ戻った。

広々とした空間、中央には赤絨毯が引かれており、部屋のど真ん中には机と椅子が置いてある。

ここがレノの書斎だった。


レノは土の国の王であるカインに今回の経緯と結末、そして"アルフォード"という男のことを手紙に書くと、それをすぐにそれを出した。



________________



翌日 早朝


中央レイメルの南門前にはアルフィスとナナリー、ワイアットがいた。

三人はセントラルへ向かおうとしていた。


「世話になったなアルフィス」


「こちらこそ。エイベルは……残念だった」


「これがやつの運命だったんだろう……お前が気に病むことはない。今度はトーナメントで会おう」


ワイアットはそう言うと手を前に出した。

アルフィスがそれを取って握手する。

二人はお互い笑い合うと、少し涙目になっていた。


「ああ。ぜってぇ負けてねけどな」


「それはこっちのセリフだ。それじゃまたな」


ワイアットはアルフィスとナナリーに手を振ると馬に跨り、セントラルの方へ向かっていった。


「俺達も行くか」


「ええ。そうね」


二人は貴族用の馬車に乗り込んだ。

お互い向かい合って座るが、何時間も無言のままだった。

二人は今回の旅のことを色々と考えていたのだ。


そしてようやくナナリーが口を開いた。


「アルフィス、これからどうするの?」


「俺は元々、土の国へ行く予定だったんだ。セントラルから実家に手紙と荷物を送ったら土の国へ入る」


アルフィスのその言葉を聞いてナナリーは少し悲しげな表情をした。

アルフィスはそれが気になった。


「どうした?」


「私は土の国には入れない。少し前に国境で問題を起こしちゃって」


「マジか……」


アルフィスはあわよくばこのままナナリーとバディを組んだまま土の国へ行きたかった。

アルフィス自身、ナナリーの戦闘方法は完全に自分の戦闘スタイルと相性抜群だと思っていたからだ。


「私の紹介で良ければ、友達の聖騎士を紹介するわ」


「おう!助かる!」


「ちょっとクセはあるけど、アルフィスなら大丈夫でしょう」


アルフィスは首を傾げた。

ここまで来るまでにバディを組んだ聖騎士は全員性格が違っていた。

ここにきてヤバい性格の人間がバディになるのは考えものだった。


「おいおい……大丈夫なんだろうな?」


「大丈夫よ」


ナナリーは笑顔を見せるが、アルフィスはその笑顔が全く信用できなかった。


「でも、もし……火の国へ帰ってくることがあれば、私と一緒に旅でもしましょう。あなたとはずっといてもいい」


「……」


アルフィスは馬車の窓の外を見て少し考えていた。

前にもこんな話はされたことがあった。

セレンからのバディを断り、メルティーナとの結婚も断った。

だが次第にアルフィスはこの世界のことを好きになりかけていた。

ここでずっと暮らすなら、一緒に戦う仲間は必要だ。


だが……アルフィスは一度決めたことは貫きたかった。

この世界での最大の目標は世界最強の火の王を倒すことで、そこには仲間はいない。

それは完全にタイマンの戦いだった。


「すまない……やることがあるんだ」


アルフィスの言葉を聞いたナナリーは笑みを溢した。


「それでこそアルフィス・ハートル。私の勇者ね」


「勇者?なんのことだ?」


「こっちの話しよ。少し休みましょう。もう日が暮れる」


窓の外は日が落ち掛けていた。

アルフィスはそれをずっと眺め、その横顔をナナリーは横目で見ていた。


ナナリーはこのまま時間が止まってしまえばいいと思うほどに、アルフィス・ハートルという魔法使いに惹かれていた。

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