勇者
ナナリーは北東の港から馬車でレイメルへ向かっていた。
心臓が止まったアルフィスをそのままにできず、急いで担いで運び馬車に乗せた。
御者の聖騎士も額に汗を浮かべながら、馬に鞭を打つ。
レイメルへ戻り、魔法にしろ薬品にしろ、なんでもいいのでアルフィスを蘇生させたかった。
レイメルへの道中、ずっとナナリーは横たわるアルフィスを見て祈っていた。
途中、森林地帯に差し掛かった時だった。
馬車はいきなり止まり、ナナリーは驚いてアルフィスを押さえた。
「何事なの!?」
ナナリーは急いで馬車から降りる。
すると森の中から何頭もの魔物がこちらを睨んでいた。
その数は気配だけでも数十匹を超えていた。
御者の聖騎士は馬の前に立ち、剣を構えて周りを見渡しているが、剣を持つ手は震えている。
「あなたは下がっていなさい。エンブレム・
ナナリーは剣のグリップを握ると、一気に鞘から引き抜く。
そしてそれを見た犬型の魔物達は勢いよくナナリーの方向へ向かった。
ナナリーは馬車から少し後ろに走り、魔物を引きつける。
「
ナナリーは剣のグリップを四方に振るうと、糸が次々と魔物に絡まり、閃光が走ったと同時にその体を両断していく。
馬車を襲おうとしていた魔物を御者の聖騎士は守る。
剣の刃を噛ませて耐えているが、もう限界だった。
ナナリーはすぐにオーラの糸を数メートル先の魔物の胴体に巻くと一気に引いて両断した。
「その馬車を襲わせはしない!」
その時、ナナリーの背中に痛みが走った。
なにか鋭利なもので切り付けられたような気がした。
「があ……」
なんとか踏ん張り、耐える。
ナナリーが後ろを振り返ると、そこには口が裂けている魔人がいた。
口裂けの魔人はナナリーの背中を引っ掻いて傷を負わせたのだった。
「まさか……こんなところに……」
口裂けの魔人は一気に手を伸ばすとナナリーの首を右手で掴み、力強く締めた。
ナナリーは剣を落とし、口裂けの魔人の腕を払おうとするが、その鉄のように硬い腕はびくともしない。
「私も……ここまでなの……」
口裂けの魔人はその大きい口を開き、ナナリーの首元へ噛みつこうとしていた。
ナナリーは目を閉じ、涙が頬を伝う。
ナナリーの意識は途切れ掛けていた。
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火の国 ダークライト家
ナナリーはダークライト家の長女として生まれた。
ダークライト家は剣士の育成に力を入れていたため、女の子が生まれたことには皆が大いに喜んだ。
ナナリーは母親が寝る前にするお話しがとても好きだった。
特にその中に出てくる"勇者"という存在に憧れを持つようになっていた。
そのお話しは誰が聞いてもシンプルだった。
ただ聖騎士が悪い竜を倒すお話しで、なんの捻りもない一本道のストーリー。
だが、このお話しの中で聖騎士のピンチに魔法使いが駆けつけて竜を二人で倒すシーンがあり、ナナリーはそのシーンがとても好きだった。
どうやら昔に実際あったお話しということは後から知ったが、母親はこの魔法使いのことを"勇者"と呼んでいた。
ナナリーは本当にこんなことがあるならロマンチックだなと思って聞いていた。
その後、ナナリーが10歳の頃に母親が亡くなった。
それから1年過ぎるごとに一人二人とナナリーの周りから人がいなくなり、いつしか死神と呼ばれ、誰も寄り付かなくなっていた。
だがナナリーは母親のお話しをいつまでも信じていたのだ。
いつかこんな自分を助けてくれる"勇者"が現れる。
自分より強い魔法使いが、ピンチの時に必ず助けに来てくれるとナナリーは信じ続けていた。
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ナナリーの意識が朦朧とする中だった。
目の前でドン!という轟音が聞こえ、ナナリーは目を見開いた。
それと同時にナナリーの体は地面に落ち、倒れる。
さらに魔人の上腕も地面に落ちた。
ナナリーが魔人の方を見ると、その胸に大きな穴が開いており、またもズドン!という轟音が遅れて聞こえた。
魔人はそのまま後ずさると仰向けに倒れた。
「なにが……起こってるの……?」
体に力が入らないナナリーは誰かに抱き起こされ、そのまま両手で抱きかかえられた。
抱きかかえた人物の姿を見ると、さっきまで心臓が止まっていたはずのアルフィスだった。
「すまんな。寝坊しちまった」
アルフィスはニヤリと笑い、ナナリーを見た。
ナナリーはアルフィスの胸に顔を押し付けて号泣した。
「どうして……どうして生きてるの?」
「説明は後だ。すぐにこの森林を出よう」
アルフィスはナナリーを抱きかかえたまま、馬車へ向かい乗り込んだ。
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馬車が走り出してから少し経った頃。
ナナリーは窓の外を眺めるアルフィスをチラチラ見ていた。
「どうした?」
「さっきの説明、まだなんだけど」
当然の疑問だった。
心臓が止まったはずなのに生きている。
さらにナナリーがアルフィスの胸に顔を押し当てた時に気づいたが、胸の骨も再生していた。
「……"アレ"は賭けだった。だがあの瞬間"アレ"しかできないと思ったんだよ」
「アレ?なんのこと?」
「俺は下級魔法を二つ同時に発動できる。その二つの魔法は同じ魔法でもいい。さらにその魔法の力を倍にできる強化スキルもある」
「それが?」
「あの瞬間、発動したのは"ファイアヒール"という魔法だ。これは対象の体力を継続回復するという魔法だが、回復力が低すぎてまず使わない魔法だそうだ」
これはアルフィスが以前、黒猫アルから教えてもらった情報だった。
実際、ファイアヒールだけだとかすり傷を治すのにも数分かかるほどだ。
「だが、複合魔法でファイアヒールを二つ入れて、さらに下級魔法強化を入れると、とてつもない回復力で継続回復し続ける」
「そんな凄い魔法なんて聞いたことないわ……」
「下級魔法や下級スキルなんて誰も使わんからな。たが組み合わせ次第で凄まじ力を発揮する。だが問題がある」
「問題?」
「俺は一日に三回しか魔法を発動できない。これを安易に使っちまったら、攻撃手段が無くなる。だからずっと使ってなかったんだよ」
「なるほどね。でも生きていてよかったわ。またバディに死なれたら、さらに変な噂が広まって仕事が無くなるかも」
ナナリーは苦笑いしながら窓の外を見た。
もうあたりは暗くなっていて、星空が綺麗だった。
「俺は約束は必ず守るさ」
「約束?」
ナナリーはアルフィスを見る。
アルフィスもナナリーを横目で見ていて目が合った。
「お前の後ろの死神をぶちのめして、お前を救う」
アルフィスの言葉にナナリーは頬を赤らめた。
実際はそんな話はされていない。
ただアルフィスは自分の強さを証明したくて、自分とバディを組んだのだろうとナナリーは思っていた。
だがナナリーは感じていた。
目の前のアルフィス・ハートルという魔法使いは間違いなく自分より強い。
そして自分にとっての勇者であり、その勇者の前に"死神"はもうすでに
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