カトラ


アゲハとレノは北の遺跡から北東の港に向かい、夜には到着した。


港には誰もおらず、停泊している船も無い。

あたりはもの静かで海のせせらぎだけが聞こえていた。


「アゲハはここは初めてかい?」


「はい。初めてです……お父様は海は危ないと連れてきてもらえなかった。休日はいつも山の別荘で過ごしていました……」


「へー。なんでだろ?海は気持ちいいのに」


アゲハは海を見つめながら昔を思い出していた。

アゲハが幼少の頃、父と母と三人で山の別荘を目指している時のことだった。


「お母様が昔話をしてくれたのです。お父様は子供の頃、この港で遊んでいた時、海に落ちたと……それ以来、お父様はここには来ていない」


「なるほどね」


「お母様が亡くなってから、お父様とはあまり会話することも無くなってしまった……お父様は一体何を考えていたのか……」


アゲハの悲しみの感情はレノにも伝わっていた。

その目には涙を溜めていたようにも見えたが、レノは何も言わなかった。


アゲハとレノは港の倉庫へ向かった。

倉庫は海に面して四つ横に並ぶ。

アゲハは三つ目の倉庫まで開けて調べたが、何もなく、四つ目の倉庫の前に来た。


だが四つの倉庫は鍵が掛けてあり、開かなかった。


「これは壊すしかないね」


「ええ、私が」


そう言うとアゲハは縦に抜刀し、倉庫の門の鍵を破壊した。

その瞬間、中から声が聞こえたような気がした。

アゲハとレノは顔を見合わせ、お互い頷くと中に入っていった。


倉庫内は高い窓から光が差し込む。

中には何も無かったが、一番奥の角に人影が見えた。


「誰かいるのですか?」


アゲハが刀を腰に構えてゆっくり近づき、レノもそれに続く。

人影の姿がはっきりと見える位置まできたアゲハは驚いた。


「こ、子供?」


そこにはブルブルと震えながらアゲハを見つめる子供がいた。

髪の色が銀髪でロングヘア、ボロボロの布の服を着ており清潔感が無かった。


「土の国の奴隷か……でもなぜこんなところに?」


アゲハはその子供までゆっくり近づき、目の前でしゃがんだ。


「大丈夫ですよ。私達はあなたを助けます。お名前はなんと言うのですか?」


「……カトラ」


「カトラさん。いいお名前ですね」


そう言ってアゲハが笑顔を見せるとカトラは落ち着いた。

アゲハは上着を脱いでカトラに着せる。


「クローバル家に戻りましょう。事情を聞くのはそれからです」


「了解。こっからは荷馬車だね」


アゲハとレノ、そして銀髪の少女カトラはレイメルのクローバル家屋敷に向かった。



________________



クローバル家 

屋敷前



屋敷に戻ったアゲハは玄関外にいた。

アンジェラが屋敷から出てきて、涙目でアゲハと会う。


「ご無事でなによりです……」


「ええ。アンジェラ、この子をお願いします。綺麗にしてあげて下さい」


アゲハはそう言うとカトラをアンジェラに紹介する。

カトラは心配そうに俯いていたが、アンジェラの笑顔を見ると少しだけ安心したようだった。


「わかりました!あの、そちらのお子さんは……」


「ああ、このお方は……」


「僕はネロ。魔法使い見習いさ!」


レノの言葉にアゲハは驚いた表情した。

真面目で素直なアゲハにとって、これほど自然に嘘をつくレノは異質だった。


「そうなんですか。アゲハ様を守ってくれたんですね!ネロくんありがとうね」


「えへへ」


唖然とするアゲハをよそに、レノとアンジェラ、カトラは屋敷の中に入っていった。


アゲハもそれに続くとアンジェラとカトラはお風呂に向かい、アゲハとレノは応接間で待つこととなった。



________________




応接間は広々としており、真ん中に大きいテーブルがある。

その周りに椅子が複数置いてあり、大人数の来客にも対応できるようになっていた。


アゲハとレノは隣同士で椅子に座り、アンジェラとカトラを待っていた。


「あのメイド以外に使用人はいないのかい?」


「ええ……お父様が捕まってしまったので、アンジェラ以外は辞めていきました」


「そうか……」


「クローバル家はこれで終わりですね……当主が犯罪者となればさすがに存続はできない」


アゲハの悲しげな表情を横目で見ていたレノは少し考え事をしていた。


そんな会話をしているとアンジェラとカトラが応接間に来た。

カトラは薄い緑色のドレスを着用し、長い銀の髪を後ろで束ねてポニーテールにしてあった。

よく見ると10歳ほどの少女で顔立ちも綺麗だった。


「わぁ、すごく綺麗になりましたね。私のお下がりですが、よく似合ってます!」


アゲハの満面の笑みを見たカトラは頬を赤らめ俯く。

レノとアンジェラもニコニコしていた。

アゲハはカトラの前でしゃがみ、頭を撫でた。


「私はあなたの味方です。よかったら何があったか話してもらえないでしょうか?」


「はい……私は土の国から連れてこられました」


「なんのためにでしょう?」


「"転生術"という魔法を使うために……」


アゲハとレノは驚く。

カトラの後ろに立つアンジェラは首を傾げていた。

アゲハの後ろに立っていたレノが少し前に出る。


「それは"呼ぶ"か"返す"かわかるかい?」


「"呼ぶ"と言っていました」


レノはカトラの言葉に怪訝な表情をした。

アゲハはその質問の意味がよくわからなかった。


「なるほど」


「どういうことでしょうか?」


「恐らくカゲヤマ以外の強者を呼び寄せる気だろう。ちょっと記憶を覗くよ」


そう言ってレノは片目を閉じカトラを見た。

そしてすぐ片目を開けて考え事をして、今度はアンジェラに質問した。


「もしかしてここに誰か来なかったかい?」


「え?あ、はい。言い忘れておりましたが、一週間ほど前にワイアット様とそのお連れの方々がいらっしゃいました」


「ワイアット?久しぶりですね。あとは誰が来ていたのですか?」


「確かアルフィス様とナナリー様という方です」

 

「アルフィス!?アルフィスもここに来たのですか?」


「ええ、情報が欲しいと、カゲヤマ様の手紙を読まれましたがよくわからないと言っていたのでガウロ様に会ってみたらどうかと提案致しました」


「それからアルフィスはどこへ向かったかわかりますか?」


「ワイアット様とは逆に港の方へ向かったようです」


アゲハはそれを聞いて驚いた。

アルフィスはここを訪れて、完全に行き違いになっていた。


「そのワイアットという人は、もしかして北の遺跡に向かったんじゃないか?」


「そこまではわかりません……」


アンジェラが困った表情をしている。

アゲハはレノの言葉に首を傾げていた。


「"遺跡の秘密がバレた、転生術は闘技場でおこなう"とこの子の記憶の誰かが言ってる」


「バレたということはワイアットはカゲヤマ先生かラムザと会ってるということでしょうか?」


「恐らくそうだろう。僕達が港に着くほんの少し前の会話だ。かなり急いでる様子だな」


「もしかしたら闘技場に行けばどちらかに会えるのではないでしょうか?」


アゲハとレノは顔を見合わせて同時に頷く。

風の国の闘技場は剣術大会がおこなわれる場所だった。

だが魔法使い殺害事件が発生していたため、今年の大会は中止になっていた。


「アンジェラ、カトラをお願いします。私達は闘技場へ向かいます」


「はい!お気をつけて!」


アゲハとレノは中央レイメルから少し南西に行った闘技場へ急いで向かった。

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