アゲハとレノ
数週間前
アゲハは風の王と名乗った少年と共にマルロ山脈の頂上にある別荘へ向かい、山道を歩いていた。
アゲハが先頭を歩き、その後ろからレノがニコニコしながら鼻歌混じりで歩く。
「魔物の気配は無数に感じますが……襲ってこない?」
アゲハ達の周りをカサカサという音が聞こえるが、それはすぐに止んだ。
まるで自分達では敵わない相手だと思ったように魔物達はアゲハ達に近づいてこなかった。
「まぁ、襲ってこないならいいんじゃないかな!」
呑気なレノにアゲハは呆れ顔だった。
だが以前、セレン・セレスティーと一緒にいたときは問答無用に襲ってきた魔物が襲ってこないのは不思議だった。
「あの……本当に風の王なのですか?どうも信じられなくて……」
アゲハの言葉はもっともだった。
後ろを歩くのは、どう見ても普通の少年で王の威厳なんて感じない。
まして、こんな少年が火の王の次に強いとは信じ難かった。
「僕は体ちっこいからね。見えないかもね」
ニコニコしながら語るレノ。
そんなレノの言葉を聞いたアゲハは半信半疑だった。
「あの、それはいいとしても、なぜこの山へ?何かあったのですか?」
「妙な人間を追ってるのさ」
「妙な人間?」
「ああ、アゲハはシークレットスキルは知ってるかい?」
アゲハは首を傾げた。
スペシャルスキルは聞いたことはあるが、シークレットスキルなるものは初めて聞いた。
「王は皆んな固有のシークレットスキルを持ってる。人間でもたまにいるかな。そして僕のシークレットスキルは名付けて"過去眼鏡"だ」
「過去……眼鏡?」
「そう。片目を閉じて人間を見ると、その人間の過去が見えるんだ」
アゲハはレノの"過去眼鏡"というシークレットスキルを聞いて、もしかしたら自分の名前や、この山に探している人間がいることを当てたのはそれなのかと思った。
「だけど僕が追っている人間は不思議なことに、僕の"過去眼鏡"で過去が見えなかったのさ」
「……え?」
「この二千年あまり、僕はいろんな人間を"過去眼鏡"で見たけど、過去が見えなかった人間は数人しかいない。そしてその人間は君の過去に出て来た」
アゲハは驚いて足を止め振り向く。
レノはニコニコしていたが、アゲハの真剣な表情を見て、レノも真剣な眼差しに変わった。
「それは誰ですか?」
「カゲヤマリュウイチ。君の剣の先生だろ?」
アゲハはレノの言葉を聞いて絶句した。
「一年前、たまたま町を散歩してたら、そのカゲヤマって人とすれ違ったのさ。その時は過去が見えなかったから名前はわからなかったけどね」
「で、ですが……なぜ過去が見えないのでしょうか?」
「んー。僕の"過去眼鏡"で過去を見れるのは、この世界の人間だけみたいだから、恐らくカゲヤマリュウイチという男は転生者だね」
アゲハは首を傾げた。
"転生者"という言葉に聞き覚えがなかった。
「転生者は別の世界からやってきた人間のことを言うんだ。君のお父さんは転生術を使って、別の世界から人間を連れて来てしまった。禁忌を犯したのさ」
「そ、そんな……」
アゲハの頭はもはや混乱していた。
父はやはり犯罪者で、さらに呼び出されたカゲヤマリュウイチは宝具を持って魔法使いを殺害して回っている。
完全にクローバル家の失態だった。
「だけど、僕は裏があると思ってるんだよ」
「裏……とは一体なんでしょう?」
「クローバル家の現当主ガウロはずっと真面目にやってきたのに10年ほど前から変わり始めた。僕はその時に何かあったと考えてる」
「変わり始めたとは……?」
「急に風の国の人材不足を悩むようになったんだ。いきなりだ」
アゲハは昔を思い出していた。
確かに父はある日突然、"自分達には力が無い"とかそんな話を言い出していた。
「では、父の過去を見てみたらいいのではないでしょうか?」
もっともな話だった。
アゲハは父ガウロの過去を見ることができれば、謎は全て解ける気がした。
「いやぁ、留置所に入れてもらえなかったんだよね。風の王です!って名乗ったんだけどさ。そのへんを歩いてた聖騎士の過去を見たら、ここが根城らしいってわかってアーサルに来たのさ」
「なるほど……ですが、なぜずっと登らずアーサルに?」
「ああ、僕方向音痴だから、道があっても迷うんだ」
ニコニコしながらレノは答えるが、この目の前の少年が風の王なのかアゲハはますます半信半疑になった。
そもそも自分がもしアーサルに来なければどうしていたのだろうかとも思った。
________________
頂上付近に差し掛かったところだった。
アゲハは今までに無いような気配を感じた。
正面を見るとモヤモヤと黒い瘴気のようなものが漂っており、それは空間を歪めるがごとくだった。
「なんという
アゲハは手で口元を覆った。
その黒い瘴気の中には漆黒の人影があった。
それは異常に細く、爪も針金のように伸びた魔人だった。
「へー。確かにこれほどの瘴気を漂わせてる魔人なんて珍しいね。でも、まぁ一撃かな」
アゲハはその言葉に驚いていた。
目の前にいるのは今までに出会ったことがないほどの気配だ。
魔人サーシャとも戦ったが、それに匹敵するほどの強さなのではないかと思った。
「アゲハ、エンブレムで瘴気を斬ってくれ。あとは僕の魔法でやっつけちゃうからさ!」
「エンブレムで瘴気斬る?」
「ああ。瘴気もエンブレムだから、エンブレム同士だと反発しあう。斬った場所だけ一瞬アンチマジクックが解除されるのさ」
アゲハは困惑していた。
聖騎士学校でも教えてもらえなかった話したったからだ。
といってもアゲハは一年で学位を取っているため、もしかしら実地訓練の時にでも教わるのだろうと思った。
「わかりました。エンブレム・
アゲハは刀を左腰に構え、右肩にはエンブレムで作られた半透明のマントを羽織った。
そして一気に魔人に向かってダッシュした。
「凄いね……あの瘴気量を見ても
レノはそう言いつつ、腰に差したステッキ型の魔法具を構えた。
アゲハは森を駆け抜け、一直線に細い魔人に向かった。
途中、瘴気が濃すぎて
魔人は両手の指の1メートルはあろうかという細い爪を四方八方に伸ばしてアゲハを切り裂こうとしていた。
アゲハは途中で止まり、バックステップでそれを回避するが、周りの大木が瞬く間にして切られ、ゆっくり倒れた。
「なんという切れ味……これでは近づけない……」
その瞬間、魔人の周囲に爆風が吹き荒れた。
爆風の勢いは凄まじく、魔人の動きが少し止まった。
その隙を見逃さなかったアゲハは魔人に猛スピードで走り抜刀した。
抜刀する際、右肩に羽織っていたエンブレムのマントを刀に一瞬で巻きつけて魔人の瘴気を払った。
するとレノの起こした爆風が止み、アゲハの後ろから小さい風の玉が飛んで来て魔人の胸に当たった。
魔人にその玉が当たった瞬間、破裂して魔人を数十メートル打ち上げる。
「ドラグニック・スウォーム」
レノのその言葉に反応し、上空で特大の三本の
風の刃が出現した。
それは一気に魔人へ落ち、そのまま地面まで急行落下した。
ズドン!という轟音が周囲に響いて、地面には三本の大きな傷を残した。
それは竜が爪で大地を切り裂いたような跡だった。
「す、凄い……」
アゲハは唖然としていた。
魔人は完全に跡形も無くなってしまっていた。
半信半疑ではあったが、この魔法を見て確信する。
この少年は間違いなく風の王なのだと。
________________
アゲハとレノの二人は別荘に到着した。
アゲハが変わらぬ別荘を見つめる。
昔の記憶を思い出していた。
そして意を決して歩き出し、別荘の入り口のドアノブを握った。
ドアノブを回して別荘の中にゆっくり入るアゲハにレノは続いた。
「全く変わらないです……」
別荘は中央に大広間があり、奥に調理室と寝室と二つあるだけでシンプルな作りだった。
大広間の真ん中には食事用の大きいテーブルがあり、アゲハはそこで食事したことを思い出していた。
アゲハがそのテーブルを見ると風の国の地図が広げてあった。
地図を見るといろんな場所を線で繋いでいた。
「これはどういう意味でしょうか……?」
「んー。なにかの輸送経路かなにかかな?」
二人はその地図を見ても意味がわからなかった。
ただ一つだけ、地図上で北のとある遺跡がある場所にだけ妙な紋章が書かれていた。
それは犬の首が三つ並んだ紋章だった。
レノはその紋章を見て口を開く。
「まさか……ケルベロス……」
「ケルベロス?」
「数百年前に土の国で暗躍した組織で、僕とカイン兄さん、リーゼ兄さんで潰したんだ。まさか残党がいたのか……」
「……それはどういう組織なのですか?」
レノは思い詰めた表情をしていた。
あまり思い出したくもない過去のようだった。
「彼らは魔女崇拝組織だったんだ」
「魔女?女性が魔法を?」
「ああ。その魔法とは"無属性魔法"という。時間と空間を操る危険な魔法だ。それこそ転生術もその一つさ」
「無属性魔法?でも女性は魔力がないのでは?」
「女性が使う無属性魔法には魔力は関係ないんだ。ただ生命力を削るだけでバンバン使える。かわりに髪から色が抜けるけど。逆に男性も使えるけど膨大な魔力を消費する。だから僕達はその女性が使う"無属性魔法"を"エンブレム"で封印した」
アゲハはこの世界では男性も女性も魔法が使えたという事実に驚いた。
さらにその危険な魔法を王達は女性にアンチマジックのスキルを持つエンブレムを刻むことで使えくしてしまったのだ。
エンブレムは戦闘用でなく女性の魔法を封じるためのものだった。
「彼らは魔女を崇めるフリをして、その無属性魔法を悪用しようとしていたから、僕たちが潰したんだよ」
「ですが、なぜそれが先生と繋がるのでしょうか?」
「んー。もしかするとケルベロスは組織を作り直しているのかもしれないね。そのために強者を探してるのか……」
「強者……?」
「ケルベロスは"銀の
アゲハはその"銀の獣"という単語をどこかで聞いたことがあった気がした。
だがそれよりも、その組織の前のトップがシックス・ホルダーということが信じ難い話だった。
「とにかくこの遺跡に行ってみよう!なにかわかるかも!」
レノの明るいテンションを見たアゲハは励まされていた。
この先に待っているのは最悪な結末かもしれないが、アゲハはそんな未来であっても突き進むことを決意した。
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