魔拳と魔剣
エリスとワイアットは村の入り口にいた。
村は細長く、放物線を描くように家屋が建っていたため、一番奥の山道へ行くための村の出口は見えなかった。
いきなり聞こえた"ズドン"という音に二人は反応した。
明らかにこんな物静かな村では聞こえるはずのない音だ。
村の住民も音の方向を一斉に見た。
二人は真剣な表情で顔を見合わせ、音の方向に走り出した。
走っている途中、ワイアットはこの村に似つかわしくない執事風の男とすれ違ったが、気にせず音の方向へ走った。
二人は山道へ向かうための村の出口付近に横たわる女性を見つけた。
「ヴァイオレット……」
ワイアットが立ち尽くす中、エリスがしゃがんで首元に手を当てて脈をとった。
「ダメだ……」
いつも冷静なエリスだが、この時ばかりは動揺した。
何せ、村に着いて一時間も経たずに二つ名の一人が倒されてしまった。
これは完全に異常事態だった。
「腕の切断部分を見るに恐らく"剣士"がやったんだろう……」
「"カゲヤマ"とかいう奴か……やりやがったな……」
もう村で待っているどころではない。
ワイアットは山道へ入るための村の出口に歩きだした。
「ワイアット!私達はこの村で待機だ!」
「そんなもん知るか!ヴァイオレットがやられたんだぞ!このままだと山に向かったの三人もやられる!」
この場所でヴァイオレットがやられたということは、カゲヤマは今、マルロ山脈の頂上を目指して山道に入ったことになる。
こうなると、アルフィス達は後ろから不意打ちされるとワイアットは考えていた。
「団長命令だ!それに……ヴァイオレットをこのままここに置いては行けない」
エリスはしゃがみ込み、ヴァイオレットの亡骸を見つめ肩を落としていた。
そんなエリスを見たワイアットは自分の着ていたローブを脱ぎ、ヴァイオレットにかけた。
「エリス、お前はここにいろ。俺は別荘へ向かう」
「ワイアット……」
「大丈夫だ。確実に敵は頂上を目指してる。ここにいれば安全だ。ヴァイオレットを頼む」
そう言ってワイアットは風の補助魔法を自分に掛け、村の出口を抜けて、急いで山道へ入っていった。
エリスはヴァイオレットを見て涙を流す。
いつも毅然とした態度のエリスも仲間の死には心が傷んだ。
「おやおや、やっぱり……すれ違った時に"もしや"と思いましたが、戻って来て正解でしたね」
不意にエリスの背後から声がした。
エリスが振り向くとそこには執事風の男が立っていた。
「お、お前は……」
恐怖の表情を浮かべるエリスに対して、逆に執事風の男はエリスを見て満面の笑みだった。
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アルフィスはナナリーに引きずられ、アーサル村まで降りて来た。
曲がりくねる山道を通らずに、そのまま猛スピードで直進して降りて来たためアルフィスは砂まみれになっていた。
時刻は夕暮れで、日も落ちそうだった。
「おい!ここまで来たんだから、これもう解いてくれ!」
地面を左右に転がるアルフィスがナナリーにキレる。
「エンブレム解除」
その言葉と同時にアルフィスに巻かれた糸が姿を消した。
ナナリーは剣のグリップを鞘に付けるが、アルフィスは剣の刀身もないのになぜ鞘があるのか疑問だった。
二人は山道から村に歩いて入る。
村の出口付近で横たわる"何か"に布が被せてあった。
二人が近づいてみると、それはヴァイオレットだった。
近くにはヴァイオレットのものと思われる右腕と大剣も地面にあり、アルフィスは言葉を失った。
ナナリーはしゃがみ、ヴァイオレットの首元へ手を当てて脈を調べる。
ヴァイオレットが絶命してることを知ると静かに立ち上がった。
「あとの二人はどこへ……」
二人は周囲を見渡すが、ワイアットとエリスの姿が無い。
そこに、村の入り口の方から大人数の行列が歩いて来た。
それは聖騎士と魔法使いだった。
アルフィスとナナリーの元に馬に乗った聖騎士が近づく。
「アルフィス様とナナリー様ですね。ノア団長の命令で来ました」
「なんか……人数が多くないか?」
アルフィスは来ている聖騎士と魔法使いを見渡したが、ざっと三十人はいた。
「ええ、かなり危険な魔人がいるかもしれないからと。レイメルにいる精鋭全員で行けとの指示です」
アルフィスとナナリーは顔を見合わせた。
二人はとにかく山頂へ行かねばと、ここにいる半数以上の聖騎士と魔法使いを引き連れて再び山頂を目指した。
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アルフィスとナナリーと数十人の聖騎士、魔法使いは山頂に到着した。
到着する頃には夜になり、あたりは暗かった。
破壊された別荘とその前に横たわる人影があった。
そしてもう一人、その人影の前に座り込んでいた人間がいた。
アルフィスとナナリーはその二人に近づいた。
他の聖騎士と魔法使い達は周囲を警戒している。
「ワイアット……」
座り込んでいたのはワイアットだった。
横たわっていたのはエイベルで、ワイアットは肩を落としてそれを見ていた。
「なぜ……山を降りた……」
ワイアットの言葉には悲しみや怒り、様々な感情が入り混じっていた。
「俺らは……エイベルに促されて……」
「……」
ワイアットはゆっくり立ち上がり、アルフィスに近づき胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「"マケン"同士、お前らが残るべきだったんだよ」
「……逆に、あんたはなんでここにいるんだ?エリスが行方不明なんだぞ」
「なんだと……!」
ワイアットの衝撃は凄まじものだった。
アルフィスは胸ぐらを掴むワイアットの手を弾いた。
「何が"エリスのためなら死んでもいい"だ。てめぇやっぱり口だけかよ」
「貴様!!」
アルフィスの言葉に激昂したワイアットは、アルフィスに殴り掛かる。
アルフィスはそれを避けて殴り返すが、ワイアットは一歩も引かなかった。
周りにいた聖騎士と魔法使いが止めに入り、数分してようやく二人は落ち着いた。
だが他の聖騎士に羽交締めにされたアルフィスとワイアットはお互い睨み合っていた。
「いい加減離せ!」
ワイアットが無理やりそれを振り解いた。
アルフィスも力づくで振り解く。
「俺はエリスを探す……」
そう言ってワイアットはアルフィスの横を通りすぎて山を降りようとしていた。
通り過ぎ様、ワイアットはアルフィスを睨む。
「お前ら、二人で二つ名を"死神"に変えたほうがいいぞ……」
ワイアットはそれだけ言うと山を降りて行く。
アルフィスはその背中を見ながらナナリーの噂を思い出していた。
"死神ナナリー"
"組んだバディが死んでいく"
アルフィスは後ろにいたナナリーを振り向いて見ると、少し俯き悲しい表情をしていた。
その表情を見て、アルフィスは自分の過去を思い出した。
自分の周りでも、人は死にはしないが不幸になっていた気がした。
自分が歩けば怪我人やら傷つく人間は多くいた。
そして最後には自分の大切な人が自分のせいで死んでしまった。
恐らくナナリーもそんな悲しい思いをずっとしているのだろうとアルフィスは思った。
「私も……一人で黒騎士を追うわ……さよなら」
そう言ってナナリーはアルフィスを通り過ぎて行こうとした。
だがアルフィスはそれを引き止めるため、ナナリーの腕を掴む。
ナナリーは驚いて振り向き、アルフィスを見た。
「お前のバディ死ぬんだって?」
いきなりのアルフィスの発言にナナリーは眉を
「それが何か?あなたもこれ以上、私と一緒にいたら、私の後ろにいる"死神"に殺されるわよ」
アルフィスはナナリーのその言葉を聞いてニヤリと笑った。
その表情にナナリーは困惑していた。
「お前の後ろの"死神"とやら、なかなか強そうじゃねぇか。俺とどっちが強いか勝負だ」
「なにを……言っているの……?」
「俺はお前とバディを組む。"死神"なんぞ俺がぶっ飛ばしてやる」
そう言って握り拳を作ったアルフィスは一転して真剣な表情に変わった。
その表情を見たナナリーは、なぜか無意識に涙が頬をつたった。
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