黒騎士
風の国 アーサル村
村の出口付近には数軒の家屋があった。
この周辺は山脈の森に魔人が出現したことをきっかけに、ほとんどが空き家になっていた。
この辺に来ると全く人がおらず、物静かだ。
そこに二人の男女が向かい合っていた。
ヴァイオレットは村の出口背にして、右手で背中に背負っていた特大剣のグリップを握っていた。
目の前の執事風の男はそれを見て、笑みをこぼす。
その笑みを見た瞬間、ヴァイオレットは猛スピードでダッシュし、背中の特大剣を引き抜き、横の回転斬りを放った。
ヴァイオレットの回転斬りのスピードは、その特大剣からは想像できないくらいの速さで、回避など間に合うはずは無かった。
しかし、目の前には執事風の男の姿は無かった。
ヴァイオレットは驚きつつも、振り抜いた剣を肩に乗せようと右手に力を入れた瞬間、剣の重みで"肩から右腕ごと"地面に落ちた。
ヴァイオレットの右腕と特大剣は無惨にも地面に転がった。
「うっ!!」
肩から血が滴る。
あまりの激痛にヴァイオレットは右肩を押さえた。
その腕は何か鋭利な刃物で切り裂かれたそうな跡があった。
「いやぁ失礼なレディですね。いきなり斬りかかられては手加減できない」
その声はヴァイオレットの背後からだった。
ヴァイオレットが振り向くと執事風の男の右手にべっとりと血がついていた。
執事風の男は胸ポケットからハンカチを取り出し広げて右手を拭いていた。
「き、貴様、何者だ……"魔獣"の臭いがするぞ……」
「なるほど……竜血の匂いに敏感な人間のようですね。そんな人間は珍しい。時間は無いですが、ここで仕留めておいた方がいいですかね」
執事風の男はハンカチを丁寧に元の形に折りたたみ、胸ポケットに戻す。
そして少し曲がったネクタイを整えていた。
「質問に答えろ!!」
ヴァイオレットは残った左手で特大剣を拾い上げ、猛スピードで執事風の男へ向かった。
今度は縦の回転斬りを放つ。
だが執事風の男は左手で振り下ろされた特大剣に軽くジャブを打つと、ドン!という音と共にヴァイオレットを退け反らせた。
「なにぃ!!」
そして執事風の男は一歩踏み込み、ヴァイオレットの胸に右ストレートを叩き込んだ。
ズドン!という轟音が周囲に響き渡る。
その音が物語るようにヴァイオレットの胸骨は粉砕され、心臓を完全に止めた。
「がぁ……」
ヴァイオレットは膝から崩れ落ち、前のめりに倒れるが、執事風の男はそれを受け止め、ゆっくり仰向けにして地面に寝かせた。
「強者に敬意を……また来世で会いましょう」
執事風の男はそう言って立ち上がりニコリと笑い、亡きヴァイオレットに頭を下げてその場から立ち去った。
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アルフィス達はクローバル家の別荘まで到達していた。
別荘は丸太の組み合わせによって作られたログハウスで、平屋だったが面積があり、かなり広い作りをしていた。
周りは森林で囲まれ、外界からは遮断されていた。
「アゲハのやつ、こんないい別荘持ってんのか……」
アルフィスの言葉に呆れ顔でエイベルがため息をつく。
「警戒は怠るな。もしかしたら中に敵がいるかもしれない」
「へいへい」
アルフィスはやる気のない返事をして、別荘に近づこうと歩き出した。
あと数メートルで入り口ドアに辿り着くというところで、エイベルが持っていた大きい杖でアルフィスを止めた。
「私が先に行く」
「は?なんでだよ前衛は俺だろ?」
「別荘に入った瞬間、不意打ちされた場合の対応なら私が一番早い。そうなったらすぐに敵を外に誘き出す」
アルフィスはその言葉に仕方なくエイベルを先に行かせる。
アルフィスとナナリーは少し離れた場所で見守っていた。
エイベルは別荘へ入るため、ドアの前に立ちドアノブに右手をかけた。
だが、それを回そうとはしなかった。
「何やってんだ……あいつ」
「……」
妙な緊張感が辺りに漂う。
「魔力覚醒!」
その言葉と同時にエイベルは左手に持っていた大きい杖の先で地面を思いっきり叩いた。
すると一瞬でアルフィスとナナリーの目の前に岩の壁が横一線に地面から上へ伸びた。
高さも5メートルほどあって、エイベルの姿が完全に見えなくなった。
「なんだ!?」
岩の壁に驚くアルフィス。
その瞬間にズドンという音が響いた。
それは岩壁に何かが当たった音だった。
そしてゆっくり岩壁が崩れて消えて無くなると、ドアの前にいたはずのエイベルがアルフィス達の目の前に背を向けた状態で立っていた。
エイベルは何かに吹き飛ばされて岩壁に激突していたようだ。
「エイベル……どうした……?」
エイベルは結っていた髪がほどけ、そのまま両膝を地面につき、前のめりに倒れた。
「エイベル!!」
アルフィスとナナリーの二人はしゃがみ、エイベルを見ると、胸のあたりから大量に出血をしていた。
アルフィスはすぐに別荘の入り口を見る。
するとドアがゆっくり前方に倒れた。
薄暗い別荘の中には真っ黒でスマートな甲冑を全身に纏い、顔が見えない剣士が立っていた。
左手にはショートソードを握り、さらに左腰には銀色の剣を差しているが、その剣のグリップ部分には銃のトリガーのようなものが付いていた。
刃も片側にしか付いておらず、アルフィスが見るに、それは"火縄銃"に似た形状をした剣だった。
「久しぶりにここに寄ったが、まさか君達があの魔人を倒したのかい?アレはかなり強かったはずだが……」
「てめぇ……」
立ち上がるアルフィスとナナリーは完全に臨戦体制だった。
アルフィスは左太もものバックから火の魔石を取り出して握る。
ナナリーは一歩後ろに下がり、左腰に差した剣のグリップを握った。
「まぁどちらでもいい。申し訳ないが、魔法使いには死んでもらわなければならない。恨むなよ少年」
それは優しい声だったが、アルフィスは凄まじい殺気を感じ取っていた。
目の前の黒騎士は今までに出会ったことがないほどの"強者のオーラ"を放っていた。
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