初旅

ようやく長期休みになり、アルフィスは浮かれていた。

とにかく勉学が大嫌いなアルフィスにとって休日、それも長期となれば浮かれぬはずは無い。


「しっかし、なんか悪いな乗せてもらって!」


「私まで乗せてもらって、本当によかったのでしょうか?」


「いいのさ。僕も里帰りの予定だったし」


アルフィス、アゲハ、レイアの三人は貴族用の屋根付き馬車に乗っていた。

アルフィスは故郷のべルートへ帰ることをレイアに話すと途中まで一緒にどうかと提案されたのだった。


「歩いて帰ろうかと思ってたけど、さすがに何日かかるかわからないから助かったぜ!」


「べルートまでなら、歩くと一ヶ月はかかるんじゃないかな?」


レイアは苦笑いして答える。

さすがにセントラルから最南端のべルートまで歩くのは無謀だった。

長期休みも一ヶ月半しかない。


「でも、乗せれるのは中央のラザンまでだから、それからはべルートまで行く荷馬車を見つけないとダメだけどね」


「中央まで乗せてもらえるだけで充分です。そこからはアルフィスと手分けして荷馬車を探しますから」


中央都市ラザンまで三日、途中、小さい村を二つ経由して向かう。

アゲハは初めての他国に胸を躍らせていた。

強くなるための旅、あわよくば先生に会いたいと、色んな感情が入り混じっていた。



火の国 中央都市 ラザン



火の国で最も大きい都市ラザン。

中央には火の王が住む塔が天まで高くそびえていた。

町も発展しており、高い建物が立ち並ぶ。

中世ヨーロッパを彷彿とさせる建物の数々だ。

アルフィス達は早朝到着しラザンの入り口にいた。

町の周りは30メートルはあろうかというほどの壁で覆われており入り口の門前には門守りの聖騎士と魔法使いも数人いた。


手続きが終わり、ラザンへ入ると既に人がごった返し密度が高い。


「でけぇ、でけぇ!やっぱり都会が一番!」


「恥ずかしいから、やめて下さい……」


アルフィスは入学時は通過点でしかなかったラザンには入ったことが無かった。

そのはしゃぎぶりは子供のようだ。


「僕の家に泊まっていくかい?客室は多いんだ」


「え?いいのですか?」


「んー俺はやめとくわ」


アルフィスはレイアの姉の話を思い出していた。

家に10人全員いないにしても、さすがに気が休まらないと思ったのだ。

君子危うきに近寄らずだ。


「今日一日、宿に泊まってさっさと明日出発しようぜ。いいところに泊まると気が緩みそうだからさ」


「そうですね。この先なにがあるかわからないですし」


「わかった。宿のチェックインには時間まだあるからお茶でもどうかな?」


ここまで来るのに二日、あまりまともな飲食をしていたわけではなかった。

そのためかレイアの提案にアゲハは目を輝かせる。


「美味しいチーズケーキを出す店があるんだ。ハーブティーも絶品でね」


「わぁ!チーズケーキ大好きなんです!アルフィスも行きましょう!」


アルフィスはその言葉に黙り込む。

何か考え込んでいたが、すぐ首を横に振る。


「すまん、チーズケーキは苦手でな。二人で行ってきてくれ」


「え?ああ、そうでしたか。わかりました。レイアさん行きましょうか」


「うん。アル君、また後で宿前で。迷子にならないようにね」


そう言ってレイアはアルフィスに手を振り、二人で人混みの中に紛れてしまった。


取り残されたアルフィスは火の王がいると言われる塔が気になり、その付近まで歩くことにした。


火の塔付近は建物も減り、人通りも少なくなっていて、路地は日当たりも悪く見えずらい。


「ん?」


人気のない建物と建物の間に三人の男がいた。

どうやら二人で一人を脅しているようだった。


「金もってんだろ?」


「さっさと出しな」


脅している二人は20歳前後のノッポとデブだった。

脅されているのは少年のようでうつむいたままカバンを両手で抱え震えている。


「お、カツアゲかぁ。ああいうのを見ると落ち着くなぁ」


アルフィスは腕組みをしてニコニコと様子を伺っていたが、全く進展がない事に徐々にイライラしはじめる。


「いいから出せって言ってるだろ!」


「そうだぞ!」


二人は少年には手を触れず、言葉だけで脅しているが、そのあまりにも酷い有様にアルフィスは見てられずに三人の元へ向かった。


「おい、お前ら」


「な、なんだお前!」


「や、やるのか!」


二人の敵意は完全にアルフィスに向いていた。

だがそんなのお構いなしのアルフィス。


「全然なってねぇよ。やる気あんのかてめぇら、こうやんだよ」


そう言って、アルフィスは少年の胸ぐらを掴み壁に押し当て、おでこを擦り合わせて威圧する。


「金だせっつってんだろ!殺すぞてめぇ!」


そのドスの効いた声のあまりの迫力に、ノッポとデブの方がビビっていた。


「許して下さい……」


「聞こえねぇよ、もっとデカい声で言えよ、死にてぇのか、あん?」


ノッポとデブはそのアルフィスの姿を見てぶるぶる震えはじめ動けなくなる。

もしかしたら自分達もやられるのではと恐怖していた。


「……薬を買うお金なんです……親が病気で……」


その言葉を聞いた瞬間、アルフィスは少年の胸ぐらから手を離す。

すると少年は地面に尻もちを突き、涙目でアルフィスを見上げた。


「さっさと行け」


「え?」


「聞こえなかったか、さっさと行けって言ったんだ」


少年はすぐに立ち上がり、その場を走り去ってしまった。


「な、なんで逃したんですか!」


「も、もうちょっとだったのに!」


ノッポとデブが勇気を出して二人に背を向けるアルフィスに言いよる。

しかしその声は裏返り足は震えていた。


「お前ら、親はいるか?」


「え?あ、はい」


「今のお前らがいるのは親がいたからだ。親を大事にできねぇ男は男じゃねぇ」


「……」


「やんちゃするのもいいが、親孝行してからでも遅くはねぇ。俺はそう思う」


アルフィスは手をズボンのポケットに入れ、空を見上げながらみと語った。


アルフィスの背中を見ながらノッポとデブが涙していた。

いつの間にか二人は足の震えが止まり、アルフィスに対して恐怖よりも尊敬の念が込み上げていたようだった。



夕方 宿前 



あたりは夕日がかり、人通りも落ち着き始めていた。

宿は建物が立ち並ぶ場所の一画にあり、その前でアゲハとレイアはアルフィスを待っていた。


「アルフィス遅いですね。どこまで行ったのでしょう?」


「迷子になってないといいけど……ん?あれアル君じゃないかな?」


人通りもまばらな道をポケットに手を入れ歩くアルフィスはかなり目立つ。

さらに後ろにはノッポとデブがついてきていたので、さらに目立っていた。


「すまんな、遅くなった」


「あ、あの、その二人は?」


アゲハが戸惑いながらアルフィスに尋ねる。

ニコニコしているノッポとデブがアルフィスの後ろに立っている。


「勝手についてくるんだよ、俺は舎弟はとらねぇって言ってるのにさ」


「わいらは決めたんさ!一生アニキについていくって!」


「そうさ!色々学ばせて下さい!」


ノッポとデブが盛り上がるが、それを見ていたアゲハとレイアは顔を見合わせる。

また、いざこざだなと二人は心の中で思った。


「俺は明日べルートに向かうんだから、お前らの面倒なんて見れんぞ」


「あ……そういえば、まだ荷馬車を見つけてなかったですね……」


アゲハはふと重要なことを思い出す。

べルート行きの荷馬車を見つけられないと明日の出発が遅れてしまう。


「それなら、わいらの荷馬車で行きますか?」


「え?」


「一応、運送の仕事してるんだす」


「マジか」


願ったり叶ったりの提案だった。

アルフィスとアゲハは顔を見合わせ二人で頷く。


「いいのか?」


「かまわないっす!最近仕事が減ってしまって暇だったので」


なるほど、それでカツアゲしてたのかとしてたのかとアルフィスは納得した。


「では、明日、早朝に町の入り口で待ち合わせしましょう」


「任せといて下さい!アネゴ!」


「ア、アネゴ?」


妙なノリにアゲハは困惑するが、べルートまでの足を手に入れることができたので、よしとした。


「よかったね。あ、もし時間があるなら、べルートに行く手前の南西にある野営地に行ってみるといいよ」


「なにがあるんだ?」


「姉様がいるから、会ってみたらと思って」


レイアの姉とはシックス・ホルダーの姉のことだった。


「一応、姉様には手紙を書いておいたんだ。僕の友達が会いに行くかもって」


「マジか!これは手合わせできるかもしれんな!アゲハも大丈夫だよな!」


「え、ええ構わないですが……」


満面の笑みではしゃぐアルフィスにアゲハは困惑していた。


しかし、もし手合わせできれば、初のシックス・ホルダー戦になる。

アルフィスはこの世界の王に次ぐ強さがどれほどなのかが気になっていた。


「その野営地なら、わいらも物資を届けたことがあるので案内できます!」


「さすが、俺の舎弟だな!頼むぜ!」


もはやアルフィスの舎弟と化したノッポとデブを率いて、アルフィスとアゲハは翌日、南西の野営地を目指した。

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