高揚
教師ゲイル・モルトは頭を抱えていた。
魔法学校の職員室、机が数十と並び、その一つにゲイルは一人座り考え事をしていた。
とある生徒のことだ。
"アルフィス・ハートル"
そのあまりの素行の悪さには、教師も教官も手を焼いていた。
もはや貴族とは言い難い行動の数々は目に余るものがあったのだ。
しかし逆に困ったことに、出席に関してはきっちり時間は守るし、全ての授業にも出ているため、強くも言えないという状況だったのだ。
「ルイ校長に相談してみるか……」
ゲイルは校長室へ向かう。
ルイ・ディケインは厳格でルールには特に厳しい。
ゲイルは一刻も早くこの不安から解放されたいとの思いだった。
校長室
部屋は狭く、日当たりが悪い。
真ん中に校長が座る大きな机が置かれ、後ろには窓があり、周りは本棚で壁が見えなかった。
入り口付近の本棚の脇にひとつだけ椅子が置かれているだけで、それ以外はなにもない。
「要件はなんだ?」
ルイは机の上の山積みの書類に目を通し、ゲイルの方を見ていない。
「この前、文書にて報告した生徒の件です」
「アルフィス・ハートルか」
ゲイルは驚く。
ルイはこの山積みになっている書類に目を通して全てを記憶していた。
「……え、ええ、そうです。あの生徒はこの学校にはふさわしくありません」
「なぜ、そう思う?」
「あの生徒は、授業中は寝るわ、隠れて早弁するわで……」
ゲイルが身振り手振りでアルフィスの素行の悪さを力説していた。
それが終わると、ルイはゲイルを鋭い眼光で凝視する。
その目にゲイルは息を呑んだ。
「君は生徒が寝たり、早弁したりするような、つまらない授業をしてるのか?」
「い、いえ、そのような……」
「確か、その生徒は無遅刻、無欠席のはずだな」
痛いところを突かれたとゲイルは苦い表情を浮かべる。
「この学校は途中経過でその生徒を判断しない。対抗戦後の実力テストで基準点を満たしていればそれでいい。それがこの学校のルールだ」
「確かに……そうです……」
「私には君が個人的な感情で、その生徒を退学させようとしているようにしか聞こえない。自己の心を守るために、生徒に責任転換するような教師を私は雇った覚えはないが」
「も、申し訳ありません……」
ルイの言葉にゲイルが俯く。
行き場はない個人の勝手な感情で、生徒を追い詰めようとしてたことに恥ずかしさを感じたのだ。
「私は君のことを信頼して、この職に就かせた。そのアルフィスという生徒のこと好きになれとは言わない。ただ、どんな生徒であっても、いい方向へ導いてやることが私達、大人の責務だ」
「はい……」
「なにか他に言いたいことはあるか?」
「い、いえ、ありません……失礼します……」
そう言うと、ゲイルはルイに一礼して校長室を後にした。
ルイは何事もなかったように書類に目を通し始めた。
「校長も大変じゃの」
その声の先は入り口付近だった。
誰も居なかった室内にいつのまにか一人の老人がいた。
老人は本棚の前に置かれた椅子に腰掛け、本を読んでいる。
「私はあなたの代わりをしているのですが、大賢者シリウス」
「こういうのはおぬしにしか頼めんからな」
ルイはため息をつく。
お構いなしにシリウスはニコニコしながら本を読んでいた。
「あまり目立たないで欲しいと言ったはずです」
「家にいてもつまらないからな。散歩でもしないとボケてしまうわ」
シリウスが住む場所から魔法学校まではかなりの距離がある。
もはや散歩という域を超えていた。
「あなたの宝具は狙われやすい。それにあなたはもう若くはないのだから」
「アレを使える魔法使いはこの世にそうおらんさ。それに偵察も大事じゃろ、いい人材はいないかとな」
「……で、いい人材は見つかりましたか?」
ルイはため息混じりにシリウスに問う。
宝具の世代交代の会話は何度したことはわからなかった。
「二人ほどいる」
ルイは書類を見るのをやめた。
今までこの問いかけをして、シリウスが「いる」と言ったことは今まで一度もない。
それが二人もいるとなれば重大だ。
「……今年の新入生ですか?」
「そうじゃな」
「誰ですか?」
ルイはこの学校の生徒の全ての名前と顔を覚えているため名前さえ聞けば誰だかわかる。
「おぬしも気づいているんじゃないか?その二人はいずれ王に挑む。その前に宝具が勝手に彼らの手元に向かうじゃろう」
「……予言ですか。確か最後に王に挑んだ者がいたのは百三十年前。あなたが挑まなければ永遠に挑戦者は現れることは無いと思ってましたが」
「わしは玉座には興味がない。新しい時代は新しい者に譲るよ」
そう言うとシリウスはパッと本を閉じ、立ち上がる。
「いやぁ楽しみ、楽しみ。わしも対抗戦は見にくるよ」
「私は予言の"王を超える者"はずっとあなただと思っていた」
ニコニコしながらシリウスはドアノブに手をかけ、校長室を出て行った。
ルイは天井見上げ目を閉じる。
「
ルイは小さく呟くが、その感情はなぜか高揚していた。
自分は時代の節目にいるのだ、そう思うといつも感情を面に出さないルイではあるが、笑みが自然と溢れていた。
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