人助け


今日は聖騎士学校が休みだった。


アゲハは久しぶりに一人でセントラルの北西部にあるショッピング街のカフェに出かけた。


聖騎士学校の生徒は休みでも外出は制服という義務付けがあった。

アゲハはそれを忠実に守っていたが、大半の女子生徒は私服でオシャレして出かけていた。


カフェの内装はウッド系で光をあまり入れずに薄暗い。

カウンター席とテーブル席で分かれており、アゲハは一番奥の四人がけテーブル席に一人でいた。

客がまばらだった為、自分から奥の席を選んだのだ。


本を読むつもりで持ってはきたが、文章が頭に入らず読むのをやめた。


「私は弱いのか……」


一週間前の決闘の事を何度も思い出していた。

ロイから言われたことや、アルフィスの容体など、まだ吹っ切れていなかった。

自分の心の傷はまだいいが、アルフィスは命に別状は無いものの未だに目覚めない。


風の国の剣術大会で優勝したという栄光はもはやどうでもよかった。


この前の決闘ではほぼ何もできなかったのだから。


夕日が見えるまでカフェに入り浸ったアゲハだが、答えも出ずに帰宅しようと店を出た。


「ん?」


通行人があまりいない路地で、一人白いローブを着た老人が地面を見ながら、なにかを探している。


「どうかされましたか?」


アゲハはすぐに声を掛けた。

振り向く老人は白髪で白い髭が長かった。


「ああ、メガネを無くしてしまったようでのう……なにも見えんのじゃ」


「それは大変」


「すまんが、家がすぐそこなんじゃが一緒に来てもらえんかの?」


「ええ、勿論」


アゲハは老人の手を取り、一緒に歩いて近くの古びた平家まで辿り着く。


「ここじゃここじゃ、もしよかったらハーブティーでも飲んで行かないかい?ここまで連れてきてもらったお礼に」


「は、はぁ」


突然の誘いに戸惑うが、頼まれたら断れないアゲハは老人の家に上がらせてもらった。


部屋の中央にテーブル、二つ椅子が向かい合って置いてあった。

近くにはキッチンがあり、あとは本だらけで少し散らかっていた。


「椅子に座って待っててくれんかの」


アゲハは椅子に座ってお茶を待つ。

キッチンに立つ老人はポットをかけようとしていた。


「大丈夫ですか?」


とっさにアゲハは老人を心配するが、老人がポットの下の薪に手をかざすと火がついた。


「大丈夫じゃよ。火の扱いには慣れとる」


アゲハは、すぐにこの老人は火の魔法使いだと悟り安心した。


老人はコップを用意して、アゲハの前に置く。

そしてハーブティーを注ぎ、老人も席に着く。


「懐かしい香りです」


アゲハは少し涙ぐむ。

風の国にいた時はよく飲んでたハーブティーだったからだ。

飲むとさらに懐かしさを感じた。


「おいしいです」


「それはよかった」


老人は満面の笑顔を見せた。


ハーブティーを飲み終わったアゲハは、老人の座る椅子の後ろにある棚の上に飾ってある杖に目がいった。


「珍しい杖ですね」


「そうじゃろう。竜の尻尾をイメージして作られた杖での。面白い形じゃろ」


老人は嬉しそうに語る。

その形は確かにアゲハが昔に本で見た竜の尻尾のようで、杖の上には拳くらいの水晶のような玉がついていた。


「水晶も凄いですね。見る角度を変えると色が変わって綺麗です」


アゲハが体を動かすと水晶は赤、青、緑、土色に変化する。


「そうじゃろう。自慢のアンティークじゃよ。ところで、お嬢さんお名前は何というのかな?」


「私はアゲハ・クローバルと申します」


「ほう。いいお名前だ。アゲハさん」


老人はニコニコして何度も頷いていた。


「アゲハさんは何か悩みがあるんじゃないかの?」


突然の言葉にアゲハは驚く。

確かに現在進行形で悩んでいた。


「年の功とも言うからのう。よかったら話してみて貰えんか?」


「え、ええ」


アゲハは半信半疑だった。

こんな老人に決闘の話をして、なにを解決できるというのだろうか?

けど、ハーブティーもご馳走になったので、そのついでにと、アゲハは決闘でアルフィスと共々完敗した話を事細かく話した。


「と、言うような感じで」


老人はふむふむとずっと聞いていた。

しかしその素振りはわかってるのか、わかってないのかよくわからない反応だった。


「んーなんかよくわからんが、矛盾しているような話しじゃの」


「矛盾?どこがですか?」


「んーよくわからん」


やっぱり老人に話したところでは、流石に何もわからないかとアゲハは苦笑いをする。


「じゃが一つ言えることは、剣術だけが強さではないということかの」


「え?それはどういうことでしょう?」


アゲハは驚いて聞き返す。


「魔法やエンブレムについてもう少し勉強してみるのもいいと思うぞ。自分が持っているものを知ることは大事じゃよ。さっきの話に出てきた少年のようにな」


「……」


確かにアルフィスは自分の魔法とスキルを最大限に発揮するために戦い方を研究していたようだ。


「なら私は、剣術と……エンブレム?」


老人がニコニコとアゲハを見ていた。


気づくと日も落ちていたので、アゲハは老人宅を後にしようと外玄関にいた。


「今日はハーブティーをご馳走して頂いてありがとうございました」


「なんの、ここまで送ってくれたお礼じゃから気にせず。また遊びに来るといい」


「はい!」


アゲハは笑顔で頭を下げて老人宅を後にした。



老人は家の中に戻り椅子に腰掛けニコニコしている。


そこに奥の扉から一人の男が入ってくる。

暗くて姿がよく見えない。


「さっきの女性は?」


「悩める若者じゃよ」


そう言いながら、老人はローブの胸の辺りのポケットに手を入れメガネを取り出し掛ける。

そして、テーブルの上にあった本を手に取り、読み始めた。


「あまり目立たないでもらいたいです」


「たまには"人助け"もいいじゃろう。それに、生きてるうちに予言の男と出会えそうじゃ」


「まさか……」


「長生きはするもんじゃの」


そう言ってシリウス・ラーカウはニコニコと笑いながら本を読み進めていた。

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