第19話 追跡

「獣人だね」

 葉月と鈴華を乗せた車は高速をひたすら走る。

 アンの電話が切れた瞬間、葉月に手を引かれて車に飛び乗って今に至る。

 獣人。その言葉を聞いた瞬間、実に心躍ったことか。しかし今は別のことで頭がいっぱいだった。

「なんで、先生が」

「あら、ミススズカどうされましたか?」

 車を運転しているのは担任のロザリー。

「な、なんで」

 頭を抱え、弱々しく発せられた鈴華の言葉の次は『気づかなかった』だ。

 金髪のロングヘアーに長い耳。どこをどうとっても、ファンタジー世界で一番有名な種族と言っても過言ではないエルフそのものなのだが。

「そうだった。初日に葉月と一緒に藤堂君のこと詰問してたっけ」

 油断していたわけではない。

 でも、いくらファンタジーオタクの鈴華でも、ここ最近身の回りで起きている出来事や情報量を鑑みれば致し方ないことなのかもしれないが。

「不覚。なんで気づかなかったの。目の前にエルフがいたのに」

 どっちかというと、好きな人が目の前にいたというのに、気づかなかった。かなり私的な後悔のようだ。

「あははは、本当にスズカはファンタジーが好きなのですね」

「‥‥‥本当にエルフなんですよね?」

「はい、エルフです」

「歳は?」

「レディに歳を聞くのはマナー違反ですけど、まぁ、百歳以上とは言っておきます」

 ありがとうございます。

「なんかベルちゃんって、この手の話になると変なスイッチ入るよね」

「そんなことないわよ。それよりも獣人って、どういうこと?」

 目をキラキラさせている鈴華。会いたいという気持ちの方が大きそうだ。

 流石の葉月もそのテンションには若干引き気味で、代わりにロザリーが口を開いた。

「密入国されたのでしょうね」

 ここで海外からとはなんて、野暮なことは聞かない。

「‥‥‥異世界から?」

「はい」

「異世界って、そんなに簡単に行き来できないんじゃないの?」

「うん、いけないよ。まず十八歳以上の人はいけないし、向こうの世界のものをこっちの世界に持ってくることもできない。

 嫌だったよ。マッパにされて身体検査されたんだから」

「葉月、レディがスッポンポンなんていうものじゃないですよ」

 言ってないし、どっちもダメだし。

「それで、どうやってこの世界に獣人を持ち込んだの?」

「スズカはティマーという言葉をご存知で?」

 知らないわけがなかった。

「あの、魔物や動物を使役させる?」

「ハイ!その他にも魔物を召喚することもできます」

 顎に手を当ててしばし思案する鈴華。

「つまりあちらで、使役させたものを、こちらで召喚したってこと?」

「ピンポン、正解!」

 いや、でもそんなの。

「そんなことができるなら、もっと異世界の存在が身近であっても良いんじゃないの?」

 向こうで得たスキルをこちらでも使えるとなると、この世界に魔法という概念も多種族という概念ももっと浸透していてもおかしくないはず。

「スキルをこちらで使えるのは私たちみたいに魔王を倒したものだけ。

 コンプリの特典みたいなものだよ」

「じゃあ、他に魔王を倒したみたいなティマーがこの世界に持ち込んだってこと?」

「ううん、それ自体がスキルなんだよ」

「それ自体?」

「こちらでも魔法を使えるスキルのことですよ〜。たとえば自分の魔力をうちに潜めといて、何かの条件で発動できるスキルとか。

 他には異空間魔法で作った袋の中に一度押し込めといて、こっちに来たら出すとかですかね〜」

「まぁ、どっちも簡単な魔法じゃないから、せいぜい運べるのは子供とか女の子とか、こっちの世界でいう弱者しか無理なんだけどね〜。そして出来る子なんて、百人に一人。つまり、数十年の中で一人ってこと。

 それ故にこっちの世界では十分高値で取引できるからね。

もちろん、買った側、売った側、それに加担した者、全て重罪。そしてその者たちは法律で裁かれないから、悪くて死刑。良くても裏取引で売られる」

 そんなの一般的な情報では絶対流れてこないし、よっぽとのことがない限り、手を出したりはしない。浸透しないのも当然だ。

「やっぱり向こうの世界でも女の子や子供は弱者なんだ」

 少し寂しそうな顔を浮かべた鈴華にロザリーは殊更明るい声で言った。

「それもこちらの世界と一緒で個人差がありまーす。なにせ私たちが倒した魔王は幼女で女の子だったんですから」

 元気付けるために言ったのだが、違う意味で鈴華は顔を暗くする。

「それを容赦なく倒せるって、流石葉月と藤堂君だね」

「あ、ひど〜い、ベル。私だって倒したくなかったよ」

「葉月は魔王と相対するなり、ペットにならないかって聞いていましたよね〜」

 今度は物理的にも距離を取る。

「いや、ベルだってわかるよ。あの可愛さをみたら絶対そういうから!」

 そこは否定して欲しいんだけどと思いながらも。

「‥‥‥もしかして藤堂君も」

「はい、大層気に入ってました」

 聞くんじゃなかったと後悔した鈴華の耳に。

「向こうの世界で、私たちパーティ以外で唯一会話になった女性でしたもんね〜」

 それはどういう意味かと聞き返そうとしたが、

「あ、ミモザ。場所わかった?うん、じゃあロザリーとエアルにも伝えといて」

 耳に手を当てながら葉月が話始めた。電話と違って騒がしくしてようが大丈夫だと教えてもらったのに、何故か黙ってしまう鈴華。

「うん、リタは生理痛で今回は休み」

 人間じゃない種族にもそういうのあるんだと、どうでも良いことを思っていたら、

「え〜マジで。出来れば取引現場押えて恩を売っときたかったけど、

 うん、ダメだね。取引現場行くまでになんとかしよう。こっちもすぐ向かうから」

 そこで一旦会話が途切れたと思ったら、

「あ、お兄ぃ。病み上がりにしては随分手際が良いじゃない。

 皮肉じゃないよ。ちゃんと褒めているんだよ。うん、取引現場行くまでになんとかして。絶対そこに、如月さんを連れて行かれちゃダメだよ」

 最後の方は随分口調が強かった。

「問題発生ですか、葉月?」

 バックミラー越しにロザリーがそう尋ねてくる。

「うん、今回の取引相手、どうやらM3の奴らみたいなの」

「わぉ、それは厄介ですね」

「M3って?」

「さっき言った魔王信仰会の奴らです。大方資金繰りの為の取引でしょ」

「魔王マジ猛烈の頭文字を取って、M3ね」

「うん、とりあえず真面な奴らじゃないってことはよくわかったわ。

 え、じゃあそいつらにアンを会わせたら」

「多分バレる。奴らインサーという感知魔法を持っているから。

 といってもすれ違いでもしない限り反応しないけどね。それだけ魔王因子巧妙に仕組まれているから。さて、ロザリー場所聞いたわね?」

「はい、オーケーです」

 そう言ってロザリーはアクセルを強く踏んだ。

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