第18話 危険からは逃げるが一番

「ベルちゃん、おはよう〜」

 朝の学校の廊下で後ろから声をかけられて、鈴華は耳につけたイヤホンを外し、振り返る。

「おはよう。葉月」

 二人は並んで歩き始める。

「今日は如月さん一緒じゃないの?」

「うん?ああ、なんか早起きしたから遠回りして学校行くって言ってたわ。

 というか監視対象のこと見張ってなくていいの?」

 てっきり能力か何かで四六時中、動きを観察しているのだと思っていた。

「ビナーがいるからね。それに四六時中見張っていたら、敵に居場所を知らせるみたいなものだから」

 サラリとまた重要なことを言われたが、もう鈴華は驚かない。

「何よ、敵って」

 口を滑らしたことに罰の悪い顔を浮かべる。

「え?ああ、う〜ん、端的にいえば如月さんに魔王因子を打ち込んだものかな」

 魔王因子。如月アンが十八歳までに死ぬと発動して、その力は絶大で地球なんてあっさりと滅ぼす力を持っている。

「大丈夫なの?」

 むしろ、友達が命狙われていると聞いて、驚かない鈴華の方が大丈夫なのかと思いながら。

「まぁ、今血眼になって探していると思うよ」

「?じゃあ、どうして葉月達はアンの中に魔王因子があるってわかったの?」

「未来から来たからだよ」

「あ〜」

 そういえばそんなこと言っていたな。親友が魔王になるかもしれないって話が衝撃的すぎて、すっかり鈴華の中で抜け落ちていた。

「じゃあ、もし相手も同じような力を使って、アンを見つけたら」

「それは絶対できない」

 被せるように告げられた葉月の言葉に鈴華は首を傾げる。初めてかもしれない。彼女の口から絶対という断言の言葉が出てきたのは。

「どうして?」

「未来から過去に行くというスキルを持っているのは、魔王ミルナの固有のスキルだから」

「固有スキル?」

「そう。だけど便利なものじゃないのよね〜膨大な魔力使うし、一回しか使えないし。使わなくて良いのなら、使いたくないスキルだね」

 魔法と剣の世界とはいえ、時を越えるのはそう容易いことではないようだ。

「なら、安心した。あの子が不運でいろんなところに首を突っ込むのは仕方ないことだけど、流石に悪党に命狙われるのはね」

「大丈夫。こっちもそいつらのことは逐一調べているから。

 とにかく今は出来るだけ大人しくして欲しいかな。お兄ぃの復活にはもう少し時間かかりそうだし」

 あの飛び降り事件から三日間。蓮は学校に来てない。というかほとんど眠っているのだ。

「スキルダウンだっけ?」

 能力といっても無尽蔵に使えるわけじゃない。使ったらその分、体を休ませるなり、ポーションなどの回復薬で回復しないといけない。しかし今回蓮は限界を越えて、つまり魔力ゼロの状態で能力を使った。それは生命力を使うのと同義で、それを回復するためには体を休めるしかない。

「私たちは全員能力の半分を代償に過去に戻ってきたの。だからこのペースでお兄ぃに能力を使わせてしまっていたら、流石に不味くて」

「ごめん、うちの親友が」

 しかし。少し気掛かりなことがあった。

 昔っから不運なことはあった。でも、風船を取ろうとして木から落ちたり、猫に引っ掻かれたり、落とし穴に落ちたり、水を引っ掛けられたり、と今までの不運のほとんどが生命を直接に脅かすものではなかった。

 だが今回の二つは両方とも、下手したらアンは命を落としていた。今までの比じゃないぐらいの危険だった。

「これからも、あんな危ないことが続くかもしれないの?」

 言ってから鈴華は気づいた。

 なんて自分らしくない質問だと。

 そんなの答えられるわけがないのに。

「変なこと聞いたわね、忘れて。あ、私、先生に呼ばれて職員室行かないといけないんだった」

 逃げるように踵を返した鈴華。

「ねぇ、私たちがどうして異世界を救えたと思う?」

 突然言葉を投げかけられ、彼女は思わず立ち止まり振り返ると、そこには笑う葉月の顔があった。

「危険から逃げたから、危ない橋を渡らなかったら、躊躇なく逃亡したから。危険を察知する能力、逃走能力だけは長けているから。だから心配しないでいいよ」

 聞く人によっては飛んだ腰抜け。現に葉月のパーティは常に落ちこぼれとか、弱者とか、弱虫だと言われ続けた。

 でも。

「なんかっぽいね。安心したわ」

 やっぱり私たちは似ているのかもしれない。鈴華はそう思えた。

 少し感動してしまったので、気持ちを整理するためにもトイレに寄ってから行こうと思ったが、スマホの着信音と画面に表示された名前を見て、鈴華は疲れたような溜息を吐く。

「もしもし」

『や、やっほーベルちゃん』

 後ろから聞こえる騒音がうるさい。これは。

「何、あんた誘拐でもされたの?」 

 車が走る音とどこか後ろめたそうな小声でそう察したのだが。

「ち、違うよ。止まっていたトラックの荷台に飛び込んだら、扉が閉まっちゃって!」

 一体どういうシュチュエーションで、そんなことになるのか。

「だったら、さっさと運転手に事情を話して、謝って降ろしてもらいなさいよ」

『それがね。なんかサーカスのトラックっぽくて』

「サーカスのトラック?」

『うん、狼とか虎とか入ってる檻がいっぱいあって』

 素人ながら、サーカスのトラックが本当に、街中に止まっているものなのかという疑問と、そして何よりこれだけ騒音がするのに、アンの声が小さいのが気になる。

 アンは別に無防備になんでもかんでも、首を突っ込むわけじゃない。むしろ想像力は豊かな方で、この後これをしたらどうなるのかというのがなんとなくわかっている。

 それでも尚危険に向かって進むのだから一番タチが悪いのだ。そして今、彼女は小声。つまり自分の存在がドライバーに聞こえない方が良いと判断したと、鈴華は推測する。

 嫌な予感しかしない。

「それで、どうして話しかけられないの?」

 そこで更にアンの声が小さくなる。

『あのね、目の前にその女の子がいて』

「はぁ?」

『しかも、その子、あの、耳と尻尾があって、多分人形だとは思うんだけど、微かに動いているような気が』

 唖然とする一方。

「何かいいことでもあったの?」

 そう葉月が問いかけるほど、鈴華は目をキラキラさせていた。

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