第13話 秘密

「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥」

 休日のカフェの朝は思ったより賑やかだ。家族連れもいれば、新聞を読んでいる人もいる。

 平日の、どこか忙しなく落ち着かない雰囲気はなく終始穏やかな時間が流れている。ある一席を除けば。

 その席は他の席から少し離れている場所にあり、個室というわけではないのだが、二人の声は他の人には聞こえない。

「‥‥‥‥‥」

 向かいの席に座り、こちらをニコニコとみてくる葉月に警戒しながら、カプチーノを啜る鈴華。目が離せない。

「そんなに警戒しなくていいよ!」

 こちらの心を見透かすように葉月に言われて、鈴華はため息をはく。

「そう言われて、警戒を解いた人いる?」

「いないね〜人が折角親切心で言っているのにね〜」

「あなたみたいな得体の知れない子の前で、警戒を解くなんて無理よ。

 裏表がないという意味ではまだ、あなたのお兄さんの方が信用できるわよ」

「ひどいな〜ベルちゃんは。どうやったら信用してもらえるの?」

「今日の話云々よ」

 昨日、アンを囮にする作戦を伝えた上で、彼女にそうやって仕向ける為に電話をする上で、鈴華は葉月に条件を出した。

「あなたの隠していることを教えなさい!」

 そう伝えたら、葉月は一瞬虚をつかれたような表情を浮かべたが、すぐに柔和な笑みを浮かべたのだ。

「うん、いいよ!」

 正直そんなにあっさりと承諾されると思っていなかったので余計に警戒したのだが、昨日早速葉月からメールをもらい、今日に至ったのだ。

「話す前に一応言うけど、この話を聞いたら、ベルちゃんは当事者の親友から完全に火中に飛び込むことになるけど、それは承知の上なんだよね?」

 少し童顔の顔で小首を傾げるその動作はとても可愛らしく、とても不気味だった。

「つまり、そこまで曝け出してくれるってことでいいのよね?

 ヒントを与えるとか、ある程度まで教えるとか、中途半端なことはせずに」

 葉月はクスリと笑う。

「警戒はしている。でも、口は笑っている。本当に面白いねベルちゃんは」

 葉月の言っていることが脅し文句とか、こっちの気持ちを喪失させる為じゃなく、本当に今から話を聞くと、イヤでも他人じゃなくなって、巻き込まれるのはわかるし、それが危険を伴うこともわかる。

 恐怖はある。先ほどからスカートの上に置いた手は震えているし、暑くないのに、冷や汗が一筋、額を流れ落ちる。

 でも、それでも確かに鈴華は高揚していた。

「当たり前じゃない!」

 振って沸いてでた非日常。ファンタジーオタクの鈴華が高揚しないわけがなかった。

「危機感がないのは百も承知だし、きっと背負わなくて良い苦労をすることになるかも知れない。

 それでも、あなたのような人に出会って、常に外野にいる方が私にとってはよっぽど辛いことなのよ」

 果たしてネジがぶっ飛んでいるのは自分なのか、それとも彼女なのか、そんなことを考えながら葉月はカゴに入ってあったガムシロップを全て投入したアイスコーヒーを啜る。

それをみて鈴華はギョッとしていたが、未だに糖分は取れる時にとっておく癖は治らないようだと、空っぽになったカゴを見て苦笑いを浮かべる葉月。

「私たち、異世界帰りなの」

 ストローから口を外した瞬間に放たれた突拍子もない言葉。ほとんどの人に頭がおかしいと思われるか、鼻で笑われるような言葉なのだが、そんな奴に葉月は、はなからそんな話はしない。

「やっぱり、アンを川から助けたり、葉月がSPの中に裏切りモノがいると瞬時に気づけたりしたのは、魔法って奴なのね!」

 案の定、鈴華は全く疑いしなかった。

「魔法というより、能力。そうだねスキルって言えばわかりやすいかな。

 向こうの世界では必ず一人に一つスキルを持っていた。

 中には先天的に多重スキルを持っていたり、後天的に強力なスキルを持ったりする方もいるそうだけど、私や兄のような別の世界からやってきたものは大概三つ以上スキルを持っていたり、強力なスキルを持っていたりするみたい」

「ほぉ〜ファンタジー‥‥‥‥でも、それってマナとかマソみたいに空気中に浮遊しているものを媒介に発動出来るものじゃないの?向こうの世界限定で、こっちの世界じゃ使えないんじゃないの?」

 それともこれはただ単に創作物の世界の中の常識なのかと思ったが。

 葉月はゆっくりかぶりを振る。

「間違っていないよ。というかそういうものを書いた人のほとんどが、異世界帰りの方だと思うよ。

 まるで帰国子女のような軽いノリで言われたので、危うく聞き流しそうになった。

「え?異世界帰りって、そんなにいるの?」

「いますね。まぁ、魔王討伐まで成し遂げる。ゲームで言うところのラストエンディング、グランドクエストを迎えることができたのは、数十年の中で数名しかいないというし。

 前に達成したのも五十年前だって聞いてる。

 途中でリタイアする人がほとんどで、お亡くなりになった方も多いと出発前に説明を受けた」

 鈴華の瞳の中の光がスッと鳴りをひそめた。

「向こうの世界で死んでも、こっちの世界では生きて」

「そんなご都合主義なことはないよ。命は一人につき一つ。

 もちろん死者の魂を蘇らせるようなスキルも存在しません。

 セーブなし、リロードなし、ぶっつけ本番一回きりのクソゲー」

 アイスコーヒーを啜り、窓の外から差し込む陽光に照らされる葉月の姿はとても絵になるのに、言っていることはとんでもなかった。

「え〜と、その」

「夢を潰してごめんね」

「いや、それは良いんだけど。

 え〜と、まるで異世界には簡単に行き来できるように聞こえたんだけど」

「簡単にはいけないよ。異世界へ綴る道はとある条件下でしか起こらない。こっちの世界へ帰ってくるのは簡単なんだけど。

 まぁ、でも、帰ってきた人に一人、会ったけど、まぁ、死んでだよ。経験したことないけど、戦場から生き延びて帰ってきた人ってこんな顔しているんだろうな〜って、想像しちゃった」

 にこやかに笑ったが、鈴鹿は見てなかった。俯き、必死で頭の中を整理しているのだ。

 次から次へと剣と魔法のファンタジー世界の現実を突きつけるような、発言の数々を処理するために。

「やっぱりそうだよね。あんな法も秩序もない世界。その〜葉月も襲われたりしなかったの?」

「襲われましたよ」

「だ、大丈夫だったの?」

「私の場合は未遂に終わりました。

 ただ、全裸で森の中を走り回りましたけど。結構寒くて危うく凍死しかけましたよ」

 まるで昔の苦労話をするように、とんでもないエピソードを言われて、どう反応していいのかわからないので、とりあえず。

「なんで行こうと思ったの?」

 話を聞いていたら、行けることを選べたように聞こえる。だけど葉月は行くことを選んだ。とても自分のようにその手の世界に憧れたわけでもないし、正義感が強いわけじゃ決してない。

なのに、行くことを選んだ葉月の判断は鈴華にとって奇怪でしかなかった。

 今までハキハキ話していた歯切れが悪くなり、言葉を選ぶようにストローでコーヒーをクルクルかき混ぜる。まさかそんなことを聞いてくるとは本気で思わなかったようだ。

「そうだな〜理由はいくつかあって、一つは達成感というのを味わいたかったんだと思う」

「達成感?」

「うん、私、大概のことは出来たし、それを極めるだけの熱量もなかったし、努力も出来なかったの。

 だから甲子園とかで負けて涙をする人の気持ちも、優勝して叫ぶ人の気持ちもわからなかった。

 それを味わいたかったのが一つ。

 そしてもう一つが、お兄ぃを外に連れ出したかった」

 天才故の悩みを赤裸々に語っていた葉月の話に耳をしっかり傾けていたのに、最後の最後でまるでツッコミを待つような言葉に思わず鈴華は目をしばしばさせる。

「え〜と、藤堂君を連れ出したかった?」

「ええ、お兄ぃってずっと引きこもりだったから、外に連れ出そうと思って」

 そんなそこのコンビニまで買い物に付き合わせるノリで異世界に誘うとは。

「よく、承諾したわね」

「賞金あったからね。私たち一生遊べるお金を持っているの。

 いわゆる魔王討伐の報酬。そして見事魔王討伐したお兄ぃは見事、これからずっと引きこもれる賞金を得ました。ちゃん、ちゃん」

「‥‥‥ようやくここでアンが出てくるわけ?」

 やっぱり話が早くて助かると、葉月はにこりと微笑んだ。

「うん、私たちが無事に魔王を討伐したんだけど、こっちの世界、滅んじゃってたの」

「‥‥‥‥はぁ?」

 流石の鈴華も理解が追いつかない。

「え〜と、ごめん、どういうことかな?」

「うん、実は私たち異世界から帰ってきたタイムトラベラーみたいなものなの。

 パーティーメンバー全員のスキルの半分以上を犠牲にして、二年前から戻ってきたの。この世界を滅ぼした元凶を断ち切るために」

 まさか、異世界帰りだけではなく、タイムトラベラーとは。要素が詰め込まれすぎていて、流石の鈴華も困惑する。

「それがアンとどう関係するの?」

 考えがまとまらないのは時間が足りてないか、まだ要素が足りてないだけ。つまり今悩むのは愚策だと鈴華は思考を切り替える。

 だが、それでも次の葉月の言葉には耳を疑った。

「実はね、如月アンの中に魔王因子が埋め込まれたの。発動条件は十八歳の誕生日までに、彼女が死ぬこと」

「‥‥‥‥」

 ここまでほとんどのことをあっさりと理解していた鈴華だったが、流石に親友に魔王因子が埋め込まれていると聞いて、動揺を隠せないのか、カップに口をつけるが既に飲み切っていた。

「お待たせしました。カプチーノです」

 いつ頼んだのか、目の前に置かれたカップとニコニコ笑う葉月を交互に見比べる。

 なるほど、あなたが頼んだのね。

 とはいえ、落ち着きたかったので、ありがたく頂戴することにした。

 少し糖分は欲しかったが、砂糖も全部使われていたので、そのまま口につける。口の中をほろ苦さが包む。

「‥‥‥どうして、あの子にそんなものが?」

「う〜ん、偶々だと思う。詳しいことは私にもわからないな」

「もし、あの子が魔王になったら?」

「世界は滅びる」

 カップを皿に置いて、鈴華は今更ながら渦中の中に飛び込むという本当の意味を理解した。

「‥‥‥だから、あなたたちはアンを守っているの?」

「うん、お金持っていても、世界滅んだら仕方ないから。お兄にとって、死活問題だからね。

 いや〜笑えたよ。滅んだ街並み見て一言が『引きこもれる場所がない』だったもん」

 いや、笑えないでしょ。それ。

「どうして魔王因子が如月さんの中にあるのかも、その発動条件が十八歳の死だということもよくわからないけど、ただ言えることはそれまでに彼女が死んだら世界は滅びる。

 だから私たちは彼女を守るよ。たとえどんな犠牲を払っても」

 思わず身震いがする。それは冗談じゃないと、はっきりとこちらに訴えかけてきてくる。

「‥‥‥それも異世界を旅して身についたもの?」

 異世界全部とは決してないにせよ、少なくとも葉月達が旅してきた世界はとても厳しい世界。なら、そうなってくると必要なことが一つ。

「非情な決断。いわゆる取捨選択って奴を」

 真っ直ぐこちらを見てくる鈴華の瞳に葉月は満足そうに頷く。

「やっぱり、私の判断は間違っていなかったようだね」

 怪訝な顔を浮かべる鈴華。

「なんの話?」

「ベルちゃんをこちら側に取り込むという選択」

「取り込む?」

「はい、ベルちゃんに私たちの正体を話そうと思った理由」

「‥‥‥条件を呑んだからじゃなくて?」

「そんなの、適当な話でっちあげて、誤魔化すこともできるでしょう?」

 まぁ、言われてみれば確かにそうなんだけど、何かショック。

「じゃあ、どうして私に話そうと?」

「う〜ん色々あるけど、一番の理由はベルちゃんの協力なしでは、如月さんを守れないと判断したからかな。

 彼女、自分を犠牲にしてでも、人を守ろうとするタイプでしょ」

 思わず言葉に詰まる。

 確かに、如月アンという女の子は自分を犠牲にしてでも、他人を守るタイプだ。現にそうわかっていたから、昨日も彼女の気持ちを逆撫でするような作戦がとれた。

「だったら、私たちが作戦を立てる上で、ベルちゃんの理解が不可欠。

 それに私は確信している。あなたは私と似ている」

「私があなたと?」

「はい、私たちは共に作戦遂行のためなら非情になれるタイプ。

 そしてこれから如月さんを守るうえで非常に重要なこと。

 だから、私はあなたを取り込もうと考えている」

「‥‥‥それはつまり、アンを守るためだったら、多少の犠牲をやむなしということ?」

「うん、私は自分の仲間と如月さんの命を天秤にかけるとしたら、間違いなく如月さんの命を選ぶ。

 それが、私が異世界を旅して身についた考え。

もっと言えば、その方法でしか得られないものがあると突きつけられた世の中の真理かな?」

 思わず鈴華は言葉に詰まる。

 確かに親友と赤の他人の命なら自分も親友を選ぶ。

 もし、これが非情な考えだとしたら、大概の人は非情だ。

 知り合いが死ぬとなったら心を痛めて涙を流すのに、テレビの向こうの電車を止めた自殺者には舌打ち。

 同じ命なのに。 

でもそういうものだし、別に普通のことだ。それに今回はアンの命を守ること=世界を救うことに繋がる。どう考えても、そっちに天秤を傾けるのが正しい。

 でも、それでも簡単に割り切れいな自分がいた。それが良心なのか、それとも単なるワガママなのか、今の鈴華には答えが出せない。

「今更ムシが良すぎるけど、少し考えさしてくれない?」

ここにきて、初めて鈴華は弱々しい言葉を吐いた。でも、それは当たり前のことなので、葉月の返事は早かった。むしろここであっさり承諾したら、彼女も手遅れかもしれないとも思っていたので、安堵した。

「わかっ」

 葉月の言葉が妙なところで詰まり、右の耳に手を当てて目を瞑ったと思ったら、

「と言いたいところだけど、あまり時間はないみたい」

「‥‥‥どういうこと?」

 首を傾げる鈴華に葉月は苦笑いを浮かべながら、立ち上がる。

「行きましょう。如月さんがピンチみたい」

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