第10話 交錯するそれぞれの思惑
「‥‥‥いや」
絞り出すようなアンの弱々しい声。
『勘違いしているようだけど、私は別にアンに意見を聞いているんじゃないの。
これは絶対命令。もし聞かないとなったら、どうなるかわかっているでしょ。ユミさんに言い付ける』
「!!!!」
手が震える。声も震える。それでも。
「それでもいや!ここで私、彼女を見捨てたら、絶対後悔する!」
そう叫んだアンを信じられないという目つきで見つめる蓮。もはやそれは理解に到底及ばないことで、ため息すらも出ない。
『ごめん、藤堂君お願い』
そう言われた瞬間、面倒そうに頭を掻く。
「なぁ、意味がわからないんだけど。その子他人だよな?今日会ったばかりの子だよな?それなのに、どうしてそこまでする。心配する友達を切り捨ててまですることか?」
「リタ、理解不能。余計なものは切り捨てる。それが正しいやり方。
まぁ、蓮と意見が合うのは不快だけど」
一言余計だと思いながらも、蓮は真っ直ぐ、ゆいを抱えたアンを見据える。
「確かに、彼女は出会ったばかりの他人と呼べる子かもしれない。
でも、だからってあっさり切り捨てることができるみんなの考えに私は賛同できない!!」
「?普通だろ?目に付くもの全てを助けていたら、それこそキリがないし、大きな何かを成し遂げるために、小さな犠牲を払うのは当然のことだ。
それはこの世界でも変わらないだろう?」
言っていることが理解できないほど、アンの感覚は人とずれているわけでもない。それでもダメなのだ。理解できても、納得できないのだ。
もしそれを一度でも捨ててしまったら、恐らく自分でいられなくなる。
ゆいを抱き抱えたまま、アンは踵を返し、走り出す。
「はぁ〜面倒な」
そう言って、蓮は走り出した。と言っても小走りだ。それでもすぐにアンとの距離が縮んでいく。手を伸ばせば捕まる距離まできた。それでも蓮は手を伸ばさなかった。
「‥‥‥‥」
本気だったからだ。本気で彼女は走り、必死だったからだ。その姿が思わずとある少女と被ってしまったのだ。
「何してんの」
リタの声にようやく我にかえる。
「いや、なんでもない」
手を伸ばそうとしたのと、アンが路地から飛びたしたのはほぼ同時。まるで飛び出てくるのを待っていたかのように、三人の男が行く手を阻むように、アンに銃を向けていた。二人の距離は数メートル。逃げられる距離じゃない。ゆいを力強く抱きしめて、壁になろうとしたが、弾丸が彼女に飛んでくることはなかった。
「なぁ」
驚愕する男。ほんの刹那。瞬きした瞬間、射線上にいや目の前に男がいたからだ。そして彼が引き金を引こうと瞬間、彼の蹴りが男の頭に突き刺さった。
「な、なんだ」
目の前で何が起こっているのか理解できず、男の仲間は呆然としていた。
「ガハッ」
いつの間にか彼の腹部に激痛が走った。まるで風に殴られたみたいに、蓮の動きは彼に見えない。
「う、うわぁぁぁぁ」
いつの間にか倒れた二人の仲間を見て、パニックになったもう一人の男が、リタに向けて銃を放った。だが、弾かれた。
「‥‥‥‥‥‥へぇ」
確かに彼は彼女に弾丸を放った。だが、彼女はまるで蚊でも払うように弾丸を払った。そして何か起こったか理解できないその頭はリタによって、地面に叩きつけられた。
「おい、やりすぎ」
生きているのかわからない男の惨状に、流石に同情する。
「これぐらい、なんともない」
「相手、モンスターじゃないんだぞ」
「‥‥‥‥ああ、うん。大丈夫」
絶対、大丈夫じゃない。後で治すように命令しようと蓮は思った。
「おい、これはどういう惨状だ」
突如聞こえたその声に蓮とリタが振り向くとそこには男がいて、持っている銃がアンの頭に突きつけられていた。
「あれが、葉月が言っていた親玉か?」
「多分。届く?」
「いや、無理だ。距離を詰める前に、あの女の頭がトマトになる」
「じゃあ、ジ・エンド?」
「なに、軽々しくあきらめているんだよ。いるだろ?俺らにはもう一人仲間が」
「なに、ごちゃごちゃ」
彼の言葉が詰まる。目の前に火の玉が飛んでいたからだ。
「な、なんだ」
視界をうろちょろする火の玉。
「フラッシュ」
火の玉は眩い光を放った。
「わぁぁぁ」
一瞬にして男の目を潰した。
そうなっしまうと、赤子の手をひねるのも一緒。蓮は一発男に拳を放った。男は倒れた。
「ふ〜ミッション終了。疲れた〜」
そう言ってその場に蓮が座り込んだ。丁度そこはアンの隣だった。
「なんだ、お前いつまでそこに座っているんだよ?」
呆然としていた表情が驚愕に変わる。
「なんで助けてくれたの?」
「?なんでって、お前に死なれるのは困るからだ」
そう言って蓮はゆっくり立ち上がった。丁度そこに葉月がやってきて、リタと一緒に並ぶ。
「俺達は何があってもお前は守り抜く。もし、お前を守るために、何かを切り捨てないといけないのなら、俺も葉月もなんの躊躇いもなく、取捨選択をする。たとえそれが兄妹の命であってもな」
そう言って歩き出す蓮。
「俺は疲れた。後は任せる」
「まぁ、いいでしょ。お疲れ」
ヒラヒラと手を振る葉月。その横を鈴華が通り抜けて、アンに歩み寄る。
「あんたは大馬鹿者ね」
自分を見下ろす親友の顔は悪鬼。
「ご、ご、ごめんなさい」
今更になって震え始めるアン。だが、しばらくして鈴華は大きなため息を吐く。
「まぁ、今回もあんたのことを利用したから、お互い様よ」
そう言って手を伸ばす鈴華。抱き抱えていたゆいは既にSPのリーダーに回収されていた。
アンは首を傾げながらも、鈴華の手を握り立ち上がる。
「じゃあ、葉月。私たち帰るから。約束忘れないでよ!」
「うん、またしっぽり語りましょ。ベルちゃん!」
そう言ってにこやかに笑う葉月を一瞥して、鈴華とアンは帰っていく。
代わりにゆいを抱き抱えたSPのリーダーが歩み寄ってくる。
「今日は本当にありがとう。しかし君は何者だね?」
この日本の街中で銃の乱射事件。間違いなく、明日の朝刊のトップを飾るような案件だ。
ところがマスコミどころか、警察も野次馬も集まる気配がない。路地裏から出たら、人々は何事もなかったように、日常を送っている。
「それは聞かない約束です。それよりもちゃんと役に立ってくださいね」
「‥‥‥‥ああ、できる限りのことはしよう。君のおかげで、職を失わずに済んだのだから」
そう言って深々と頭を下げた男は仲間と共に撤収した。
「あの人、役に立つの?」
歩み寄ってきたリタの頭を葉月はポンポンと優しく叩く。
「うん、リタほどじゃないけど、とってもね。あ、そうだ。明日リタに頼みたいことがあるんだけど!」
「わかった」
「即答だね〜」
「葉月、絶対。リタ、協力する」
「良い子だね」
そう言った葉月の表情は穏やかだった。だが、口は笑っていなかった。
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