第9話 取捨選択

「‥‥‥どういう意味かね」

 顔を引き攣らせるリーダーの男を見つめながら、葉月は微笑む。

「そのままの意味です。共闘して、一緒にゆいちゃんを殺そうとしている人を捕まえませんか?と提案しています」

 先ほどから何を言っているのかはわからない。それは恐らく目の前の黒ずくめの男もそうだろう。

 しかし葉月は全く揺るがない。ためらいがない。躊躇がない。まるで確信している。いや。

「完全に確信している」

 そうとしか思えない。

 ようやく目の前に立つ女の子が一介の高校生だという認識が男から消え去ったのか、男の声色が変わる。

「君は一体、なんなんだ」

 そんなの私が聞きたい。

 そんな鈴華の心の叫びに、葉月は涼やかに笑う。

「それはあなたにとって関係ないことです。それより早くしなくていいんですか?

 早くしないとゆいちゃん殺されますよ?そしてそれを塞ぐ唯一の方法は一つ。私たちと共闘することです。あ、でもこれじゃ提案じゃないですね」

 口元に手を当て、クスリと笑う葉月に男は顔を顰めた。

「誘拐犯からの脅迫ということか?」

「あ、勘違いしないでください。ゆいちゃんをお兄ぃに連れて行ってもらったのは、それが彼女にとって一番安全だと思ったからです。

 共闘しても、しなくても、ちゃんとお返しします」

 そこで一拍置いて。

「あ、でも今お兄ぃから離れるのは、そうですね〜ダンジョンに放置するのと同じだと思った方が」

 葉月の威圧的な態度。それは一般人ならさそがし効果があっただろう。

 しかし目の前にいるのはプロだ。生半可な覚悟でこの仕事についているわけじゃない。当然精神力も鍛え上げている。それでも。

「それで、君はどうやって私たちに協力してくれるのかね?」

 男は葉月の話に耳を傾けたのだ。それだけでも鈴華にとっては驚くべきことだった。

「お兄ぃは私が指示したらちゃんと、いや必ず守ってくれます。

 でも、私が指示をしないままで、もし狙われているのがゆいちゃんだって気づいたら、彼女をあっさりと切り捨てますよ」

 鈴華は思わず目を見開く。

「随分、薄情なお兄さんだね」

「そうでもないです。私たちには目的があります」

「それは一緒に連れ去った女の子と関係が?」

「はい、私たちは彼女を守らないといけません。一緒に逃げてもらったのは、ここで争いになったら、彼女は身を挺して、ゆいちゃんを守ると思います」

 まさしくその通りだった。

 鈴華が知っている如月アンと言う女の子はまさしくその通りだ。

 不幸体質というが、そのほとんどが何かに首を突っ込んで、傷つかなくても良い場面で傷ついて、苦労しなくて良い場所で苦労を背負い込む。

 それが、鈴華が知っているアンだ。

 そしてそれを葉月も当然のことながら正しく理解していた。

「だから二人とも逃しました」

 男は口に手を当て思案する。

「つまり君とここで取引をしなければ、お嬢様は殺されてしまうと?」

「はい、心当たりがあるのでしょう?お嬢様を狙っている奴に。

 だから、今日もゆいちゃんを見失ってしまった。いや、もしかしたらその黒幕がわざと逃したのかも」

 しばらく間が空いた後、男はふ〜っと息を吐く。

「交渉の余地はなさそうだ。それでこちらは何をすれば?」

 葉月の表情は変わらない。まるでこうなることを予測していたみたいに。

「ひとまず、先にゆいちゃんを助けましょう。私が望むものは成功報酬で大丈夫です。あ、心配しないでください。私はあなたの雇い主と交渉したいわけじゃなくて、あなた個人と取引したいだけなので、金品を要求するつもりはないです」

 男は首をかしげる。

「私にそれほどの価値があるとは思えないのだが」

「自分の価値=人から見た価値という関係性は絶対ありませんよ」

 そうやってにこりと笑う、先ほどまでこわばっていた男の顔が緩んだ。

「本当に何者かね君は?」

 葉月は人差し指を頬に手を当てる。

「ふふふ、ただの可愛い女子高生ですよ。

それで今回この町に来ている兵士の数は?」

「兵士って、まぁ、いいか。全員で十人だ」

「ゆいちゃんの命を狙う奴に心当たりは?」

「ある。現にそいつとはお嬢様が行方不明になったと同時に音信不通になった」

「つまりどこにいるのかわからないと?」

「ああ」

「その男に他のSPが加担している可能性は?」

「十分あり得るだろうな」

 随分無茶苦茶な状況で護衛任務していたんだな、とどうでも良いことを考えていたら、後ろに振り返った葉月と目が合う。

「どうしましょう西九条さん?何かその男を見つける良い案はありませんか?」

 いきなりの無茶振りに困惑する鈴華。

「な、なんでいきなり」

「意見は多くの方が良いです。その方が後腐れもないし、後悔もしませんので」

 要は責任分担だ。随分したたかだ。

「‥‥‥藤堂さんたちの力で何とかできないの?」

 その返しに一瞬虚を突かれたような表情を浮かべたが、すぐに葉月は微笑む。

「無理ですね。そういうのに得意の奴はいますが、今日はゲームの発売日なので、連絡ついても時間がかかりますので」

 どんなよ、と突っ込みたくなる気持ちを鈴華は抑え込む。

「じゃあ、殲滅?」

「随分物騒なことを考えますね。まぁ、最終手段として取っておきますが、出来るだけ労力は少なく」

 中々無理難題を突きつけてくるな〜と思いつつも、鈴華は必死で頭を回す。何せ、対処が遅れれば遅れるほど、親友は危ない橋を渡ろうとするのだから‥‥‥‥。

 不意に脳裏にとんでもない考えが過ぎる。

「いや、でもこれは博打のような」

「なになに、面白そうな考え?」

 目をキラキラ輝かせる葉月の視線には何か威圧的なものを感じて。

「いや、でもこれは」

 しかし時すでに遅し、葉月の視線からは鈴華はどうしたって、逃げられない。

 冗談半分で聞いて、と前置きして、鈴華は自分の中の突拍子もない意見を言ったら、

「うん、それ採用!」

 と即決された。

「いや、でも流石にそれは」

 チラリと男の方を見る。こんな作戦、絶対話せるわけがない。

「そこは任せて。とりあえず、その状況を作り出すには、西九条さん」

「わかってるわよ。私が電話すればいいのよね」

 そして作戦と呼べるには博打の要素が大きすぎるものが決行されたのだ。

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