第4話 不思議な力
「あれ、ベルちゃん?」
目を覚ましたアンの視線に鈴華が映る。最初自分に何が起こったのかよくわからず、どうして岸辺に寝ているのかわからない。そんな感じだった。
「川に落ちたのよ、あんた」
起き上がり、少し痛い頭を右手で抑え考え込むアン。
「え、‥‥‥あ、そういえば」
「あんま心配かけるんじゃないわよ」
鋭い口調。鈴華が怒っていることは明らかで、どうして怒られているのかもよくわかるアンは肩を落とす。
「ごめんなさい。あの、ベルちゃんが助けてくれたの?」
「そんなわけないでしょ。藤堂君よ」
「え!」
出てきた名前に目を丸くするアン。しかし今でも自分が大事そうに掴んでいる男ものブレザー。
「これも藤堂君の?」
「そうよ」
「‥‥‥そっか。また助けられたんだ」
申し訳なさそうに苦笑いを浮かべるアン。
「‥‥‥歩けそうなら、いくわよ。早くあんたは家に帰って風呂に入りなさい」
「あ、まって!」
そう言って立ち上がった鈴華に慌ててついていく。
帰り道も鈴華は一言も喋ることはなかった。アンは未だに怒っていると思っていたが、そうではなかった。
「そんな軽く済む話じゃないでしょ?」
彼女の頭の中は別のことでいっぱいだった。
いつもの交差点で別れたところで、去っていく彼女の背中に鈴華はそう問いかける。
普通飛び込まない。自分は飛び込めなかった。泳ぎは得意な方ではあったが、あんな荒れた川に飛び込んだら、二次被害が出るのは目に見えていた。冷静なのか、それとも単に恐怖したのかはわからない。
だが、彼は躊躇なく飛び込んだ。いや、飛び込んだのかはどうかはともかく、蓮は川に入って、そしてものの見事に荒れ狂う川の中からアンを助け出した。川の流れとかそんなもの全く気にならないぐらいに、容易く。
そして何より、あのアンを包んだ光。
「まるで回復魔法みたいに」
鈴華は止めていた歩を再び家の方面に向かって動かす。
当然、岸辺に降り立った鈴華は葉月に詰め寄った。でも。
「何のことでしょうか?」
話をはぐらかされた。しかしそれだけで引き下がるほど鈴華は聞き分けの良い方ではない。
「でも、確かに」
「西九条さん。あまり首を突っ込むのはお勧めしませんし、あなたにだって、如月さんに話せないこと一つや二つあるでしょ?」
とても同年代とは思えないぐらいの圧力と迫力に自然に手は震え、一筋の汗が鈴華の額を落ちて、思わず溜飲を飲み込む。
葉月はにこりと笑う。
「それに女性は秘密を持ってこそ、美しいものですよ」
その瞬間、重かった体が不意に軽くなって、鈴華は深呼吸した。
「さて、あまり人が多かったら如月さんも驚くだろうし、こんな霰もない姿、男に見られたくないでしょう」
そう言いながら、葉月は未だに気絶しているアンにブレザーをかぶせる。
「ちょっとまってくれ。それ俺の」
四月の水の中に飛び込んだのだ。蓮のように震えるのは当然だ。
「あれ〜お兄ぃはこんな霰もない姿の女の子に上着も貸せないのですが?」
ブレザーを脱がせたアンのシャツは透けていて、中のキャミソールがまるみえだった。
「別にいいじゃないか、向こうは下着のような奴らは」
そう言いかけた蓮は幼女に殴られて、その場にうずくまった。
「それじゃ、西九条さん。後はよろしくね」
そう言って、去っていく葉月たち。
結局問いかけることも、その背中を追いかけることもできなかった。
「どうやったらこんな乾き方するのよ」
しゃがみ込み、震えることもせず規則的な寝息をしているアンの髪に触れる。
濡れているのは中のシャツのみで、髪もスカートも乾いていた。そして体も温かった。まるで湯上がりのように。
「一体、何者なのよ」
いくら興味があるとはいえ、人のことを詮索する趣味は鈴華にはない。
でも、あの二人には謎が多すぎる。
なら、このまま放置する道理はない。
不意に立ち止まる。
「今度の週末。絶対何かしらの情報を得てやる」
敵なのか、それとも味方なのかもわからない。だけど、このまま何も知らずにいることだけはあり得ないと思った。
夕暮れがゆっくりと沈む。怒涛のような一日が終わりを告げようとしていた。
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