第3話 奇妙な兄妹

放課後。鈴華とアンは並んで歩く。五時間目まで降っていた雨は止んで、今では黒い雲の隙間から青空が見えている。

「良かったね、晴れて!」

「ええ、傘持っていなかったし。あなたにしては奇跡ね」

「え〜酷くない」

「この前コンビニで買い物しているものの数分で土砂降りの雨を降らした奴が何を言っているのよ。というか、イベント毎で晴れた覚えなんて、ほとんど覚えてないんだけど」

 睨みつけられた視線から逃れるようにアンは反対を向く。

「あはは、それにしても変わった転校生だったね。可愛い妹さんと、面白いお兄さん?」

 その人から告白紛いのことをされたことをすっかり忘れてしまったのかと思うぐらいにサバサバしたアンの態度にため息を吐く鈴華。

「もう一度聞くけど、本当に知り合いじゃないのよね?」

「うん、今朝下敷きにしたのが最初」

 なんという出会いだと思いながらも。

「とてもそんなふうに思えないんだけど」

 衝撃な朝のホームルームを終えた次の休み時間。クラスの密集分布は二分した。一人は当然葉月に。

「田舎って、どこらへん」

「藤堂さん、肌綺麗だよね〜」

「ありがとう!俺らのクラスに転校してきてくれて」

 そんなクラスメイト一人一人に葉月は笑顔で丁寧に対応している。

 そしてもう一つはアンの前に。

「知り合い?」

「なんで、アンなんだろう。変人?」

「ねぇ〜世の中にはもの好きがいたもんだね」

『可愛いけど、残念で面倒な子』というのが、このクラスのアンの立ち位置。もちろん言いふらしたのは鈴華。容姿に騙されてアンに近づいて、痛い目に遭ってきた人も多いので、その為の予防策だ。

「ちょっと、ひどくないかな」

 などと言いたい放題の友達にツッコミを入れる。決して嫌ではない。それにアンにもどうして、蓮が自分を助けてくれたのかも、あの言葉の真意もわからないまま。しかし話しかけようにも当の本人は机に突っ伏したまま『近づくな』オーラをバンバン出して、とても近づけないでいた。

「お兄ぃ、ちょっときて!」

 放課後、葉月に連行されるまで、ずっと。

「本当に不思議な人だよね〜」

 などと、とても火中のど真ん中にいるとは思えないぐらいの感じのアン。

 こんな性格だから忘れている可能性もあるのだが、幼稚園から一緒にいるのに、自分が知らないなんてあり得るのかという疑問もあった。そして何より、放課後のやりとり。

実は鈴華は気になって、あの兄妹をつけたのだ。すると人気のない特別棟の隅で、葉月とロザリーに壁に追いやられ、詰め寄られていた。

「何かな、あの挨拶は」

「――――――」

 二人ともご立腹。やっぱりロザリーもあの二人と知り合いのようだ。しかしロザリーの言葉が。

「英語、じゃないわよね」

 鈴華には全く聞き取れなかった。

 その時一陣の風が吹き抜け、一瞬目を瞑った瞬間に、三人の姿がいなかったのだ。

「ええ」

 近くの教室にもいないし、窓を開けた形跡はない。

「あれは、一体」

 どっちにせよ、ただの転校生ではないと、ファンタジーオタクの鈴華の血がそう言った。

「これは見逃せないわね」

「ねぇ、ベルちゃん。聞いてる?」

「あ、ごめんなさい。それで、何?」

「うん、どっちにせよお礼をしようと思うんだけど、何がいいかな?」

「お礼って、藤堂君に?」

「うん、助けてもらったわけだし」

 それは変に勘違いされるのではないのかとは普通なら思うのだが、アンに告白紛いのことをした態度も、放課後のあの様子を見ても、とても彼にその気はないのではないと思う。なら。

「金曜日の放課後出かけるって言ったじゃない。それに誘ったら?

 街の案内もできるし。藤堂君一人だとこなさそうだけど、妹さんも一緒ならくると思うよ」

 なんとなくあの二人の上限関係は葉月が上だということはわかる。それにあの二人に対して謎が多いのでちょうど良いと考えながら、皮算用をしていることは当然アンには言わない。

「それ良いかも!流石だね!」

 騙しているという罪悪感は多少あるのだが、これは利害の一致という奴だと鈴華は自分に言い聞かす。

「わぁ、結構増水しているね」

 街を流れる河川。そこにかかる橋の上で立ち止まり、欄干に身を預けて乗り出し、その下を流れる河川を覗き込む。片側一車線と歩道がついた橋は頻繁に車が通り、大型車が通る度に軋んでいる。

 決して大きくない河川は先ほどの雨と昨日の夜降った雨により、いつもよりは水嵩が増し、川の流れも荒れている。

「こら、落っこちるから、あまり飛び出さないでよ」

「大丈夫だよ!ほら!」

 そう言って欄干に預けていた両手に力を込め、足を宙に浮かし。

「こら、ばか!」

 やめさせようと鈴華が手を伸ばした瞬間だった。大型トラックが橋を通り過ぎ、大きく軋むのと同時に一陣の突風が通り過ぎた。

「う、嘘でしょ」

 鈴華の視線の先にバランスを崩し、頭から川に落下するアンの姿が目に映った。そして川を覗き込んだ瞬間、水飛沫を上げて、アンは川の流れに飲み込まれた。

「!!!!!!」

 今までアンが川に落ちたことなんて、何度もあった。でも、すぐに川から顔を出し、ケラケラ笑っているのだが、今回はない。当然だ。今までに落ちた川の比にならないぐらいの水嵩と勢いだ。水が濁っていることもあり、全く姿が見えない。

 鈴華は慌ててスマホを取り出し、救助隊に連絡しようとしたその瞬間だった。二つのものが彼女の目に映った。

 一つは川の真ん中付近で川の流れに沿うように浮かぶ、一つの小さな光。火の玉とも蛍とも取れるとても小さな。そしてもう一つは。

「うわぁぁぁぁぁ」

 落下していく蓮。飛び込んだにしてはバランスが悪く、まるで誰かに投げ飛ばされたような体勢と絶叫に唖然とする鈴華。

 そしてそのまま川の中に落ちた?蓮。しかしすぐには浮かび上がってこず、まさか彼もと思ったが、少し流された川の真ん中付近で、アンを抱き抱えながら、水面から飛び出した蓮の姿が鈴華の目に映る。

 安堵した鈴華は慌てて、岸辺に降りようと駆け出そうとしたその足が止まる。

 蓮がたどり着いた岸辺には二人の少女が立っていた。一人は葉月。そしてもう一人は黒髪ショートボブの小学生ぐらいの幼女。そして彼女が気絶したアンに手を翳した瞬間、彼女の体が光に包まれた。

「‥‥‥なに、あれ?」

 目に映った信じられない光景に立ち尽くしていた鈴華がその場から動けるようになるまで、しばらくかかった。

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