第2話 転校生
「雛鳥を助けようとして、親鳥に泥棒だと思われて、追いかけ回された」
「へへへ、そうなんだよ」
教室の席でアンの髪を整えながら、鈴華は詳細な話を聞く。
「それで、木から落ちたと。怪我はないのよね?」
「うん」
「まぁ、それは不幸中の幸いね」
「それがね、受け止めてくれた。ううん、下敷きになってくれた人がいて」
鈴華は怪訝な顔を浮かべる。
「はぁ?何よそれ?」
「落ちた瞬間、私が落ちかけた地面にダイブしてきて、私はその人の腰らへんに落ちたから」
「へぇ〜親切な人もいたものね」
というか、どれくらいの高さから落ちたのかわからないけど、その人の腰は大丈夫なのだろうか。
「それがね、その人自分で飛び込んだんじゃないみたい」
「‥‥‥はぁ?」
「押されたみたい。妹さんに」
鈴華の成績は優良だし、理解も早い方だと思っている。それでも流石にその話には首を傾げざるを得ない。
「つまり妹さんに突き飛ばされたお兄さんがアンの下敷きになったと?」
「まぁ、そうなるのかな?」
いや、そんな可愛く首を傾げる話じゃないだろう。
「そしてね、その後も」
「まだ、あるの!」
思わず声を荒げてしまう。
「うん、私を突き飛ばして、代わりに水を被ったり、トラックの泥から壁になって守ってくれたり」
なるほど、通りでいつもより髪の荒れ方も服の汚れ方も、肌の傷もマシだと思った。だけど。
「何、あんたボディガードでも雇ったの?」
「あはは、そんなわけないじゃん」
いや、あんた笑っているけど、その男の行動どう考えてもボディガードのそれじゃない。
「アンに体を張ってまで、守る価値があると思わないけど」
「ぶ〜その言い方は酷くない」
「せめて、前世で恋人だったとか、別れた幼馴染とか、前の人生で初恋して、その恋が実らずに、タイムリープしてきたとか、そういう設定が欲しいわね」
「でた。ベルちゃんのラノベオタク」
西九条鈴華は優等生なのだが、もっぱら読むのはライトノベル。一番好きなジャンルは異世界もの。
「ふふ、ごめんなさい。ちょっと脱線したわね。しかし本当に変わった兄妹ね。お礼を言ったの?」
「それが、お礼を言おうとした時には既にいなくなってたの?」
「妹さんの方も?」
「そうなんだ。でも、すぐに会えると思うよ」
「なんで?」
「同じ制服着てたから」
思わず髪をとぐ手がもつれる。
「痛い、痛い」
「あ、ごめん。って、同じ学校の制服!」
「うん、だからどこかで会えると思う。って、なんで、そんな赤い顔をしているの?」
鈴華は大きく首を振る。
まさかそんなラノベ的展開が起こって、思わずたぎってしまったとは言えない。
「いや、なんでも。あれ?あんた二日前の切り傷は?」
数日前に棘のある葉で、うなじの近くに作った切り傷がない。
「え、本当」
「うん、あんた相変わらず治り早いわね」
「うちもびっくり。でも、治るより早く他のところ傷つけちゃうんだけどね。今日もほら」
そう言って、膝小僧の傷を見せつけてくるアン。しかし当然ながらそんなことをすると必然的にスカートを捲り上げることになり、そしてここは共学校の教室。
「みせんでよろしい」
「いたっ」
アンのおでこに手刀を振り下ろす。
「ひど〜い」
「はい、まとまった」
「あ、ありがとう」
髪を整えたところで、丁度予鈴が鳴って、先生が入ってくる。
「はーい、みなさん。席についてくださいね〜」
教卓に立ったのは英語担当の教師で、ここ一年五組の担任であるロザリーだ。生まれも育ちもアメリカなのだが、元々日本の文化に興味があり、大学から常に日本に住んでいる。
金髪に豊満な胸。綺麗な肌に生徒にもフレンドリーの態度が男女問わずに人気がある。らしいのだが。
「あれ?」
席に座り、教卓に立つ彼女をみて、アンは違和感がした。
確かにロザリーはアンの担任だ。今の説明も一週間前に入学して初めの挨拶の時にしてくれたものだ。
なのに、まるでそういうことになっていると、今彼女をみて理解した。そんな違和感がしたのだが。
「やっぱり、今日もえろいな〜」
「本当に俺たち恵まれてるな〜」
「やっぱり綺麗だよね、ロザリー先生」
などと、周りのクラスメイトはそんな違和感を抱いていないと気づき、
「まさかだよね。私もベルちゃんに毒されちゃったかな」
自分のあまりにも突拍子のない考えに苦笑いを浮かべるアン。
「え〜それでは、ホームルームを始める前に転校生を二人紹介したいと思いますね」
ロザリーのその一言で、教室中がざわめく。男たちは可愛い子を求め、女子はイケメンを求めて、希望を膨らます。
「こんな時期に」
鈴華は入学一週間前というあまりにも変な時期の転校生に首を傾げる。
「では、入ってきてくださいね」
ロザリーの声に合わせて、入ってきたのは男子と女子が一人ずつ。
「初めまして、藤堂葉月と言います。兄共々よろしくお願いします!」
黒髪のロングヘアーに、整ったスタイル。そのまま学校のカタログの表紙に選ばれそうなぐらいに、制服を見事に着こなし、まさに深窓の令嬢という言葉が見事にはまる美少女。
「‥‥‥兄の蓮です。よろしく」
一方、男の方は全てが平均的。決して不男というわけではないのだが、本当に兄妹なのかと疑うぐらいに対象的だった。
ボサボサの髪に気だるそうな表情。そして何より、どうしたらそうなるのかと思うぐらいに、制服はボロボロで、顔も汚れている。
「何か他に言いたいことはありませんか?」
蓮の挨拶と姿により、教室が異様な雰囲気に包まれたことによるロザリーの配慮だ。
「はい、両親の転勤で田舎から引っ越してきましたので、こちらのことを色々と教えて欲しいです。
あ、といってもそこまで田舎ではないですよ。ちゃんと家の鍵は閉めてきました」
満面の笑みと元気な声。どこか可愛らしい動作に茶目っ気ある冗談にクラスの雰囲気が一瞬和んだのだが。
「特には、人付き合いとか面倒なので」
次の瞬間、葉月に足をロザリーに鉄拳を振り下ろされて。
「あいたっ!」
その場にうずくまる蓮。
「すいません。うちの兄は極度の人見知りなので」
「あ、ごめんなさいね。聞き分けの悪い生徒には鉄拳制裁。日本の常識だと思ってまして、未だに抜けませんね。皆も気をつけてくださいね〜」
ようやく教室の雰囲気がまとまり、このまま終わると思ったのに。
「あっ!今朝の人」
突然アンがそう叫んで立ち上がり、蓮の前まで歩いてきたのだ。
突然の彼女の行動に皆が唖然としている。だが、そんなことお構いなしだ。
「今日はありがとうございました!おかげで助かりました!」
深々と頭を下げて、手を握ってくるアンに蓮は全身に電流が走ったようにビクッとして、片一方の目は髪で隠れているが、見えているもう片一方の瞳はキョロキョロと挙動不審にしていたが、その焦点が定まり、自分より少し小さなアンをじっと見つめながら。
「と、当然のことをしたまでだ。俺は君の勇者なんだから」
字面だけを見れば、転校生が突如告白したようにも聞こえるのだが、皆の気持ちは恐らく一つだ。
なんで、この男はカタコトで、そんな苦渋に満ちたような表情を浮かべているんだ。そして何故繋いでいた手を無理矢理振りほどく。
当然、告白紛いのことを言われたアンも首を傾げているだけだった。
「これはたぎる展開ね!」
教室の中で鈴華だけがこの状況を楽しそうに見ていた。
さっきまで晴れていた空は一気に曇り、そのすぐ後に大雨が降り出した。
まるでこれから起こる展開を予期するプレリュードのようだった。
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