異世界帰りの勇者と魔王少女

@esora-0304

第1話 不幸少女

高校一年春。入学してから一週間が経った。

 未だに真新しい制服に身を包み、桜が舞い散る暖かな日差しの中、皆学校に向かい登校していく。

 もうすでに仲良くなったのか、二人組の女子はどこか楽しそうに。少し人見知りなのか、俯いて歩く一人の女の子。生アクビをして、既に制服を着崩している男子生徒。既に部活に参加しているのか、エナメルバックをカゴに入れた少年は自転車を飛ばしている。

 同じ新入生である西九条鈴華もしっかりした足取りで学校に向かう。赤いフレームの眼鏡に着こなされた制服。どこか知的で、堂々とした足取りは委員長を思わせるのだが、彼女は別に委員会に属していないし、中学から一度も委員長になったことはない。

「おはよ〜」

 一人、学校に向かう鈴華の背中にどこか弱々しい声をかけられた。

「おはよう」

 耳につけたワイヤレスイヤホンを外しながら、声のする方に振り返った彼女の表情は一瞬で歪んだ。

「はぁ〜毎度のことだけど、なんでそんな姿なのよ」

 こめかみに指を当て、頭痛を抑える。

 振り返った先にいたのは如月アン。

 常に動き回っているような、マグロのような性格をしていて、落ち着きがなく、妙に頑固なところがある鈴華の幼馴染だ。

 昔からよく一緒にいて、面倒見の良いお姉さんとどこか危なっかしい妹だというのが周囲の認識で、実際鈴華が部活や委員会にほとんど属してない理由の一つがアンを監視する為と言っても過言ではない。

 声をかけてきた彼女の姿は、一体どんな獣道を歩いて、どんな冒険をしたらそんな姿になるのかというぐらいにボロボロだ。

 肩口まである銀色の髪はボサボサで、綺麗な肌は泥が飛び散り、くすんでいて、教科書を取りに行ったときにボロボロにした制服はクリーニングに出し綺麗になったはずなのに、なんとも無残な姿に。アンの姉であるユミさんの頭を抱える姿が鈴華の脳裏に鮮明に浮かぶ。

これは今日の晩、荒れるな。

泣きながら鬼の前で正座させられるアンの姿がマジマジと脳裏に浮かんだ。

「‥‥‥一応聞くけど、何があったのよ?」

「いや〜木から落ちて、転んで、トラックに泥を撥ねられちゃって」

 なんとも不幸だな。そんなこと鈴華は思わない。

「元気そうで何よりよ」

 むしろまだマシだと思ってしまう。

「うん、今日はついているかも」

 笑顔でそう言ってのける幼馴染。どこまでもポジティブシンキングなのか、それとも底なしのアホなのか。もはや考えることもしない。

「制服は、着替え戻る時間はないわね。学校のトイレで顔洗って、髪を整えたら、なんとかなるわね。ジャージに着替えたところですぐ汚すから、制服は我慢ね」

 これで朝のホームルームまでの時間が全て埋まってしまった。

「は〜い。じゃあ、早く行こう!」

 そう言って軽やかなステップを踏んで、春のうららかな陽気の中、アンは満面の笑みで歩き出す。

 如月アン。彼女はどこまでも不幸な少女で、どこまでも前向きな女の子。

 命の危険も何度かあったのに。そんなアンの性格に鈴華は苦笑いを浮かべるばかりだった。

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