第63話 どっち?
「第一陣の部隊はほぼ全滅!」
恐怖に怯えて泣き叫びながらそう叫ぶサキュバスのサイインとかいう女。
「なんだと、待て、第一陣にはサイクロプスの部隊……特にあの三人の隊長が居たはず! あの者たちは―――」
「全員だっての! 三人とも殺されたんだって!」
「な……なんだと!? ど、どういうことだ、それは!」
サイクロプス……ああ……ソードとネメスと俺が仕留めたアレか。
やはり相当名のある奴だったのか、副官さんも他の女たちも信じられないといった様子で動揺してやがる。
「ってか、まず、外! 外! 外を見れば分かるからッ!!」
「外……一体……」
恐怖に怯えたサイインの言葉に首を傾げながら、副官さんが天幕を捲って外を見る。
俺や他の女騎士たちも首をヒョコっと出して外を見る。
ここは戦場全体をよく見渡せる、見晴らしの良い丘の上。
しかし、そこから見える景色は……
「「「「「コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! ウーラー!!!!」」」」」
響き渡るのは、彼方から聞こえる「コロセ」のコールと、空に次々と舞っていく血の噴水……いや、魔族の兵の肉片だ。
「ボッチャマボッチャマボッチャマカエセエエエエッッ!!!!」
「ゴシュジンサマゴシュジンサマゴシュジンサマ!!」
「ボクガセンパイヲタスケルサラッタヤツラコロスコロスミナゴロシッッ!!!!」
「ワタシノエロエロ先輩カエセカエセカエセーーーッ!!!!」
「ハークンハークンハークンハークンハークンハークンハークン!!!!」
えっと……遠くでスゴイ闇のオーラを出して大暴れしている五人の悪魔が居るんだけど……そして……
「みんな、ソードたちに続いて! 私が許す! コロシチャエ! コロシチャエ! ハビリをウバウヤツラハコロシチャエッッ!!!!」
「拙者のハーを……ハーを……コロスッ! 妨ゲルモノハイタブリ殺ス! 捕虜モ死以上ノ拷問ノ末コロス!!」
「「「「「ウーラーッッ!!!!」」」」」
血に染まったドレスを纏って現場で陣頭指揮を執るのは……アレ? 危ないから避難所に行ってるんじゃなかったの?
でも、その指示によって、制服を纏った若い連中が、混乱している魔族兵たちを問答無用で狩り取っていく。
それに続くように、帝国兵たちも出陣し、なんか最前線の陣形がとんでもなく崩壊して……
「えっと……副官さん……どっちが恐怖の魔王軍?」
「…………こっち……だが……ナンダアレハ?」
天が暗黒に染まって、無限に鳴り響く雷が魔王軍を襲い、さらに一振りで百人ぐらい死んでるんじゃと思えるとんでもない剣閃が兵たちを薙ぎ払い、魔族を紙きれのように引き裂いて叩き殺して暴れる格闘鬼やら、味方の多少の傷など一瞬で完全回復させる狂気のシスターとか、血に染まった姫様とか、感情押し殺すことできてない忍びとか……
「ひゃっはぁ、マジいいし! 槍で肉を刺して貫く感触、一突きで命を抉るこの感覚……たまんねぇ♥ エッチよりさいっこーにキモチージャン! 死ね死ねぇ♥」
ええっと……アレ……ヤリィマンヌだよな? 槍持って殺しまくって楽しそうなんだけど、ああいういう奴だったっけ?
とにかく……
「な、なんだ……なんだ、あの悪魔のような奴らはッ!! 帝国にあんな奴らが居たのか!?」
と、しばし呆然としていた副官さんがそう叫び、その瞬間、この場にいた他の女騎士たちも慄き始めた。
「な、なんなのです、アレは!」
「屈強な魔王軍の兵たちが、蟻のように踏みつぶされ、塵のように散って……」
「さっきからあの大魔法はなんですか! しかも連続で……大魔導士が何百人?! え? 一人!?」
「あの二人の剣士……あれ、剣? 一振りで何人殺してるの!?」
「あの小さい女の子、す、素手で兵を殴り潰したり引き裂いたり……おえっ……」
「あのシスター、常時回復魔法を味方に放っていて、帝国の連中が無傷!?」
「それに、後から続く兵たち……兵? 学生に見えません!?」
「一糸乱れぬ連携で次々と……何なの……いったい、なんなのぉ!?」
屈強な魔王軍の兵にして、今回の戦を指揮する総大将である六星の一人であるセフレーナ直轄の女騎士たちだが、その全員がただのか弱い少女のように怯えだした。
そりゃそうだ。
こっちサイドで見ていると、俺も怖いもん。
「ちょ、ど、どういうことですのぉ! 雑兵の皆さんは何をしていますのぉ! 粉砕突撃大喝采ですわぁ! もうナオホさん! さっさと我が最強のセフレーナ女騎士団を引き連れて、突撃して片づけてくるのですわー!」
「え……じ……自分が……ですか?」
「あなた散々手柄と戦を求めていたでありませんの! 今が好機ですわぁ! あなたが見事役目を果たせましたら、そうですわ、六星を一つ加えて七星大魔将ですわー!」
「……と、言われましても……」
セフレーナのメチャクチャな指示に顔を引きつらせる副官さん。
本来、副官さんも武人として戦いに生きる、戦いで死ぬことを望むような人だったっぽい。
だけど、これはもう戦じゃない。
もはや蹂躙だ。
そして、副官さんも理解してるんだ。
勝利や仲間のために戦うことはあっても、もうこの場で自分が飛び出したところでできることはない……というか、単純に怖いって。
「あー、やめた方がいいぞお前ら……軍そのものはまだ残っていても、もうみんな戦意もなく逃げ回ってんじゃん」
「ハビリ様!?」
「ここは撤退した方がいいんじゃねーのか?」
こいつらは敵で侵略者だ。
だけど、もう何か可哀想になってきたから、せめてもの情けで言ってやった。
「急報! コザソク将軍、討ち死にぃぃい!!」
「カヌチン隊が全滅ですッ!!」
「きゅ、急報! 中央軍が壊滅状態です!」
「左翼陣形が完全崩壊! 多数の兵が逃亡して戦場から離れております!」
と、そんな迷っている暇もない。
今度は女騎士たち以外の戦場で血を流しているモンスター兵たちまで一気に駆け込んできた。
そのどれもが敗戦の報告ばかり。
「そ、そんな……なんということですの……こ、この、無敵の六星であるワタクシが……こ、これは何かの間違いですわ! 運命の結婚相手も見つかり、勝利の花と共に祝福されるはずがどうしてですのぉ!」
と、ついにセフレーナも能天気にできる状況ではなく、恐怖に取り乱した。
そして……
「将軍……やはり今のうちに全軍撤退の報を。それしかありません」
もうどうしようもない。
副官さんももうそれしかないと、セフレーナに進言した。
しかし、その時だった。
「いいえ、残念ですが、もうそれも無理でしょう」
それは、たった今この天幕に報告に来たモンスター兵の一人が呟いた言葉だった。
「どういうことだ?」
「既にほとんどの兵が敗走を始めてますが、むしろ逃げるものを奴らは執拗に殺し、そして超広範囲の魔法で空を荒ぶらせ、大地を壊し、逃げることももう……」
「な、なんと……」
あいつら……マジで誰も逃がさず皆殺しにする気か……
「そんな……そんなぁ、ですわぁ! ハビリ様、嗚呼、ワタクシたちの子供もまだコウノトリさんが来ていませんのに……うぅ」
「……セフレーナ……」
そして、もはや何もかも壊れてセフレーナは俺に抱き着いて子供みたいに泣き出した。
どうする? こうなると、降伏か?
「もう降伏しかないと思ってます」
「……しかし、今回攻め込んだのは我ら……そんな身勝手なことを奴らが飲むはずが―――」
副官さんも俺と同じことを思った様子。果たして陛下たちが受け入れるかどうか。
俺が口添えすればどうにかなるか?
でも、降伏の場合、それでも最低限の首として―――
「一つありますよ……一つだけ、降伏の可能性が」
「なに?」
「それは……こちらの総大将の首を、奴らに差し出すことッ!!!!」
「ッ!?」
次の瞬間、伝令にきたモンスター兵たちは一斉に抜刀し、セフレーナに―――
「ちっ、ばっかやろう!」
また、俺は咄嗟に動いてしまった――――
「あっ……ハビリ……様」
気づけば俺の腹を冷たい何かが貫き、そして次の瞬間には熱くなり、赤い血が滴り落ちていた。
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