第61話 そして全てが始まった

 空から女が落ちてきた。

 ガーゴイルとかゴブリンとかとは違う人間寄りの姿をした魔族の女。

 長いロールの髪とか眩しすぎる黄金の甲冑とか見ると、絵に描いたようなお嬢様というような感じだ。


「ふぁぁ……ワタクシ……ワタクシ……ひゃぁん!?」


 そして、そんな魔族のお嬢さんの乳揉んでパンツの中に手を入れてキスまでしてしまった俺。

 激しく動揺して震え、涙目のようなお嬢さんに胸が痛む。

 事故だけど。

 てか、敵だからいいのか?


「坊ちゃま、御無事ですか! おのれぇ、マギナが雑な魔法で撃ち落とすから……今、その魔族の女を殺します!」

「どいて先輩、そいつ殺せません!」


 と、そのとき、額に青筋立てたソードとネメスが剣を振りかぶって女を殺そうとする。

 そりゃ、敵っぽいからいいんだろうけど……



「ひィ、いや、な、なんですのぉ! ちょ、お、お待ちなさい! ワタクシを誰だと思っていますの!? ワタクシは―――」


「知らぬ! 死ね!」


「先輩の唇奪ってオッパイ揉んでもらってアソコまで、出会った直後でそこまでしてもらうような人なんて僕は知りませんッ!!」


「ひいい、い、嫌ですわぁああ、だ、誰かぁ、お、お父様ぁ、お母様ぁ!!!!」



 すると、騎士としての誇りやらそういうのは無いのか、魔族の女は急にワンワン泣き出して激しく怯えた。

 っていうか、地面が濡れてる……わ……漏らし……見知らぬ男にいきなり乳揉まれてパンツに手を入れられキスまでされて殺される……哀れと言えば哀れだけど、今は戦争中。

 同情は―――



「ちょ、エロエロ先輩たち何やってんのよぉ! 後ぉぉ!」


「ハーくうんん!!!!」


「「「ッッ!!??」」」



 その時だった。


「ウオオオオ、人間どもぉ、よくも隊長たちをぉ!」

「コロシテヤルぅ、我らサイクロプスの恨みィ!」

「死ねええええ!」


 背後から、サイクロプスたちの兵。

 一つ目から大粒の涙を流し、怒りで我を忘れたかのように武器を振るって俺たちに襲い掛かってきた。


「ちっ!」

「わっ!」

「あっぶね!」

「きゃぁん!」


 慌てて飛び退いて紙一重で回避した俺たち。


「坊ちゃま、御無事……って、何でそんな魔族の女を抱きかかえているのです! さっさと捨てられよ!」

「え? わ、あ……」

「ガクガクブルブルガクガクブルブル」


 咄嗟だったので……ってか、俺が抱きかかえているというよりは、怯えたこいつが近くに居た俺にしがみついていたという感じだが……


「おい、お前、離れろよ!」

「ひい、そんなぁ、あ、ぁ、でも、ワタクシ、どうすれば!」

「どうすればって、味方だろうが、アッチが!」

「……あ……そうでしたわね」


 そう、この魔族の女は敵側。

 しかし、そのサイクロプスたちが……


「シネエエエエエ!」

「ウガアアアアア!」


 この女が目に入ってないのか、怒りに我を忘れてこっちに襲い掛かってきた。


「坊ちゃま! そちらに!」

「ひいいい、あなたたち、ワタクシですわよ! ワタクシの姿が見えませんの! い、いや、いやああああ!」


 どうやら本当に向こうは分からないようだ。このまま放置すればこいつは味方に殺され……おお、どんどん哀れな要素が加算されていくなぁ。

 いやいや、安い同情はせず、ここは心を鬼にして……



「い、いやですわ、た、助けてぇ!」


――おにいちゃ……たすけ……て……


「ッ!!??」



 それなのに、気づけば俺の体と心は勝手に動いていた。

 かつて、俺が後悔だけのクソだらけの人生を過ごしたときのことを思い出させた。

 本当にムカつく。

 泣いて「助けて」と呼ばれたら……


「くそぉ、俺から離れるなよ、お嬢様」

「……ふぇ? あ……」


 女の身体を穢すクズ野郎でも、後ろ髪引かれちまって見捨てられねえだろうが!



「蒼炎魔導砲ッッ!!!!」



 女を守るように強く抱き寄せて、そして力いっぱいの炎を群がるサイクロプスたちにかましてやった。


「す……すごい……ですわ……綺麗……」


 全ての脅威を燃やし尽くしてやった。

 そして……



「よぉ、大丈夫かい?」


「ぽぉ~……」


「おい」


「は、はい。だ、大丈夫……ですわ……」


「はは、そっか。運が良かったな♪」


「/////////」



 呆然とするお嬢様に、俺はどうしたもんかと苦笑しながらも……




「もう、戦う気を無くしちまったんなら、大人しくしていることだな」



( ˙࿀˙ )



「お互い、もう殺し合いにくいだろ?」



( 〃˙࿀˙〃 )



「このままやめてくれたら……嬉しいぜ、お嬢様♪」



ズッ―(๑ÖㅁÖ๑)―キュ―ン♥♥♥    



 戦いはやめられないが、もうこの女には俺の前から居なくなって欲しい。

 矛盾しているかもだが俺がそう告げると、女は……



「……分かりましたわ……ワタクシ……あなたと戦いませんわ」


「おっ、そうか」


「あなた……お名前は?」


「ハビリ」


「そう……ハビリ様♥」


「ん? 様?」



 すると女は二、三度頷き、頭に手を当てて……



「こちら、ワタクシですわ! 今すぐワタクシを本陣へ逆転移するのですわ! いいから早く!」



 逆転移。たしか、自分が望む場所へ一瞬で移動する転移魔法の亜種で、任意の相手を自分の下へと呼び寄せることができる魔法。

 戦争では必須のような魔法。

 すると……



「んっちゅっ、ハビリ様ぁ♥」


「……ん? ……ッ!?」


「「「「……………え゛?」」」



 女は急に俺に抱き着いて、そして正面からキスをしてきて……え? なんで? お礼的な挨拶? いや……



「あなたとは戦いませんわ、ハビリ様。ワタクシと、結婚しましょう!」


「……は?」



 次の瞬間、俺の視界、周囲が歪み―――――俺は―――



「ちょ、ぼ、坊ちゃまぁぁああああ!」


「せ、先輩ィいい、そ、そんな、先輩があああ!」


「ッ!? ちょ、何をしているのです! ソード、御主人様は!? え? けけ、結婚?!」


「え、わ、私の先輩が、さ、さ、攫われた!?」


「いやあああああああ! ハーくん! 私のハーくんがぁ!」



 そしてこれが全てを左右させた。



「「「「「ユルサナイ…………」」」」」



 この出来事が全ての決定打となり……
















「ええええ!? それ本当!? ハビリが、ハビリが攫われた!? 敵の女に連れていかれて……え?! キスして結婚!? ハ? ……ナニソレ……イミワカンナイ……ユルセルワケナイデショ?」


「……拙者の……拙者と姫様の御館様を連れ去り……結婚? 何という命知らずな魔族でござる……いずれにせよ……」



 後の歴史にも語られる、帝都攻防戦における……




「「「「「コロス………魔族、魔王軍……ミナゴロシ!!!」」」」」



 

 『地獄の大惨劇』として、世界で長く語られることになるのだった。

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