第5話 変われど変わらぬ

「様子を見るだけ。様子を。マギナの……そしてオークションの流れを……」


 散々迷った挙句、俺は奴隷商人の誘いを受けて帝都の悪所と言われる地に足を踏み入れていた。


 ここでは物も生き物も人も含めてあらゆるものが手に入る。

 さらにはギャンブルやら剣闘やらもござれ。


 非合法と言われながらも、帝国の上層部も贔屓にしていたりと何かと見て見ぬふりをされている場所。


 まさに掃きだめのゲロの匂いが充満で、前の世界で最初に訪れたときは吐き気がしたものだ。


 ただ、俺も前の世界で最後の方は地べたを這って腐った肉を食らったりとゴミみたいな生活していたから、悲しいことに慣れてしまっていた。



「ひょひょひょっ、会場に入る前に、どうぞ坊ちゃま。あちらの馬車の荷台に例の商品がありますぞ」



 そして、そんなことを考えている俺の前に一台の馬車が止まる。

 荷台は鉄檻になっており、中には……



「……………」


「あ……」



 あいつが居た。

 両手に枷、首輪を嵌められ、しかし身綺麗なドレスに身を包んだ絶世の美女。

 長い白銀の髪を頭の後ろにまとめ、透き通るような白い肌、ソードのような馬鹿でかいわけではないが、それでも形の整って柔らかそうな……いや、実際に柔らかいんだが……って、そうではなく!

 そして、その表情に笑顔はなく、この世の全てを拒絶するかのような凍えるような氷の……


(きゃ~~~、ご主人様ァ♥ 貴方様の醜い淫らな豚ですよ~~~……と、落ち着くのです、マギナ。今の私をまだご主人様は知りません)


 ん? なんだ? 今、一瞬だけ物凄い蕩けるような笑顔を見せたような気が……気のせいか?

 いずれにせよ、このどこまで冷たく人を見下すような目に惹かれ、俺はこいつを……ん? なんか目に熱が帯びてる? あれ?



「ふひひひ、驚いたでしょう? 実はこやつ、元姫なのです。連合加盟国ではなく、関係者以外はあまり知らない地方の極小国ではありますが、戦乱に巻き込まれてそのままあれよあれよと堕ちて私の手元に」


「…………」


「この美貌、何よりも処女にございます。坊ちゃまには何卒こやつのオークションに参加いただけたらと」



 そうだ、俺は思わず意識がトリップしちまうほど見惚れちまって、ソードを買った翌日だというのに欲情し……


「さぁ、降りろ。お前のご主人様候補だぞ?」


 そして、荷台の牢から外に出され、馬車から降りるこいつは俺に対して冷たい目で……


――全員死ねばいい……


 そう呪いのような言葉を吐き捨てて、俺はその冷たさにゾクゾクして、何が何でもこの女を手に入れて思うがままに犯して穢してやりたいという下衆な想いに駆られて……


「ぶひ」

「は? ぶ? なに?」

「ひゃっ、あ、いや!?」


 あれ? こいつ、今、何を言ったんだ? ぼそっと一言呟いたような気がしたが、前回は見惚れて呆然としていたから気づかなかったけど……それにこいつ、アレ? 何かいつもクールで無表情だったこいつが、急に顔を真っ赤にしてオロオロしている?


(わ、私としたことが、ついご主人様を前に豚に戻ってしまいました! いけません、豚に戻るのはまだ先です! えっと、前回の私はまだご主人様の偉大さを分からぬ雑魚娘だったのに精いっぱい強がって、えーっと、えーっと……)


 ヤバい。前回もあったかもしれないことを俺がスルーしなかったから、急に前回と展開が変わった?

 てか、こいつこんな表情変わる奴だったっけ?


「って、あぶねえ!」

「え? きゃっ!」

 

 マギナが狼狽えてフラフラしていたものだから、馬車から降りようとしたら足を踏み外して……


「がっ?!」

「はぐっ!?」


 俺は咄嗟に身を投げ出して受け止めようとしたが、うまくできず、マギナと頭をゴッツンしてしまった。


「坊ちゃま!?」


 後ろに控えていたソードが慌てて駆け寄ってきた。


「つ~~~~~~」

「いつつ……あ、だ、だ大丈夫ですか、ご、ご主人様、この雌豚は、じゃなくて、ああ~、えっと、申し訳ありません!」


 ヤバい、前回の出会いとだいぶ変わっちまった。つか、頭……何でソードの時といい、頭ばかり打って……だけど……


(これはまずいです! 前回以上の最悪の出会い。これはまぎれもなくご主人様からのペナルティーで、ご主人様のペナルティーを零さず飲み干さないとですね♥ そしてそのままお尻も含めて朝まで最低十発……っていけません、よだれが……嗚呼、早くご主人様にお尻を叩かれながらブヒブヒ言いたい……♥ 頭をゴツンなんて、きっと死ぬほどよがらせてイジメてもらえることでしょう♥)


 とにかく、俺がやることは変わらねえ。


「俺ぁ、大丈夫だ……そっちこそ大丈夫か? コブとかできてねえか?」

「え? あ、あの……へ? ……え?」


 今度こそ。


(ご主人様が私の身体を気遣われた!? 何故? 私など息するだけの肉穴肉人形肉便器の雌豚としてブヒブヒ容赦なく荒々しく弄んでくださるご主人様が!? 逞しさやオラオラさだけでなく、時にはバブバブ甘える可愛らしさも曝け出していたご主人様が、わ、私の身体を気遣われた?!) 


 今度こそソードだけでなく、マギナも穢すことなく、そして幸せに……

 

(どういうことです? しかも、目が何だか優し……まさか、頭の打ち所が何か悪かったと!? 私の雌豚ライフはどうなるのです?! 英雄になっても満たされなかった日々でようやく気付けた本当に大切な日々、私が私で居られる居場所……それを取り戻すために奇跡の黄金世代とも袂を……事情は分かりませんが、このループした世界では必ず生涯雌豚肉便器としての人生をと……ご主人様……)


















「皆様、今宵も熱気溢れる競売に私も真に嬉しく思いますが、次が最後の競売となります!」


 前回と違う出会いやら頭ゴツンがあったが、ここらへんの流れは同じようだ。

 身なりの整った金持ちたちも参加する奴隷オークションで、多くの連中が買われていった。

 前回は周囲を見渡す余裕もなく興奮していた俺だったが、こうして周囲を見ると……


「うう~、駄目なんだなぁ! なかなか気に入ったのが買えないんだなぁ! 僕のお眼鏡にかなう女神のような奴隷はいないんだなぁ!」

「おほほほほ、今日だけで美少年を三人も購入出来て夜が楽しみザマスね」

「ふぉっふぉっふぉ、ワシの孫よりも若い奴隷を調教するなどそそるのぅ」


 うん……俺と同じぐらいのクズしかいないわ……正直この中で俺なんかよりもマシな奴が居れば、マギナもそいつに買ってもらえば幸せになるんじゃないかとも思ったが……


「さぁ、御覧ください! 18歳の若さでありながら大人の色気あり、この圧倒的な美貌と気品! 何を隠そう、亡国の姫君! 故郷では白銀の魔姫とも言われた、正真正銘の処女! 本日の目玉にございます!」


「「「「「ッッッ!!!??? お……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」」」」」



 そしてついに、首輪に繋がった鎖を引っ張られながら、マギナが出てきた。


「では、こちらの商品は500万サークルから開始いたします!」


 そのあまりの美貌と姫という肩書に恥じぬオーラに、元々熱くなっていたオークション会場が更なる熱気に包まれた。



「うひいいいー! アレ、も、もう、アレなんだな! アレが欲しいんだな! ぜ、ぜぜ、絶対絶対に買うんだなぁ! 600万!」


「ふぉ、ワシが買うのじゃぁ! 630万!」


「お、俺だ、俺だああああ! 650万!」


「渡さないんだなぁ、660万!」


「700万!」



 帝都の一般庶民の年収が300万~400万……当時の俺はそんな金銭感覚まるでなかった。

 国を追い出されて地べたを這っていたころであれば、1000サークルさえあれば一日三食余裕で食べられる……パンの一かけらを買うのにだって……俺はそんなことも知らず、自分で稼いだ金でもないのに湯水のように使ってたよな。


「ぬぅううう、1000万!」


 そう、さっきから執念のように、意地でもマギナを買おうとしているあのデブの不細工野郎と最後の最後まで争って、最後は……

 

「わ、ワシは、せ、1300万!」

「2000万!」


 金の価値も分からずに、人に値段を付けて買おうとか、今にしてみれば反吐が出るような世界だな。しかもその目的が「弄ぶための奴隷」を買うため。それだけの金があれば、どれだけのことが……

 まぁ、仮に本当にマギナの値段をつけるとしても、そんなはした金じゃすまないんだがな……

 

「おっとぉ、2000万までいきました! 他におりませんか?」


 っと、あれ? まだ2000万? って、そうか。前回と違って俺が参加してないから、そこまでまだ値段が吊り上がってない?

 このままいけば、あのデブが……


(ご、ご主人様ぁ!!)


 ん? なんだ? マギナ……こっちをさっきからジッと……え? 俺を見てる?


(ご主人様、ど、どうして入札してくださらないのです!? まさか、先ほどのゴツンで嫌われた? それとも頭を打って真人間になられてオークションを拒否!? そ、それは困ります! 何よりもこのままではあの醜いオークのような男に……いけません! 豚は私一人で十分! いかに私が豚とはいえ豚のような男に買われるなど死んだ方がマシ! ご主人様、お願いします、どうか私を……っていうか、ソードは飼ってるのに、私を買ってくださらないのは何故です!?)


 んんん? 涙目? うそ! 気づかなかった……前回は俺も白熱していたからか、マギナの細かい感情の機微に気づけなかったんだ。

 泣いているんだ。

 当たり前だ。

 いくら感情を殺そうとしても、自分がこれから売られるというのに平然とできる奴がいるものか。

 でも、俺は……


(くっ、仕方ありません……こうなったら……全ては理想の雌豚生活を手に入れるため! ご主人様以外に見られるのは我慢なりませんが……いざ!)


 その時だった。


「ん?」

「なんだ、あの奴隷?」

「急に後ろを向いて……」


 マギナが後ろを向いて、腰を曲げ……尻を突き出した!?

 尻に食い込んだ白下着と白い尻がプリンとあらわになる。

 

「「「「「ッッ!!!???」」」」」


 突然の異常事態に言葉を失う会場。

 俺もそうだ。

 あのマギナが自らこんなことをするなんて……何で……



「私は……嫌です……」


「「「「「?????」」」」」


 

 そのとき、本来喋ることも許されない商品であるマギナが震える唇で……



「そこの醜く肥えた男に買われるのだけは嫌です! どうか、どうか!」


「「「「「おおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」



 奴隷になるとしても、買われるとしても、あのデブだけは嫌だと、マギナは尻を左右に振りながら会場中の男たちを誘惑した。


(ご主人様、お願いです、目を覚ましてください! 雌豚尻ダンス! 本当ならパンティーも脱いであなた様に捧げるこのダンス……どうか奥底に眠るエッチな野獣の本能を思い出してください!)


 マギナ……そこまで嫌なのかよ……でも、だからって俺が買うのは……いや、でもそれならまだ俺が買った方が……


「2500万!」

「ワシじゃあ! ワシが買うんじゃぁ! 3000万!」

「4000万!」

「ぐぅ、負けないんだなぁ! もうあのお尻もオッパイも唇も全部僕のだぁ! 5000万!」


 あぁ~、値段が吊り上げられていくけど、でもあのデブはまだギブアップしないし、つか、あいついくらぐらいが限界だったっけ?

 いずれにせよ、俺が最終的にマギナを落札したのは……でも、でもまたこれじゃあ俺は同じことを……だけど、このままじゃマギナは……


「5000万入りました! さぁ、もう他にいらっしゃらないのであれば、これで――――」


 マギナ、ゴメン!



「1億だぁぁああああ!」


「「「「「ッッッ!!!!!!!?????」」」」」


「……ほへ?」


(ご主人様ぁ♥♥♥♥♥)



 気づいたら、俺は前回の落札価格と同じ価格を叫んでしまっていた。


「い、お……あ、あの、ハビリ様……い、今のは、1億で……」

「つっ~~~、ああ、もう、そうだよ! 1億だ! 1億で買う! その女は俺がもらう!」


 結局こうなっちまったか……ソードだけじゃなく、マギナも奴隷として再び俺は手にしてしまった。


 何が償いだ。


 それとも、多少の変化はあったとしても、未来は変えられないのか?

 いずれにせよ、デブは既に放心状態で項垂れて、アレに買われなかったとはいえ、マギナは俺に買われて結局奴隷ということは変わらない。



(ぐっ、尻ダンスに坊ちゃまは反応されたか……マギナを除け者にするチャンスだったのだが……いや、まぁ、今後のトラブル処理用の戦力としてはいいのだが……しかし、妙だな……前回は小生も心を無にしてあまりこのオークションに関心なかったが……マギナ……調教される前からこういうことする女だったか?)



 俺の傍らのソードも難しい顔で黙ったまま。俺に失望しているのか?

 そしてマギナも、あいつの心は今どれだけ傷ついているのだろうか?



(あぁ~、よかった……よかった……ようやくご主人様が目を覚ましてくださって……ふふふ、しかしこれでようやく雌豚ライフが予定通りスタートです。御主人様にまずは処女をとっとと奪っていただき、その後はぶっ通しで……そして今宵はケツ穴も確定ですよね♥)



 それだけがずっと気がかりだった。

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