第4話 朝も絶対に何もしない

――貴方は最低の人です! 教えてあげます! 貴族も平民も関係ない、僕たちは同じ人間だと! 僕の抱いた正義に誓って!



 眩しい光を放って、熱い拳でぶん殴られた。



――君は哀れだよね……たまたま貴族に生まれたけど、その肩書を取った君に何があるの? それを分からない君が、私は見てられないよ


――ダッサ……あんたさ~、貴族とか先輩とかの肩書とか、親とか兄とか自分以外のことでしかえばれないのね。ほんっと、ザコ


――小さく醜い殿方ですね……腹立たしい……



 黄金のやつらには好き放題言われて、何もかもをへし折られ、叩きのめされ、それがいつまでも、死ぬまでも俺の中に刻み込まれた。

 思い出しただけでのたうち回りたくなるかつての自分。


――ここは平民のクズが入るような場所じゃないんだよ! お前みたいな底辺がいると俺の格まで下がっちまうんだよ!


 クズの底辺は俺だった……

 それが過ったところで、俺は目が覚めた。


「う……あ……ゆめ?」


 朝起きて、眩い日差しがカーテンの隙間から注ぎ込んでくる。

 国を追い出されてからしばらく野宿やらで落ち着いて寝ることはできなかったから、ふかふかのベッドがこれほどありがたい存在だとは思わなかった。

 

「……ん~……」


 そして改めて状況確認。

 身の回り。俺の部屋。そして入学前に用意された降ろしたての魔法学園の制服が飾られている。

 どうやら俺は本当に過去に戻っちまったようだ。


「……起きるか」


 どうして戻って来ちまったのか分からないし、これが夢ではないことは確かなよう。

 とりあえず、これからのことを色々考えて……と、俺は部屋から出ようとしたら……


「はぅ、おはようございます、坊ちゃま!」

「お、おお……ソード……」


 部屋の前でソードが正座で待機していた。


「ど、どうだ? 眠れたか?」

「いえ、あ、いや、はい! というか、小生のような奴隷の身分に自分の部屋だけでなくベッドまでなど、あまりの寛大さに色々と小生も戸惑いましたが……その、小生なら別に裸で坊ちゃまの添い寝でも、というかむしろその方が……」

「いいんだよ」

「そ、そんなぁ~」


 奴隷という身分で遠慮がちで戸惑っているな。確かにソードが家に来てからはほぼ毎日夜は一緒にベッドで裸で寝ていたからな……ほんと……俺ってクズだぜ……


「そ、そうだ、坊ちゃま。朝の御奉仕を―――」

「って、な、何を、ちょ、待て待て待て! 何いきなりズボンを脱がそうとしてやがる!」

「うぇ!? いえ、だ、だ、ですから、朝の一番搾りと言いますか……奴隷としての責務を……」

「いいってば! その、奴隷としてどういうことをすべきかとか考えなくていい! そりゃ身分は奴隷かもしれないけど、俺はお前にそういうことするつもりはねえ!」


 一緒に住んでいた時は、毎朝ソードとマギナに交互に朝の奉仕をさせていたな……マギナ……そういえば、あいつとも……


(くっ、寝て起きたら坊ちゃまも元に戻られているかと思ったが、まさか真人間のままとは……朝のアレの濃厚濃密刺激臭満載の一番搾りを頂戴できないとは……ど、どうする? もう一度坊ちゃまの頭に衝撃を与えてみるか? それとも、坊ちゃまの潜在意識の中に眠っているドスケベマインドを刺激するためにも……ぐっ、こうなったら……)


 と、あいつのことを少し考えていたら、気づいたらソードが中座の姿勢のまま股を大きく開いて俺に見せつけてきた!


「な、そ、ソード!?」

「坊ちゃま……ご、御覧いただきたい……小生の、パパ、パンティーにございます!」

「ッ!?」

「ど、どうぞ、朝食の前に、ご、御一献、いかがでしょうか?!」


 白! 紐! じゃなくて……なんで?!


(ぐぅ、前の世界では坊ちゃまが全部やりたいことを主体的にしてくださったので楽だったが……うぅ……自分でやるのは恥ずかしい……しかし、これも愛する坊ちゃまとのドスケベライフを取り戻すため!)


 なんてこった! 俺が乱暴に無理やりこいつを犯さなくても、こいつは奴隷とはこうあるべきだと……なんて悲しいことを……


「や、やめろって、そういうのは抜いてくれ!」

「はい、ヌキます!」

「いや、だからぁああああ!」


 くそぉ、とにかく俺はこいつを絶対に穢さねえぞ!










「ひょひょひょ、どうもこんにちは、ハビリ様」


「…………」


「で? お坊ちゃま、昨晩はお愉しみでしたかなぁ? あの奴隷の具合は?」



 朝の一悶着から少しして、醜い下衆な笑みを浮かべるジジイが現れた。まぁ、その下衆さは俺と同じぐらいなんだけどな。

 前の世界で俺が利用していた奴隷商人。

 そうだ、思い出してきた。


「是非ともこれからもハビリ様にはご贔屓頂きたいです。ハビリ様はお若いですから、色々な玩具は持っておいて損なは無いでしょう。玩具も玩具によって遊び方が変わりますからなぁ!」


 こういうことを話す奴隷商人に、俺はニタニタとしながら話に乗っていたんだ。

 そして、その流れで……


「ところで、ハビリ様は今回カタログから購入していただきましたが、オークションはまだ未経験でしょう? どうです? 今日は超トビキリの目玉商品が出品される予定でしてねえ~、是非とも坊ちゃまにもオークションに参加して頂けたらと思いましてねぇ~」


 ああ、そうだ。

 奴隷オークション。

 まさに俺のような屑共がわんさか集まって、人間やモンスターを買う場所。

 不思議なもんだ。

 前回はこれを聞いたときは、俺も目を輝かせて参加したってのに、今では胸が苦しくなる。

 何よりも……


――ご主人様……


 俺があいつを……マギナを買ったのも……


「いや、俺は――――」


 と、そこで拒否しようとしたが、それでいいんだろうか?

 俺はこの世界で少なくとも、ソードとマギナには幸せになってもらいたいと思っている。それが俺のできる僅かな償いだと思っている。

 だからそのためには、俺が二人と出会わなければいい。俺が奴隷だったあいつらを買わなければ……そう思っていた。

 だけど、昨日のソードの話が頭を過る。俺が買わなければ、次に買うのはもっと酷い奴かもしれないと。

 ただ一方で、俺よりもずっと優しい奴に買われて、幸せになれるかもしれない。



 たとえば、俺の性根を叩きのめしやがった、あの勇者のような……でも、そうじゃないかもしれない……それはその時にならないと分からない。



「まあまあ、坊ちゃま、これも社会見学、そして経験ですぞ? こういう世界を知るのも貴族の嗜みと思いますぞ?」



 そう思うと―――――



「……まぁ……一目見るぐらいなら……」



 一目だけでも――――



「ちっ、マギナか……あやつが居ると小生と坊ちゃまとの時間が減るのだが……頭打って真面目になられた坊ちゃまがあやつに関わらないかもという可能性を考えたが、まさか様子見とはいえ赴かれるとは意外な……それともやはり前回と大筋は変わらないということか? とはいえ、マギナも今後の様々な問題を解決する戦力としては……必要か……まぁ、それに共に坊ちゃまに開発された盟友でもあるわけだし……仕方あるまいブツブツブツブツ」


「ん? ソード、どうした?」


「え、いや、何でもありませんぞ、坊ちゃま。外出されるのであれば護衛につきます」



 とにかく前回の自分を踏まえて今回の俺はどうすべきか……色々と見極めないとな。

 この先の世界の流れを知っている身として、その上でこいつらに償いを――――



 そして最後は勇者の『あいつ』がこいつらを幸せにしてくれるだろう。なんかハーレムみたいだったけど、仲良さそうだったしな……



 ソードとマギナも、俺への同情が無ければ前回も勇者の側で女としての幸せを得ていたはずなんだからな。



 ただ、このとき俺は「知っていること」よりも「前回知らなかったこと」に今後振り回されることになることを……


















「もうすぐ魔法学園の入学試験で帝都に行くから……天国の兄さん、見守っててね。私は絶対に勇者に……じゃない、『僕』は勇者になるよ! うぅ~、話し方とか気を付けないと……あと、髪の毛も切っておこう……女の子としてじゃなくて、僕は男の子として帝都で勇者になるんだから」




 まだ、分かっていなかった。




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