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 第一印象からなんとなく察していたことではあったけど、シギはクラスで浮いているようだった。

 明らかにシギの周りには人がいない。クラスメイトたちに意識的に避けられているといった雰囲気は感じられないけれど、いつ見てもシギは一人で行動していた。

 あれほど悪目立ちしているし、転校生である僕もたった数日でそのことに気付いたので、もちろん他のクラスメイトや担任教師もシギの状況については認識しているのだろう。

 認識したうえで、シギが一人でいることに全員が気付かないふりをしていた。

 誰も彼も、シギには全く不干渉。担任教師でさえシギを放任している。匙を投げているという風には見えないけれど、実際はどうなんだろう。転校生だから、シギの現状については把握できても、その背景については全くわからない。

 シギに仲の良い友達が一人もいないのは、まあ、シギには悪いけど納得できてしまう。シギとは転校初日に話した以来一度も関わっていないけれど、あの短時間だけでもシギの異質さは十分に感じ取れた。ここ数日の動向からして、シギは人と関わることを露骨に避けているようだった。シギは性格が異質で人嫌い。いくら小学生とはいえ、みなある程度、友達は選ぶだろう。そして、シギのような人は友達に選ばれにくい。私立の小学校なんていう特殊な環境なら尚更。

 クラスにシギのような人間がいた場合には、積極的に学級委員に立候補するような世話焼きの女子が、なんとかシギのような人間をクラスの輪に入れようと奮闘するのがどこの学校にもあるお決まりの展開だと思っていたのだけど、どうやらそうでもないらしい。このクラスにも、明るく活発で、いかにもお節介をやきそうな女子が一人いたのだけど、その女子ですらシギには全くの不干渉だった。給食の時間にシギが終始俯いて一言も言葉を発していなくても、その女子はシギに話題を振ってあげたりはしない。会話の輪に入れてあげない。

 自分の中の小学校というものへの認識が絶対的なものではないことは承知の上だけど。

 それでも、このクラス内でのシギの扱いは、少し異様じゃないかと思う。

 シギに対して不干渉というか、ほとんど無視に近い。

 そんなことを考えながらぼーっと転校してからの一週目をぼんやり過ごしていたら。

 気づいたら、僕もクラス内でシギと同じような扱いをされるようになっていた。

 つまり、僕もシギと同じく、友達が一人もいなかった。

 クラスメイトに僕がアンドロイドであることがバレていた、というわけではなかったと思う。もしバレたら、その時点で僕は即座に学校から除籍されてしまうし。

 それでも、僕が普通の小学六年生の男子ではない、ということはあからさまに露呈してしまっていたのだと思う。

 いくら演技が得意でも、演技というのは所詮偽物、フィクションにすぎない。常にそばにある本物と比較されれば、いくつもの小さな差異が目について、すぐに偽物であると看破されてしまう。

 同学年にいるという僕以外のアンドロイドは全員一年生のときからこの学校に在籍していて、当然だが僕よりも心の完成度が高い。今まで五年間も小学生に囲まれて小学生とともに成長してきたアンドロイドは、六年生にもなればもうほとんど人間と見分けがつかなくなる。しかし僕は、転校初日になって初めて小学生という生き物と会話したし、その相手はよりにもよってシギだった。全くもって何の参考にもならない。その後に何人かのクラスメイトと話したのだが、やはり価値観が違い過ぎるというか、そのためにお互いに気を遣いすぎてしまうというか。つまりいまいち会話が嚙み合わなかった。言葉のキャッチボールをするたびに神経へのスリップダメージが入っていく感覚があった。どうやらその感覚は相手にも共有されていたようで、以後、僕が同じ人からもう一度話しかけられることはなかった。

 そのまま、転校してから二週目の学校生活が始まって。

 それから二日間、僕は学校の中で一度も声を発さなかった。

「柊くんは不気味なんだよ」

 朝、教室の扉を開けるとそこにはシギ以外に誰もいなかった。僕がろくに挨拶もしないままシギの隣の席にランドセルを置くと、シギは呟くように言った。

 久しぶりにシギの声を聴いた。

「みんな、柊くんのことを気味悪がってる。柊くん、変な人だと思われてるよ」

「……それくらいわかってるよ、言われなくても」

「ねぇ、柊くんは、人間じゃないんでしょ?」

「あのさぁ、僕からしたらシギだって僕に負けず劣らずの変人で、人間じゃないように見えるんだけど。シギも人間じゃなかったりするの?」

「うわ。質問に質問で返された。会話が成立しないなんて。やっぱり変だね、柊くん」

 もう別に何でもいいけど僕の言うことに「うわ」って返すのだけはやめてほしいな。ちょっと傷つくから。

「わたしは、残念ながら人間だよ。自分がどうしようもなく人間すぎて、毎日嫌になる。だからアンドロイドの柊くんがものすごく羨ましい」

 そこで、シギが俯いていた顔を上げた。シギの肩にかかるほどの長い黒髪がさらりと流れて、鏡のようなつるりとした黒い瞳が露わになる。相変わらずの無表情だった。

 僕は今まで一度もシギの笑顔を見たことがない。

「ちょっと真面目な話をしてもいい? 並みの小学生男子からしたら途轍もなくつまらなく感じるような真面目な話なんだけど、柊くんはアンドロイドだからたぶん大丈夫だと思う」

「なに、急に……」

「人間は不完全な生き物だからこそ自分の人生に責任が伴ってくるんだと思うの。逆にアンドロイドは完全な生き物だから、自分の人生に責任は伴わない」

「いや、普通逆じゃないの? アンドロイドのほうが不完全な生き物だと思っていたけど」

「だってアンドロイドのほうが人間より強いじゃん」

 まあ、それはひとつの事実として正しい。人間とアンドロイドが一対一で戦えば、よほどのことがない限りアンドロイドのほうが勝つ。

「強いっていうのは戦闘能力もそうなんだけど、生存能力のほうの話ね。人間は食事と睡眠をしなければいつか死んでしまう。人間は食事か睡眠という方法でしか、活動するためのエネルギーを蓄えることができない。でもアンドロイドは、食事や睡眠よりももっと効率の良い方法でエネルギーを蓄えることができる。だからアンドロイドは責任を果たす必要がない」

「……その話がどうなったら責任云々の話に繋がるのかがどうにも見えてこないんだけど」

「単純なことだよ。アンドロイドの柊くんにはあんまり実感の湧かない話かもしれないけどね。人間は突き詰めれば、自分の食事と睡眠を確保するために、社会の中で生活しているの。何のために仕事をするのかといえば、色々理由はあるけど、みんな共通している一番の理由は、自分の食料と寝床を確保するためでしょ。わたしたち人間は食事と睡眠をしなければ死んでしまうから、食事と睡眠のために仕事をして、社会の中で責任を果たす必要がある」

 あまりに極端すぎる話だった。視野狭窄的に、人生を単純化しすぎている。小学生の戯言だと即座に切って捨てることもできるけど。

 シギは全く表情を変えずに喋るから、どこまで真剣に話しているのかわからないのだ。

「一日に三回も食事をして、人生の内の三分の一を睡眠時間に割いて,それ以外の時間でも、食事と睡眠のために仕事をする。そんな生き方って馬鹿みたいだと思わない? だからわたしは人間をやめたい。アンドロイドになりたいの。自分の意識を義体に移して、完全な生き物へと進化したい」

 そこで、シギは初めて僕の前で頬を緩めた。

 僕に向かって、シギは微笑んだ。

「柊くんは、夜になったって眠ったりしないんだもんね。給食は一応食べるふりだけしてるけど、朝ごはんも夜ごはんも毎日食べてないんだよね。そんな無意味なことする必要ないもんね。羨ましいなぁ……」

 どこか恍惚としたような表情で、シギは僕に羨望の眼差しを向ける。

 ……まずい。シギは僕の見立てよりも数段上の変人、いや奇人だったのかもしれない。

 それまでの僕は、シギのことを少し個性的で人見知りなだけの普通の女の子だと思っていた。舐めてかかっていたと言ってもいい。

 教室の窓から差し込む朝日の光を背に微笑むシギに、僕は何らかの目に見えない長大なものの存在を感じ始めていた。

「……なんでシギは、僕のことをアンドロイドだってほぼ確信してるの? 確かに僕は他のクラスメイトに比べれば変なところがあるかもしれないけど、それだけで確信するには証拠が足りなさすぎるよね?」

「ん、ああ。柊くんは知らないんだ」

「なにが?」

「あのねぇ、この学年にはアンドロイドが一体も残っていないんだよ」

 一体も、残っていない。

 存在しないのではなく、残っていない。

 つまり、かつてはあったが今はない、ということか。

「学年に一人もアンドロイドがいないんじゃあ、この学校を運営する目的がなくなっちゃうでしょ? だから学校側が急遽、転校生として柊くんという新しいアンドロイドを追加したのかなって。だって今まで転校生がこの学校に来たことなんて一度もなかったし、そんで柊くんはこんな変な感じの人だし、ちょっと不自然だよねぇ」

「……なんで、アンドロイドが一体もいないの……?」

「んー、どうしてだろうねぇ……?」

 もし僕に人間のものを模した心臓が搭載されていたら、心拍数が急上昇していたと思う。

 生まれて初めて死の危険というものを感じた。

 アンドロイドに死の概念は存在しない、らしい。僕は実際に死んだことはない。もし義体が壊れて活動が停止してしまっても、別の場所に保存してある僕の意識プログラムを新しい義体に入れ直せば、僕は復活できるらしい。

 そのことを知っていたのにも拘わらず、僕は心の底から死を恐怖した。

「柊くんは大丈夫なんじゃないかな。柊くんは、どうやら今までのアンドロイドとは少し勝手が違うみたいだし」

 シギが僕の肩に手を置いてそう言ったところで、扉がガラリと開き、女子三人が駄弁りながら教室に入ってきた。すると途端にシギは無表情に戻り、僕から手を離して、何事もなかったかのように前に向き直った。

 そして、かつてこの学年にいたアンドロイドが消えた原因が全てシギにあるという情報を僕が耳にしたのは、その日の放課後のことだった。

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