第10話 安倍晴明の存在感

1.お品書き:未読歓迎

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 本話は『シリーズ:陰陽師土御門鷹一郎と生贄にされる俺、山菱哲佐の物語』関連エッセイです。このシリーズは主役2人が出てこない話も多いんだけどね。

  https://kakuyomu.jp/users/Tempp/collections/16817330649554910714

 それから安倍晴明はメジャーなので、詳しい人は大抵知っている話に集約されると思うので、スルー下さい。

 このエッセイは本編を書くのにあたって、色々調べたところをブッパするお気楽エッセイです。にわかなので間違いがあればお気軽にご指摘くださいませ。


2.そもそもこいつの名前は何だ。

 安倍晴明はだいたい『あべのせいめい』と読まれることが多いけれども『はるあきら』とか『はれあきら』と読まれることもあります。

 何故わからないかというと、昔の文献にはルビがふられていないのだ。だから呼び名はわからない。それで『はるあきら』とか『はれあきら』読み説は、平安時代に音読みの漢字名をつけたのは僧侶だったので、僧侶ではない安倍晴明は訓読みだろいという考えを基礎にしている。

 けれども安倍晴明は平安時代から既に極めてアイドル的な存在だったので、わざわざ印象付けるために音読みされた可能性も十分あると思う。僧侶も先端技術者だから。


 ところでそもそも安倍晴明じゃない可能性があってだな。

 三国相伝陰陽輨轄簠簋内伝金烏玉兎集さんごくそうでんいんようかんかつほきないでんきんうぎょくとしゅう(以下、「簠簋内伝」。)という晴明が記したとされる占いの本があります。この書は人文学オープンデータ共同利用センターというところにUPされてる。

 それで簠簋内伝には『天文司郎安倍博士吉備后胤清明朝臣選』と選者名は『清明』と記載されている。それから簠簋抄という簠簋内伝の注釈書があるんだけど、そこにも『清明』と書かれてある。

 簠簋内伝は晴明死後に作られた作で、子孫が作ったものという説があるけれど、鎌倉時代末期から室町時代に成立した偽書という説が主流なのかな。文献というものは偽書、その中には完全な創作本から始まり、意図的に複数の古書をとり混ぜて偽作を作った本や、古代を装って作った本(例えば周礼とか)がある。古いから正しいというのは成り立たない世界なのだ。

 それで「清」は『はれ』『はる』とは読まないだろう(読むとしたら『きよあきら』?)。

 江戸時代前には字は『晴明』と認識されていたふしがあるから、恐らく読みが共通となる『せいめい』なのだと思う。


 歴史物を書く時に名前問題はいつも困るのだ。

 特に女性の場合は、そもそも名前自体がほとんど残っていない。家の名前で呼ばれるか住んでいた場所で呼ばれるかが大半だ。源氏物語とかが典型。

 そんなわけで、わからないところはルビはふらない主義です。


3.そもそもこいつはどんな人といわれているのか。

 安倍晴明という人物は、主に政治的に実在した。

 では安倍晴明というのはどういう人物として存在しているのだろうかという問題。

 晴明の出生は恐らく921年、死亡は1005年。

 

 晴明は葛の葉狐という狐と安倍益材あべのますきの子どもとされている(いきなりアレ)。狐との子どもという初出は簠簋内伝で、それをもとに室町時代に説話集が生まれて語り芸能の信田妻しのだづまや古浄瑠璃によって、晴明の出生話としてほぼ固定化された感がある。

 信田妻のあらすじを簡単に言うと、安倍保名(架空)が信太森に立ち寄った時に白狐を助けて怪我をする。そこで葛の葉という女性が現れて年頃になり、晴明が生まれる。話はこのあと色々続いて保名は死ぬんだけど、晴明が芦屋道満あしやどうまんと占いの力比べをして勝って保名を生き返らせ、道満は処刑され、晴明が天文博士になる、というストーリー。

 信憑性はおいといて、とりあえず先に進む。


 その後(?)、幼少期に賀茂忠行かものただゆきのお供をしていた時、夜に忠行と外出の際たくさんの鬼がいるのを見た。急いで牛車で寝ていた忠行を起こし、目眩ましをして事なきを得たことから、忠行は陰陽道の秘技を全て教えたという話が今昔物語にある。今昔物語は平安末期の作だ。


 そっからはまあ色々あって、色々人外じみた活躍をするわけですよ。

 花山かざん天皇の頭痛の原因が山中でドクロが岩に挟まってるからだと言い当てたり、式神で蛙を殺したり、晴明の家では目に見えない式神が働いたり。

 話のネタにうけそうなのは身固めかな。蔵人少将という人がカラスに糞をかけられたのを見て呪われると言って、一晩中ギュ♡ってして呪いを解いたとかBL展開な話もあったり。


 その中でも注目すべきかなと思うのは大鏡の花山天皇の項で、花山天皇が出家しようとした時に晴明の家の前を通ったんだけど、その時に出家に気づいた晴明は手をパチパチ叩いて式神を宮中に送ったという逸話がある。化け物じみた話の中で、なんでこんな手を叩くだけの話がわざわざ残っているのだろうかということですよ。

 大鏡というのは1000年~1100年頃に成立といわれていて、晴明の死亡時期にほど近い。小学校のころから教科書にのってる大鏡の実態は、ゴシップ大好きな今で言う上等なプレイボーイみたいな本なので、他の文献の補足がない限り、あまり信じてはならない。

 ということは、この死後ほど近い時点で晴明が驚異的な異能を持っていることはすでに広まっていて、それが記録に残されているということだ。つまり、生前から異能の存在は明らか。なのに、晴明が表に出て活躍をし始めたのは、すでに老境に差し掛かるころだった。つまり、晴明が日の目を見るのは、後ろ盾のプロデュースによるものと考えられます。このおじいちゃんは作られたスタアなのだ。

 ところでこの当時の異能神力というものは、無知蒙昧な話でもなく、現実のものとして存在していた。それが前提。


4.プロデュースの行方

 詳しい人は知っているだろうけれども、晴明が出仕したのは40歳で、天文得業生、狭き門の特待学生になった時だ。当時ではすでにおじいちゃんに差し掛かる年齢です。そんな晴明をプロデュースしたのは一条天皇や藤原道長を始めとした藤原北家の面々だろう。

 晴明が本格的に陰陽寮を掌握し始めたのは賀茂保憲かものやすのりが没した977年(晴明57歳)以降と思われる。賀茂保憲は陰陽寮の権能のうち、暦道を子の賀茂光栄かものみつよしに、天文道を安倍晴明に引き継いだ。そして前述の花山天皇が出家したのは986年、つまり晴明66歳のことだ。この時に帝王編年記ていおうへんねんきでは晴明が天文博士になり、以降天文は安倍家が担当することになった。


 先の大鏡では、花山天皇は北家の藤原兼家かねいえが一条天皇を即位させるために兼家の三男道兼みちかねが唆して出家させたことになっている。

 藤原実資さねすけの日記である小右記おうきでは、993年に一条天皇が病に臥せった時に晴明が禊をした功績で正五位に叙されたとあり、その後の997年に大膳大夫(あるいは主計権助)に任命されている。

 それまでは陰陽頭(陰陽寮のリーダー)でも従五位が一番上だった。だからこれは官位制を塗り替える破格の昇進に当たる。藤原実資は一条天皇や同じく北家の藤原道長の仲間で、当時の新政権側だ。

 御堂関白記御堂関白記という道長の日記にも、道長の呪いを解く話で晴明が登場していて、ようするに日記にも書かれるほど関係は深い。

 つまり、晴明は新政権によって引き立てられた。


 少し戻って花山天皇とはどんな人物か。

 彼は祖父の藤原伊尹これただの後ろ盾で即位したものの即位時に伊尹はすでに亡く、外舅の藤原義懐よしちかと乳母子の藤原惟成これしげが実権を握り、革新的な政令をたくさん発布した。なお、この頃の政治に出てくるのはたいてい藤原氏だけど、藤原家は四系統あり、それぞれ皇家を挟んでごちゃごちゃと姻戚関係争いと権力争いをしていて仲はあまりよくない。

 それで皇太子懐仁やすひと親王(後の一条天皇)を擁立する藤原兼家と関白をやってる藤原頼忠よりただ、実権を握った藤原義懐が権力争いをしていた上に、その他にも色々問題があって花山天皇がわずか19歳で出家して、一条天皇が天皇となる。言い換えれば、藤原北家がうまいこと花山天皇を追い出し、手中に収めた政権をソフトランディングされるためにスーパースター安倍晴明がプロデュースされたのだ、と思う。新政権というのは不安定なものは世の常で、超人おじいちゃんが世の安寧をもたらす構造。

 つまりよくある権威付けで、霊?的な力によって厄を払い、一条天皇の治世に光を招くポジションにおさまったおじいちゃん、というのが実際の姿ではなかろうか。


 そういえば晴明が官位を得たのはそれなりのおじいちゃんになってからなので、ビジュアル的には今とは大分イメージは違うはず。

 違うと言えば陰陽師の服装もだけれど、陰陽師の今のイメージは白の狩衣なので、鷹一郎さんも作中でもとりあえず狩衣を着せている。けれども陰陽寮は朝廷に存在した部署で、着ていたのは束帯のはずだ。束帯は普通の貴族の姿で、一条天皇時代は殿上人である五位以上は服の色は黒で統一されていたはずだから、晴明は黒の束帯姿が常だろう。服装のイメージは真逆で、おそらく蘆屋道満が着ている服のほうがイメージが近いかもしれない。おじいちゃんだし。


 それから晴明は芦屋道満とよく戦ってるけど、道満は実在した証拠がなく架空の人物というのが今の定説だと思う。道満の存在を一番有名にしたのは前述の信田妻、それを歌舞伎にした「葛の葉」で、これによって庶民に一躍名前が広がった。

 ところで芦屋道満あるいは道摩法師は簠簋内伝、それから1200年代前半に成立する古事談、宇治拾遺物語、十訓抄のあたりにも既に説話が出ている。つまり魔王を倒す的なテンプレなわけ。そういえば大鏡は時の天皇が隠し子だとか息子が母親が寝取ったとか、わかりやすいプロパガンダ的な話や下世話な話がいっぱいです。平安時代の文献は実はそんな感じで、今で言う世論操作というものだろうか。


5.一条戻橋の式神

 ところで晴明で有名なエピソードと言うとやっぱり式神です。

 晴明は十二神将とか十二天将という式神を使役していたということになっています。そして式神は姿を見ることが出来ないのに、物が勝手に動いたり建具を開閉するらしい。

 晴明の妻というのが式神の顔を怖がっていたから、普段は一条戻橋に隠していたという説話がある。これは基本的に晴明も妻思いだというほっこり説話の文脈で語られることが多い。なお、この出典は源平盛衰記げんぺいせいすいきで、伝聞の形で記載されている。


 式神の効能と姿を考えた時、単純に特殊技能者ではないかと思う。魔法とかじゃなくてさ。

 時代を超えると文化的概念が全く通じないことはよくある。

 例えば平安時代で仏教は最新技術だった。風水も日本風に改変はされながらも、それが迷信や宗教じゃなくて技術として江戸時代、もっと言えば現代の都市計画の根本にも生きている。

 つまり当時の陰陽師・陰陽道というのはあやしげなものではなく、技術だったわけです。陰陽道が何かは詳しくは別でそのうち書こうかなとは思うけど、中国の陰陽五行と民間道教と原始神道と仏教や呪禁道や宿曜道その他色々なものが混じり合って平安初期に成立したものだ。

 様々な理論をハイブリットした最先端科学技術のようなもの、だと思う。


 それで迷信が何かとか、祓うべき対象である怪異、妖怪が何かというのは恐らく今とは感覚がまるで異なる。もともと日本では飛鳥奈良時代くらいまでは【おに】というのは祖霊を指し、それが道教やら仏教の地獄の獄卒というおどろおどろしいものがごたまぜになっていわゆる【鬼】の概念が形成されたのだと思う。鬼もまた詳しくは別稿で。うちの鬼といえば怪談のグウェイ兄さんなんだけど。


 ところでまた話は飛ぶのですが、川というのは大体の場合、あらざるものとの境界を意味することが多い。それで鬼というのは末路わぬもの、理解できないものを指すという説は案外根深い。

 遠回りに書いているアレ。

 式神というのは普段は河に住んでいて、呼んだら来て働く存在です。

 ようするに川に住む存在を拾ってあるいは名伏された者を川に住まわせ特殊技能者に育て、式神と呼んだのだと思う。それらの式神は主観的には認識できても世間的には認識してはいけない扱いの人間だったように思うのだ。800年ほど前にも忍ぶ者が隠密していたりしたのと似ているかもしれない。なお、忍ぶ者は徳川政権が安定したら、その式目に服装規定も定められた、全然忍んでいない者になっています。


 閑話休題。

 そもそも平安より前から渡来人は相当数帰化していて、彼らは主に技術者として重宝されていた。815年に嵯峨さが天皇が創らせた氏族名鑑に新撰姓氏録しんせんしょうじろくというのがある。これは京と畿内の1182氏を分類したもので諸蕃という渡来人の氏族がそのうち326氏を占めている。

 大半は東アジアからの渡来人だが、必ずしもそれだけではない。続日本紀で736年に遣唐使がペルシャ人を連れ帰った記載があって、同時期にペルシャ人が大学寮の宿直で勤務していたという木簡が出土されている。

 ようするに、様々な特殊な技術を教え込み、特殊な場所に住まわせていたのではないかな。けれどもその者らが人であったのかは、その時の時代背景によって大きく異なる。

 例えば鬼の代表格というと酒天童子や茨木童子ですが、赤毛で赤ら顔で巨漢が相場だ。つまり、異なる者が同化するまでは、人ならざるものとして認識されることはよくあることだ。長屋鳴鬼はだいたいそういう話です(宣伝)。

 ええと、以上には自分の政治信条等はいかなる意味でも全く含まれていないことを明言します。


6.おわり

 あんまりまとまりませんが、このエッセイはいつもまとまりません。

 うちの話はそもそも明治時代なので大分違いはするのですが、次は黒船襲来がもたらした遊郭のパラダイムシフトな話でもしようか。現在の遊郭のイメージは外人が持ち込んだものなのだ。

 リクエストがあれば受け付けるかもしれません。

 ではまた。

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