#125 発売延期!? 大冒険が始まらない!

 僕は新作ゲームの発売日まで少しだけ配信活動を控えめにして体調管理に気をつけていた。

 健康的な生活とたっぷりの睡眠時間、そして来るべき日に備えるために宿題も終わらせておく日々である。


 だがまったく動かないのも健康に悪いので僕はマンションにあるトレーニング施設を利用していた。

 姉が買ったこの高級タワーマンションには住人が自由に使える筋トレ設備があったりする。

 他にもエステサロンなんかの店もあったりするしコンビニもある。


 まあそんなトレーニングルームに来ると留美さんとリネットが居た。


「あれ、留美さんとリネットも来てたの?」

「アリスケ君も?」

「こんにちはアリス」


 この2人はあんがい体育会系だからな。


「ちょっと体を動かしにね」


 実はこのマンションに来て以来ここで体を鍛えるのが好きな僕だった。

 とくに留美さんと同居が始まってからは体を鍛えないといけない気がしたので。

 留美さんはバスケのエリートアスリートで体力多いし、男なのに僕が負けるのはなんか恥ずかしいからこっそり鍛えておくつもりだったのだ。

 しかしついに見つかってしまったようだ⋯⋯。


「お~~⋯⋯。 あっ君も来たんだ⋯⋯」

「シオン、お前も居たのか」

「姫ちゃんに強引に連れてこられて⋯⋯死ぬ」


 シオンは激よわフィジカルだからな⋯⋯。


「シオンもたまには体を動かさないと健康に悪いぞ」

「このほうが体に悪いよ⋯⋯全身筋肉痛が⋯⋯」


 まったく筋肉痛の何が悪い? 筋トレで筋肉が喜んでいるだけじゃないか。


「私もずっと部屋に閉じこもっていると体がなまってね」

「私も毎日の習慣ですね」


 そう言いながら柔軟体操をする女の子たちを見るのはなんか恥ずかしいな。

 ⋯⋯てかリネットの体、柔らかい!?

 開脚屈伸でペタッと体が床にくっついている!


「リネットって体柔らかいのね」

「ええ、私は元体操選手だったのでこのくらい当然です」

「体操選手だったのリネットって?」

「まあ小学生まででしたけどね」


「なんで辞めたの?」

「ヒーロー活動のためです! もともとバク転と宙返りの習得だけが目的でしたので」

「バク転かー、僕は無理。 留美さんは出来る?」

「私もしたことないわね」


「ふふふ、お見せしましょうか!」


 なんか見せたくて仕方なさそうなリネットだった。


「⋯⋯うん、見せて」

「はい、了解です!」


 そして元気よくリネットは助走からのロンダート、バク転、そして──!?

 二回宙返り一回ひねりムーンサルトだと!


 そして華麗に着地を決めて笑顔でニッコリだった。


「すごいわリネット!」

「ほんとだ凄いよリネット!」

「えへへ、いっぱい練習しましたから!」


 なんか普段と違う子供っぽいリネットだった。


「殿下──!」


 大声が響き渡る。


「セバスチャン?」

「殿下! 危険ですので私の見ていないところでそんな大技しないでください!」


 そうか、セバスチャンも来ていたのか。


「ごめんなさいセバスチャン⋯⋯ついね」

「いいですか! 殿下はもう現役じゃないんですから失敗したらどうなるか!」


「そういやもう引退してるんだリネットは?」

「ええ! 引退しました、選手としては!」

「殿下まだお話が」

「それは後でねセバスチャン」


 リネットはセバスチャンの小言を打ち切りたくて仕方ないようだった。


「それでは後でたっぷりとお説教です」

「⋯⋯ぐう」


 リネットはセバスチャンを部下として使うが、こういう時は頭が上がらないようだった。


「なんかごめんねリネット」

「いえ、いいのです。 私がアリスたちに見せびらかしたかっただけなので」

「でもそれだけ出来て引退はもったいないわね、リネットの体操⋯⋯」


 そう言う留美さんだって、あれだけ今でも3Pポイントシュートバシバシ入れるのにあっさりバスケを引退しているじゃないか。


「体操競技ってどんどん難度主義になるんですよね。 私はこのムーンサルトで大満足だったのですがもっと点を取るには伸身宙返りを取り入れろとトレーナーに言われまして⋯⋯」


「それが嫌だったと?」

「伸身でのんびり宙返りするヒーローって居ますか?」

「うーん、見ないな⋯⋯」


 もしかしたら居るかもだけど、確かにヒーロの宙返りって抱え込みが多い気がする。


「まあそんな指導への反発もありましたが元々は私のヒーロー活動の為の体力作りが目的の体操だったので」


 この辺の価値観はリネットは留美さんに似ているかもだな。

 目標の為にスパっと辞めるところが。


「でもなんか想像できないな、リネットがヒーロー活動しているなんて」

「ふふふ、でも私って意外とお転婆ですから」


「お転婆なんて範疇では無いぞ、殿下は⋯⋯」


 セバスチャンの言葉には長年の苦労がにじみ出ていた。


「でもお姫様のヒーロー活動なんて何してるの?」

「実は私の島ではあんがい治安が悪くて事件が絶えないんです」

「そうなのか⋯⋯」


 なんか物騒な島のようだった、リネットの故郷は。


「そのうえ私には宿敵も居て──」


 その時だった。

 僕と留美さんのスマホに着信があった。


「ちょっとごめんね。 業務連絡かな?」


 僕と留美さんは同時に自分のスマホを確認する。

 するとやはり木下さんからの連絡事項だった。


「えっと何々⋯⋯[木下マネージャー:ロールプレイング・アドベンチャーワールドの発売が延期になりました。 今後のスケジュールの調整をしますので各自待機で]⋯⋯だって!?」


「ほわっ!? 発売延期!」


 シオンが復活した!


「どういう事ですかアリス!」

「そうだよ、あっ君!」


「ちょっと、そう言われても僕にも何が何だか⋯⋯」


 発売延期!? あの神ゲーが!

 発売日まであとたった3日だったのに。

 干田さんたちの様子からバグなんかも無い完璧な発売が期待できていたのに、何で!


「とにかく戻りましょうアリスケ君!」

「うん、留美さん!」


 こうして僕たちは自分たちの部屋に戻ることにした。

 でもシオンやリネットもついて来ていた、この2人も他人事じゃないし⋯⋯。


「姉さん! 木下さんからの連絡見た?」

「見た。 どゆこと?」


 とりあえず僕はスマホで情報を検索してみた。

 こんな大事件、絶対もうネットニュースになってるはずだ!


「あった! ⋯⋯ってこれ、みどりさんのチャンネルだ」


 僕はリビングのモニターにみどりさんのニコチューブチャンネルを映してみんなで見ることにしたのだ。




『今日のマキマキ速報は緊急発表です!

 なんと8月1日に発売予定だった新作ゲームの『ロールプレイング・アドベンチャーワールド』の発売が延期となりました!』


 コメント欄のメッセージは阿鼻叫喚一色である。


『このことはエミックス・スフィエア両社より次のように発表がありましたので、そのまま読み上げますね』


 そしてモニターにそのエミックス・スフィエアからの通達が映し出されて、それを読み上げるみどりさん⋯⋯。


『お客様ならびに関係者各位にお知らせします。

 8月1日発売予定だった『ロールプレイング・アドベンチャーワールド』の販売・配信を、一時保留とさせていただきます。

 この件は昨夜発生した『日天堂ゲームサーバーハッキング事件』と関わりがあります。

 私どもの『ロールプレイング・アドベンチャーワールド』は日天堂のゲームサーバーへの接続が必須であり、現状のハッキング事件の全容を解明するまではお客様に安心してプレイしていただけないという決断でございます。

 この度は誠にご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。

 一日でも早く完全な形でのゲームをお届けしたいと思っています。

 本当に申し訳ありませんでした』


 最後の方はみどりさんも声が少し怒りで声が震えていた。

 みどりさんもゲームを愛する人だから僕も気持ちはよくわかる。

 てか何! ハッキング事件って!


『これが原因のようです。

 私の調べたところ昨夜発生した『日天堂ゲームサーバーハッキング事件』は、どうやらユーザー情報の流出を狙ったものだという事らしいです』


 顧客情報を?


『しかし日天堂は今回のユーザー情報の流出は無かったと発表していますが、セキュリティの見直しの為にいったんサーバーを閉鎖せざるを得ないという判断のようです』


 どうやら情報流出は無かったらしい。

 しかしあの日天堂にハッキングするなんて何考えてるんだよ犯人は!


『なお⋯⋯犯行グループの声明があったとも情報があり、今回のハッキング犯は『翡翠党』と名乗る愉快犯の可能性が出てきました』


「『翡翠党』ですって!」


 叫んだのはリネットだった。


「聞きましたかセバスチャン!」

「はい殿下、しかと」


 何か怒ってる感じのリネットだった。


「リネット知ってるの? この『翡翠党』って何?」

「⋯⋯『翡翠党』は私の国の犯罪結社です。 私の長年の宿敵の⋯⋯でも、おかしいです!」


「なにがおかしいの?」

「『翡翠党』は子供に愛される犯罪組織を自称する愉快犯で⋯⋯本当に私の国では困ったことに子供に人気のある犯罪者なんです。 それが子供向けのゲーム会社を狙うなんて、おかしい⋯⋯」


「そうですね殿下。 『翡翠党』は良くも悪くも愉快犯です、こういった直接的な事件を起こすのはなにか違和感を感じます」


 そのリネットとセバスチャンには、なにか裏切られたというような感情がにじみ出ていた。


「リネットはその『翡翠党』を信用してたんだね」

「信用⋯⋯そうかもしれませんね。 たとえ犯罪者といえど彼らには彼らなりの矜持を感じましたから」


「じゃあもしかしてこの事件の真犯人がその『翡翠党』に罪をなすりつけるためにやったとしたら?」

「だとしたら許せません! ⋯⋯いえ、『翡翠党』をかばうつもりはありませんが」


 なんかツンデレっぽいリネットだった。

 まあそれだけその『翡翠党』と戦い続けてきたのだろう。

 宿敵って言ってたしな。


 そしてリネットが動き出す!


「セバスチャン! ただちに本国に連絡を! この事件に『翡翠党』が本当に関与しているなら事件解決に我がブルースフィアは全面協力します!」


「御意!」


 そしてセバスチャンも命令を受けて走り出した。


「とはいえ私が直接できることはセバスチャン達に命令する事だけ⋯⋯そうだわ!」


 そしてリネットは電話する。


「もしもしミスター坂上! 今すぐに私とみどりさんのコラボをセッティングしてください!」


 リネットが何をしようというのか?

 そしてこの事件がどうなるのか?

 ゲームは無事に発売されるのか?

 ただの一般人である僕にはどうする事も出来ない出来事だった。


 ただ事の顛末を見るしかできない、もどかしさを感じる僕だった。

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