#124 大宴会
「えー、それでは皆様! 『ロールプレイング・アドベンチャーワールド』の成功を願って、乾杯!」
全員で揃って「乾杯!」という僕らだった。
大人たちはお酒を、僕たち未成年はジュースでの乾杯だった。
先ほどまでは厳かな自己紹介だったはずなのに、それが終わったとたんこのメンバーでの顔合わせの宴会をすることになったのだ。
場所をここ寿司屋のお座敷に移して⋯⋯。
「ささ! プロデューサーさんたち、飲んで飲んで!」
そう干田・坂田、両プロデューサーにお酌をしているのは姉だった。
うーん、まるでキャバ嬢のようである。
まあ行った事ないので想像だけど。
この宴席での上座の方は大人たちのお酒の席になっている。
僕たち未成年組は下座の方で和気あいあいだった。
まあすでに顔見知りの知り合いばっかりだったしね。
しかし初顔合わせの人達も居た、リネットとみどりさんだ。
「貴方が風巻様ですか?」
「そうよ、そういうあなたが『ブルーベル』なのね」
どちらかというとリネットの方からみどりさんに話しかけていた。
たぶんこれまで同じポラリスのVチューバーなのに会う機会が無かったからだろう。
「えっとリネットちゃんだっけ? 若い子だとは思ってたけどホント若いわね! おまけにこんな綺麗な銀髪美少女で!」
「この夏から私、日本に留学することにしたんです。 これまでは海外で一度も会えませんでしたから、これからよろしくみどり様」
「きゃーカワイイ! リネットちゃんカワイイわ!」
うーんみどりさん、すでに酒がかなり入っているようだ。
一方姉の方は酒を飲むというよりは男の人達に飲ませるような立ち位置だった。
「ささ! グイっとグイっと! 今日は無礼講なんだからさ!」
⋯⋯それは上の人が言うセリフじゃないかな、姉よ?
そしてリネットはみどりさんとの話をそこそこにお寿司に興味深々だった。
「これが日本のお寿司⋯⋯食べてみたかったです!」
「リネットの国にはお寿司屋さんって無いの?」
「ありませんね。 ⋯⋯いえもしかしたら裏通りなんかにひっそりと営業している店があるかもしれませんが、ブルースフィア島では景観を損なう店は営業できないのです。 中世風の街並みにこの店のような江戸前寿司の看板があったら違和感ですので」
なるほどなあ。
そしてリネットは大喜びでその特上寿司に舌鼓を⋯⋯。
「うぐぅ!!?」
「リネット大丈夫!?」
留美さんが慌ててリネットに水を飲ませていた。
⋯⋯ワサビ入りだったのか。
「リネット、こっちの方はワサビ抜きだよ」
「⋯⋯いえ知ってましたけど、こうして本場のお寿司を食べるのですからワサビ入りをぜひ食べたかったのです」
まあ気持ちはわからんでもないが。
「⋯⋯これが日本のワビサビですか。 堪能しましたがもういいです、ワサビ抜きを下さい」
「ワビサビとワサビは関係ないけどね⋯⋯」
どうやらリネットにはワサビのツーンというのが口に合わなかったらしい。
僕はリネットの残したサビ入りのお寿司を食べることにした。
「そうそう、若者にワサビは似合わないよ!」
そうシオンは力説しながらサビ抜きのお寿司を頬張るのだった。
「よく食うなシオン⋯⋯」
「だってお寿司だよ! しかも板に乗ってるやつ!」
「板は関係ないと思うが⋯⋯」
「関係あるよ! この下駄みたいな板の上の寿司ってそれだけでゴージャスじゃんか!」
たぶんシオンには特上も並も味の違いはわからなそうだった。
シオンは雰囲気だけで喜ぶタイプのようだし。
まあ普段のシオンの食生活からしたらこんなお店のお寿司など食べる機会は皆無だろう。
いっぱい稼いでいるくせにシオンのやつはいつも冷凍ピザと牛乳の食生活だったからな、最近は僕が差し入れに行くことが増えて改善されてきたが。
そんなシオンがマグロのトロを食べて感動したと思ったらやけにしんみりしていた。
「どしたのシオン?」
「ん⋯⋯ちょっと叔父さんの事思い出してね」
「シオンの叔父さんっていうと、あの全財産持ち逃げしたあの?」
「うんまあそうなんだけど。 その叔父さん、今はどこかのマグロ漁船に乗ってるらしくてさ」
「じゃあこのマグロ取ったのがその叔父さんの可能性も?」
「あるかなあーとか、ちょっと思っちゃった」
シオンの叔父さんか⋯⋯。
このシオンは天涯孤独だ、その叔父さん以外は。
「まあそんな事はいいや! 寿司美味いし!」
そしてすぐにいつものシオンに戻るのだった。
「留美さん食べてる?」
「ええ。 とっても美味しいわ、ここのお寿司」
「だよねー。 僕も作ってみたいけどお寿司は無理かな?」
「そう?」
「素材が手に入らないよ」
「そっか、高そうだもんね」
僕らは基本倹約質素だからなあ。
だからこそこういったたまの贅沢がたまらない!
「でもいいのかしら? こんな高級寿司を頂いても⋯⋯」
「自分たちで払うとなったら目玉が飛び出るほどの金額だからな、この店」
正直オゴリだという事で遠慮もせず食べまくる飲みまくる人達が羨ましい僕と留美さんだった。
⋯⋯かっぱ巻きだって美味しいじゃないか、このお店は。
そういやいつの間にかリネットと話していたみどりさんは姉さんたちと酒盛りしていた。
てか映子さんもめっちゃ飲んでるな。
意外だが映子さんはかなりの酒豪である。
「真樹奈⋯⋯私すこし酔っちゃったみたい♡」
「あんた飲みすぎでしょ?」
姉もけっこう飲んでるはずなのに顔には出ないようだ。
一方映子さんはかなり顔が赤かった。
⋯⋯でも意識はしっかりしているなアレ。
映子さんの姉さんを狙う野生の獣のような眼光を僕は見逃さなかった。
まあどうでもいいや。
しかしこの宴会でひとりだけ場違いな雰囲気の人がいた。
藍野さんである。
同僚である坂上さんは付き合い程度に飲んでいるが藍野さんは最初の一杯にすら口をつけていなかった。
もしかして飲めない人なのだろうか?
だとするとあまり楽しめなくて申し訳ないな。
「あれ~、全然飲んでないね」
「⋯⋯えっとはい。 栗林さんでしたっけ?」
「真樹奈でいいわよ、
そう話しかける姉だった。
水理って名前なのか藍野さんは?
「⋯⋯ところで真樹奈さんの弟さんがアリス⋯⋯なんですよね?」
「そうよ? 驚いたでしょー!」
姉さん顔はシラフだけど実は酔ってる説があるな、やけにテンション高いし⋯⋯。
「本当に男だったとは思わなくて⋯⋯」
「あれ? 水理ちゃん、もしかしてアリスが男だって気づいてたの?」
これは聞き捨てならなかった。
「そうなんですか藍野さん?」
今のところ僕がVチューバー・アリスをやってて男だと疑うリスナーは皆無である。
悔しいが⋯⋯。
「その、アイがですね⋯⋯『アリスが男である確率は83%だ』と、以前言っていたので⋯⋯」
83%! アイが僕の事をそう思っていたのだと!?
あの小学生のようなロリっ子のアバターのアイを思い出しながら僕は驚く!
「アイさんがそう言ってたんですか!」
「ええまあ⋯⋯私は全然信じてませんでしたが」
なにやら複雑そうな藍野さんだった。
「すごいなアイって。 でもどこでそう思ったんだろう?」
「さあね? 私にはアイの事が全然理解できないわ」
藍野さんはアイの専属マネージャーらしいが何か含みのある関係性のようだった。
「ところでそのアイちゃん、なんで今日来なかったの?」
グイグイ踏み込むなあ姉さん。
「その、アイはまだ人目に出す段階ではなくて⋯⋯いえ、企業秘密ですので!」
なんか誤魔化すように藍野さんは思わずそこにあったお酒を飲んでしまった。
「おおっ! いい飲みっぷり! ほらほらもう一杯!」
さらに姉さんの誘導で藍野さんの酒のペースも上がっていく⋯⋯。
「ふう⋯⋯。 こんなふうに人前でお酒飲むなんて初めて」
だんだんと口数が増えてきた藍野さんだった。
なんかいろいろ溜め込んでるタイプのような気がした。
「これまで研究一筋だったのに急にVチューバーのマネージャーとか訳わかんなくてさー!」
なんか愚痴りだしたな藍野さん⋯⋯。
「藍野、お前の事情はよくわからんが困ったときは俺に聞け、出来る事なら助けてやるから」
「坂上しゃん! ありがとー!」
⋯⋯ん?
僕はその酔いの回った藍野さんの普段と違う子供っぽい声に既視感を覚えた?
「あらあらモテモテね、坂上君」
「こ⋯⋯これは違うんです、木下さん!」
もう完全に酔っぱらっている藍野さんが坂上さんに抱きついていた!
酔うの早いなあ藍野さん、どうもお酒に弱い人らしい。
そして同席していた木下さんもここぞとばかりに経費で高い酒を飲んでいた。
さっき「どうせ今日も会社に泊まりだから車に乗らないし」とか言ってたしなあ。
まあそんな感じで大人たちは酒盛りで楽しみ、僕たち若者はお寿司を食べて喜んでいた。
そしてプロデューサーの干田さんと坂田さんはサシで飲んでいた。
「しかし、Vチューバーにゲームの宣伝を頼む時代になるとはなあ、干田さん」
「そうですね。 一昔前は「営業妨害だからネットでの実況プレイは撲滅だ!」とか言ってましたのにね」
そんな時代もあったんだな。
その時代の中から美異夢さんのようなRTAコメディアンが誕生し実況プレイのスタイルが確立されて、今僕たちのようなVチューバーが居るのだ。
「ゲームを作り始めて30年を越えたが、どんどん世界が変わっていくなあ」
「そうですね。 ドット絵から始まって3Dポリゴン、AI、CD-ROM、VR、そしてネット配信まで。 そのうちフルダイブ環境なんかも実現するかもしれませんね」
「こんなにも世界が変わるとは思わなかったな、干田さん」
「⋯⋯でも、変わらないものもあると思いますよ坂田さん」
「何がだい?」
「遊んでくれるユーザーですよ。 結局のところゲームってのは『楽しさの共有』だと思うんです、そのスタイルが時代と共に変化や進歩しただけで、人間は本質的には変わってないと私は思いますよ」
「だよなあ、インターネットの発達で直接人が会う機会が減ったけど人の繋がりが減るどころかむしろ増えているよな」
そうだな、僕たちVチューバーのお仕事もそんな人達との楽しさを共有する事なんだろうな、きっと。
「お互い歳を取りましたからね。 年寄りにはそろそろきついですが」
「だな。 こうやって干田さんと一緒に仕事するのはこれが最後かもしれんしな」
「ですね。 だからこそ後悔の無いように、精一杯がんばっていいゲームを作りましょう」
そう熱く語り合うプロデューサーたちだった。
あの人たちが頑張って作ったゲームの宣伝を僕たちがする。
その決意を胸に秘めて引き締める僕だった。
でもどこか楽観視もしていたんだ。
これだけの神ゲーと頼りになるVチューバーの仲間たちが集まったんだ、どうやってもこの『レジェンド・プロジェクト』は成功以外ないって思っていた。
この『ロールプレイング・アドベンチャーワールド』が発売される直前に、まさかあんな大事件が起こるなんて、この時誰も予想していなかった。
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