#121 新時代への挑戦者
ポラリスのマネージャー坂上の今日の仕事は、紫音の引っ越しの手伝いだった。
しかしそれも午前中にはあらかた終わり──。
「坂上さーん、お仕事頑張ってね!」
「後のことは僕とシオンでやっとくんで」
「ああ、後は任せる。 何かあったら連絡してくれ」
俺は紫音の引っ越しを手伝い、後のことは有介君にまかせて仕事に戻った。
これからポラリス本社で会議があるからだ。
「それにしても紫音と有介君は仲がいいよな」
あの2人が幼馴染だというのを知ったのは驚いたが、再会した今でもその頃のままの距離感というのが信じがたい。
「紫音があんなに美人なのにまったく気にしないとはな。 これもルーミアに一途だからだろうか?」
俺から見れば有介君が留美さんに気があるのは明白なんだが⋯⋯。
でも俺は余計なことは言わん、下手に突いて大炎上にでもなったら目も当てられないからな。
まあ問題を先延ばしにしているだけかもしれんが。
だがいつか紫音も誰かを好きになるのだろうか?
その相手が有介君以外というのは俺には想像もできん⋯⋯。
そんな彼らが同じタワマンで生活とか⋯⋯失敗だったかもしれん。
「まあ手を出してもほっといても、駄目なときは駄目だからな⋯⋯」
若い者の情熱は下手に止めるとかえって厄介になりやすいからな。
このまま静観するしかないか⋯⋯。
そんな事を考えながら俺はポラリス本社に戻り、会議の支度をするのだった。
そしてポラリス本社に今回の会議のメンバーが集まった。
ライバル会社ヴィアラッテアのマネージャー、木下さん。
そして今回のコラボ相手の代表であるエミックスからは干田プロデューサー。
スフィエアからは坂田プロデューサーだ。
そしてもう1人⋯⋯俺のアシスタントマネージャーである藍野水理さんにも参加してもらった。
今回の会議の目的は来週発売されるゲーム『ロールプレイング・アドベンチャーワールド』の公式配信Vチューバーの選出である。
まあもっともほとんど事前に決まっているので、それを報告する会議と言ってもよい。
「それではゲーム宣伝Vチューバーの選出を始めます」
会議は基本俺が仕切る事になる。
「体験版の時のメンバーはそのままでいいんじゃないか?」
「そうだね、評判はいいみたいだし」
干田、坂田、両プロデューサーからもネーベル、みどり、アリス、ルーミアの評価は高いようだ。
「そうですね、この4名はそのまま継続という事でよろしいですか?」
俺はヴィアラッテアのマネージャーの木下さんにお伺いを立てる。
「ええかまいません、ウチの2名は今後も継続意志が在りますので」
まあ予定通りだ、冒険も必要だが既に実績のある安定も大事だしな。
しかし今回の製品版からは体験版の時の4名ではなくて、両社から4名ずつの計8名を最大として計画している。
というのもこのゲームのパーティーが最大4名だからだ。
なので4名のままだと同じ一緒の冒険になってしまう。
そこで2パーティー計8名に増員することになったのだ。
「ゲームが上手い子もいいんだけど、もっと初心者目線も欲しいんだよね」
「そうだな」
ゲーム開発した両社のプロデューサーの希望はそんなところだった。
アリスやネーベルのようなゲームの上手い子ばっかりよりは、下手で失敗するVチューバーの方が宣伝に良いという判断らしい。
「ではポラリス・ヴィアラッテアから4名ずつという事でいいですか、木下マネージャー?」
「ええ構いません」
こうしてメンバー選出が始まった。
と言ってもほぼ出来レースのようなもんだ。
とくにヴィアラッテア側は⋯⋯。
「当社からはアリス、ルーミアに加えてマロン、エイミィを予定しています」
まあ予想通りだ。
アリス達の4人は同じ木下班だからやりやすいのだろう、そう俺の予想通りのメンバーだった。
そもそもヴィアラッテアのVチューバーにゲーム向きな人材が他に居ないのだ。
いや1人とんでもないのが居るがアレは⋯⋯別次元の人材すぎる。
俺がふと思い出したのはヴィアラッテア所属Vチューバーの1人『ナージャ』である。
一言で言うとこのVチューバーは天才プログラマーだ。
ゲームは自分で自作して、それを自分の配信でプレイして宣伝するという活動を行っている。
なので市販のゲームはほとんどしないのだ。
最近では、スライムを落として友食いさせて育てて最終的に大きく育ったスライム同士を対消滅させるという⋯⋯見た目は可愛いのに世界観がなかなかエグいゲームを作っていた。
そのゲームは同じヴィアラッテアのVチューバーも配信プレイした結果⋯⋯とんでもない大ブレイクした。
現在インディーズのダウンロード販売で500円という低価格なのもあって100万ダウンロードを超える記録を叩き出している⋯⋯。
なんであんな天才がVチューバーなんかやってんだろう?
「ルーミアの初心者っぽさがよかったけどそろそろ慣れてくる頃だし、マロンとエイミィという初心者が追加するならちょうどいいかな?」
そう干田プロデューサーも了承する。
さて今度はこっちか⋯⋯。
「ネーベル、みどりはこのままで。 追加の2名ですが──」
3人目は完全に決まっている『ブルーベル』である。
本人の強い希望と⋯⋯政治的圧力である、『妹をよろしく頼む』とポラリス本社に大量のワインや蟹が届いたのは賄賂なのだろうか?
しかし4人目が難しかった。
候補となるウチの残りのメンバーは、
神崎アカメ、オレンジ・ママレード、る~とイエ郎、アイ・ラプラスの4名である。
しかし⋯⋯。
神崎アカメは来月のイベントの為の特訓で忙しく今回は辞退した。
オレンジ・ママレードは年配の方の為ゲームは苦手だと。
る~とイエ郎は表名義で出している小説の映画化が決まりそれにかかりきりとの事だった。
⋯⋯となると消去法で残ったのは。
「──ブルーベルとアイ・ラプラスを予定しています」
そう、だからこの会議に藍野マネージャーも居るのだ。
アイ・ラプラス専属マネージャーである彼女が。
「その2名は聞いた事がないな」
「どういうVチューバーなんだい?」
「ブルーベルはアリスの姉妹Vチューバーとして今話題になっているので宣伝向きかと」
「ほう、いいじゃないか」
「それでアイとは?」
ここから説明するのは俺ではなく藍野マネージャーの仕事だった。
「私がマネージメントをしているアイの説明をさせていただきます。 彼女はマルチタレントを目標にするVチューバーでして──」
アイ・ラプラス、我がポラリス本社の間でも謎の多いVチューバーである。
なにせ俺自身すらその生身に会ったことが無いのだ。
アイとの直接交渉はこの藍野マネージャーが全て行う。
そしてこの藍野マネージャーもまた去年までは外部の人間だった。
なにかの研究機関から来たらしいとしかわからないが、少なくともタレント業とは無縁そうなところからやって来たスタッフだった。
「──アイでしたら長時間の耐久配信の実績もありますので、このゲームに向いているかと」
そう藍野マネージャーのプレゼンが行われていた。
干田、坂田、両プロデューサーは手元のアイの資料を見ている。
まるで小学生のような低身長ロリっ子の眼鏡キャラで白衣を着たVチューバーアバターを⋯⋯。
「いいかもしれん。 このVチューバーなら低年齢層にもアピールできそうだな」
「それにこの子は海外のチャンネル登録者数が極端に多い、これは他のVチューバーには無い利点だな」
このゲームは日本が先行販売ではあるが海外でも販売される。
アイのチャンネル登録者数は日本よりも海外が多いのだ、そこを評価するとは思っていた。
こうしてその後こまかい調整の話は問題なく終わり、このVチューバーの選出会議は終わったのだった。
ヴィアラッテアからはアリス、ルーミア、マロン、エイミィ。
我がポラリスからはネーベル、みどり、ブルーベル、そしてアイ。
この8名が今後のプロジェクトの中心になるのだ。
俺は会議のメンバーを見送った後、藍野マネージャーに話しかける。
「こうやって同じ企画に参加するのは初めてだが、協力してやっていこう」
「⋯⋯そうですね。 よろしくお願いいたします、坂上マネージャー」
そう握手する藍野マネージャーからは⋯⋯うまくその感情が読み取れなかった。
── ※ ── ※ ──
私は坂上マネージャーと別れてからポラリス本社の中にある私の仕事部屋に戻った。
そしてすぐに電話する。
「──もしもし藍野です。 ⋯⋯⋯⋯はい、例のプロジェクトに『アイ』をねじ込めました。⋯⋯⋯⋯⋯⋯はい、上手くやって見せます。 では」
私は電話を切り、部屋の片隅に置いてあるパソコンを見つめる⋯⋯。
「さあ始めましょうアイ。 ここから世界を変えていくのよ」
私の目の前のパソコンのモニターには『Vチューバー・アイ』姿が映し出されていた。
◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆
はい、私! リネット・ブルースフィアが大活躍だったこの第5章は今回で終了になります!
そして次回からは!
私⋯⋯アイが登場する第6章になります。
みなさんこれからも読んでくれると嬉しいです。
それでは皆様、高評価やチャンネルのフォローをよろしくお願いします。
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