#102 とある絵師たちのママ友会議
私の名前は
そんな私が今やっているのは『私の娘アリス』の水着のデザインを考えることだった。
「潜水服かー、だよねー」
元々アリスの今年の水着の発注はヴィアラッテアから依頼されていた。
しかしそのデザイン案は煮詰まっていたのである。
アリスってどんな水着が似合うの?
アリスのキャラデザの大きな特徴に絶壁ともいえる貧乳がある。
これが水着のデザイン案を狭めるのだった。
素直にスクール水着くらいしか思いつかなかったので直接アリスに聞いてみたら⋯⋯。
『うーん? そうですねボクは水着というよりは水中用装備みたいな感じの潜水服みたいなのがいいかな?』
とのことだった。
これだ──!
私はすぐにピンときた!
そうなのだ、アリスって少女というより男の子っぽい価値観なのだ。
スッキリしたデザインよりも、こういうごちゃごちゃしたギミックが大好きなタイプなのだ。
そんなアリスのリクエストである潜水服は、私が思い描くアリス像そのままだった。
「アリスはほんと、わかりやすくていいよ」
本当にやりやすいのだ。
配信で聞く声のイメージそのままだから。
裏表が無いというか? 変に飾らない
⋯⋯まあ実際はそう演じているオバサンかもしれないのだが。
いやいやそんなことは無い! アリスは少女なのだ、そうなのだ!
ババアは姉のマロンだけで十分だ!
そう考えながら私は潜水服のデザインを考える。
「アリスの好きそうなのっていうとゲーム関係だから⋯⋯」
なんかファミステのゲームに潜水服出てこないかな? と調べると『グーミーズ2』というゲームが見つかった。
たぶんアリスならこのゲームも知っているだろうから、これをデザインに取り入れるか⋯⋯。
そんな事を考えながらデザインを進めていたらスマホが鳴った。
「電話? 誰かな」
その相手は私の学生時代からの親友だった。
今では同じ絵の世界の同業者でもある。
「はいはい、もしもし~。 琥珀ひさしぶり~」
『龍華こそおひさー。 ⋯⋯って、少しはそっちからも電話しろ!』
「うー、最近忙しくて~」
本当に最近忙しい。
本業だったイラストレーターは娘のアリスが大人気で、それ関連の依頼が来るし。
それに念願だったコミックの連載も最近決まったばかりだった。
『それより龍華! 見た? 昨日のマロンの配信!』
「マロンの? 見てないよ~」
『あんたもママなら見なさいよね、娘の配信くらい』
「マロンのママはアンタでしょ? 私じゃないし」
この電話相手の
そして後に私が、そのマロンの妹のアリスのキャラデザをすることになり不思議な縁だと感じた。
『マロンの配信の昨日のゲストがブルーベルだったのよ!』
「⋯⋯ブルーベルが?」
私は嫌な事を思い出した⋯⋯。
一生懸命に考えたキャラデザを最終的にクライアントに汚された苦い思い出だった。
あの頃は私も未熟だったし、相手側の対応もクソだったので現在絶縁状態になっている。
その為、娘のブルーベルなのに私はデビュー以来その配信を一切見ていなかった。
『私のマロンとあんたのブルーベルが
「⋯⋯はい?」
私は話に付いていけない。
一体何があったというのだろうか?
『それでさ龍華! 今年はまだ余裕あるじゃん! 一緒に合同誌出さない?』
「それってコミケの?」
『そう! マロンとブルーベルのカップリング本よ! あっ、こっち主導でもう進めているから龍華はなんかイラスト書いてくれるだけでもいいから』
「えっと⋯⋯つまり琥珀はマロ×ベル本を出すという事?」
『そうそう』
⋯⋯どうしよう。
「あのさ、私さ。 ⋯⋯まだポラリスと仲直りしてないんだよね。 だからいくら同人誌とはいえブルーベルを描くのはちょっと⋯⋯」
『まだ喧嘩してたの?』
「うん⋯⋯」
喧嘩というか契約終了なだけである。
『それでブルーベルの衣装って更新されないんだ』
「服の発注くらい別業者に委託すればいいのにね」
『それだけ龍華に描いてほしいってことじゃないの?』
「⋯⋯どうだか」
そんな義理堅い企業かなポラリスは?
あのトラブルの時に対応した名前も忘れた偉そうな部長の態度だけよく覚えているが。
⋯⋯まあその下っ端の眼鏡君は真面目そうに平謝りだったけどな⋯⋯。
結局私はその横暴なクソ部長の態度でキレて、その場で契約解除のサインをして別れたままだった。
『まあ龍華もプロとしてやっていくなら感情を分けて仕事しないとね』
「⋯⋯そうだね」
まあ、あんなことがあった今ならそれも出来るが、あの時は無理だったのだ。
『じゃあ龍華、私は今からネーム描くので! あんたもたまには電話しなさいよね』
「うん。 じゃあ頑張ってね」
こうして電話は切れた。
「昨日の配信か⋯⋯」
私はパソコンをニコチューブに繋いでマロンのアーカイブを探す。
「お、昨日の分の切り抜きあった。 ゆーみんは相変わらず仕事が早いね~」
そして私はその問題のシーンを見物する。
『ブルーベル、タイが曲がっていてよ』
『はい、マロンお姉さま』
⋯⋯ブレないなー、マロンの手の早さは。
親友のキャラだから初期の頃のマロンは何度も見て覚えているが⋯⋯こんなに変わらないVチューバーも珍しい。
たいていのVチューバーは1年もするとキャラが崩壊してて、デビュー時の事は黒歴史扱いになってるもんなんだが。
私のアリスはまだデビューから3か月くらいだけど、それでも変わってきている。
最初の方は深層のお嬢様という儚い感じがあったが、今では男の子っぽくなった。
でもそれがちっとも不自然でなく、元々のアリスの地なんだと思う。
まあ女の子であんなにレトロゲームやり込んでるくらいだし、思考回路が男の子っぽいのも理解可能の範囲内だった。
そんな事を考えながらブルーベルを見る。
その声を聞く。
「この子もデビュー前とは変わったな⋯⋯」
デビュー前のブルーベルのサンプルボイスは何度も聞いた。
そしてイメージを固めたのが『少年っぽさを残したヒーローの少女』だったのだ。
だからあまり性的なアピールはしたくなく、胸のサイズを小さめに提案したのだった。
それが相手には不服だったみたいで⋯⋯。
言ってくれれば修正したのに。
黙って増量するとかマジムカついた!
あ⋯⋯だんだんあの時の怒りが⋯⋯。
おっと危ない危ない、もう忘れよう。
そして改めて『今の』ブルーベルの声を聞いた。
「⋯⋯女の子になってる」
かつての少年のような雰囲気はもう消えていた。
蕾が開き、咲きほこる一輪の花のようだった。
「たしかに今なら、このくらい胸が無いとかわいそうだよね⋯⋯」
そこは認めざるを得ない。
あの頃の私はそんなブルーベルの将来性などまったく考えていなかったのだ。
「今のブルーベルに似合う水着だったら⋯⋯」
いつの間にか私はアリスの為に用意したが、絶壁なため似合わずボツにしたデザインをブルーベルに置き換えていろいろ試し始めていた。
そしてふと我に返る。
「何やってんだろ⋯⋯私」
もう全てが遅い。
最後にポラリスからの連絡があったのはもう半年も前の事だ。
もう二度と関わることは無いだろう。
「でも、もしも⋯⋯あと1回チャンスがあったら⋯⋯私は」
もう一度私はブルーベルと向き合いたい『
そんな妄想を振り払い私は、アリスの潜水服のデザインに戻るのだった。
「⋯⋯うーん? この銛を出す水中銃かわいくない、水鉄砲に変えようかな?」
作業に没頭しすぎて気づいた時にはもう朝になっている⋯⋯。
その時、私のスマホに着信があった。
「⋯⋯メール? 誰から?」
[坂上衛助〈ポラリスVチューバー事業部マネージャー〉:ブルーベルの事でお願いしたいことがあります。 もう一度だけお時間を作って頂けないでしょうか? お願いします。]
それが私の今後の運命を大きく変える転機だった。
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