#103 オシロン先生の、お・し・お・き♡

『──そうだわ! 私とアリスの、お揃いの服を発注しましょう!』


 それは素晴らしい考えだとセバスチャンは思った。

 そんなリネットの望みを叶えるべく、セバスチャンは行動を開始したのだった。


 ── ※ ── ※ ──


『──そういう訳で、ブルーベル様とアリスの新衣装の発注をしたい、頼む』


「アンタよくそんな事が言えるな!」


 朝一番にかかって来た電話で、いきなりこんな厚顔無恥なことを言われるとは思わなかった。


『どういう事だ、ミスター坂上?』

「⋯⋯あんたがブルーベルの絵を弄ったせいで、こっちは絵師の人とは絶縁状態なんだよ!」


 俺はこみ上げる怒りを抑えきれずに、今までの経緯をセバスチャンに伝えた。


「──そういう訳で今はもう、オシロン先生に新衣装の発注ができなくなってんだよ!」

『⋯⋯そうか』


「アンタ悪いと思ってないだろ!?」

『こちらはブルーベル様の為にベストを尽くしただけだ。 そっちの事は知らん』


「ああ、そうかい!」


 なんて腹の立つ奴なんだコイツは!


 しかしいい機会でもある。

 これまでこのブルーベルの代理人セバスチャンは遠くの国に居てロクに話せもしなかったのだ。

 だが今は日本に居る!


「そうか、ならベストを尽くさせてやる! お前も来い! 一緒に謝りに行くぞ、オシロン先生の所にな!」


『⋯⋯それがブルーベル様の為なら、そうしよう』


「ああ頼む! くわしい日時は追って知らせるから必ず来いよな!」


 こうして俺は電話を切った。


「⋯⋯ああ、こんな怒鳴ったの久しぶりだな」


 あの野郎の傲慢な態度にはイラつかされる。

 しかし社会人としてあるまじき対応だ、反省せねば⋯⋯。


「とりあえずオシロン先生にはもう一度謝罪に行かないといけないとは思ってたから、ちょうどいい機会だと割り切ろう」


 こうして俺はオシロン先生へメールを出す。


 [坂上衛助〈ポラリスVチューバー事業部マネージャー〉:ブルーベルの事でお願いしたいことがあります。 もう一度だけお時間を作って頂けないでしょうか? お願いします。]


 ⋯⋯どうなるか? 返事は来るのか?

 祈るような気持ちで待つこと30分⋯⋯。


「来た! 返信!」


 どうだ反応は?


 [オシロン〈イラストレーター兼漫画家・お仕事募集中〉:本日午後からでよければ仕事場に来てください]


「⋯⋯よしっ!」


 とりあえず会えるだけでも前進だ。

 約半年前の謝罪の時は会ってもくれなかったからな⋯⋯。


「とにかく今すぐに謝罪に行く準備をして⋯⋯あのバカも呼び出さないと」


 俺はセバスチャンに今すぐ来いとメールを送った。


 こっちはすぐに返信が来た、仕事が早いのは流石だ。

 でもそこがなんかムカつく⋯⋯。


 こうして俺はネクタイを締め直すのだった。




 1時間後、セバスチャンがポラリスの事務所にやって来た。


「来たかセバスチャン。 殿下は一緒じゃないのか?」


「殿下は本日はお休みだ。 それにこんな雑務を見せられるか、そもそも殿下は今回のトラブルの事などまったく知らんのだ」


「そうか⋯⋯」


 やっぱり意図的に情報を操作しているなコイツ⋯⋯。


 ハッキリ言って『ブルーベル』の正体がこんな面倒な王族関係者だと初めっから知っていればポラリスはスカウトしなかっただろう。


 海外の個人Vチューバーで、日本語ペラペラのアニメ・特撮オタクで熱狂的な日本人のファンも多いからスカウトしたのだ。

 あの姫様自身がこの日本に強い関心があり積極的だったからこそ、この契約が進んだのだった。


 ⋯⋯そして、ポラリス上層部がブルーベルの正体を知った時にはもう引き返せないところまで話が進んだ後だった。


 だからって秘密にするなよな!

 現場の俺にもお姫様だって伝えろよな! クソが!


「いいかセバスチャン。 今からイラストレーターに謝りに行く、その傲慢な態度は絶対に慎め」


「善処しよう。 しかしこんなトラブルになってまで使うほどの絵描きなのか?」


「⋯⋯去年までは確かにそう大したイラストレーターじゃなかったさ。 でも今ではかなり名の売れた人気作家様だ」


 オシロン先生は元々は同人誌界隈でカリスマ的な人気作家だったという。

 そしてイラストレーターとして商業活動をしつつ漫画も描いていた。

 たしかもうすぐ商業誌での漫画家デビューも控えていたハズだ。


「そういえば、アリスの産みの親でもあったな」


 セバスチャンも認識しているその『アリスの原画家』という地位が最近ヤバイ事になっている。


 事の発端はアリスの骨髄バンクコラボだった。

 あの活動は大きな波紋を呼んだのである。


 それまで無かったVチューバーによる骨髄提供の呼びかけに、日本だけでなく海外のニュースサイトに乗るくらいだった。


 そう⋯⋯デカデカとオシロン先生のキャラが世界中に広まったのだ。

 そんなアリスの原画家『オシロン』の名も知れ渡るのは至極当然の成り行きである。


「たしかにポラリスとしても最近忙しくなってきているオシロン先生を切って別のイラストレーターに引き継がせる案もあったが、社長が認めなかったんだ」


「ワンマン社長だな、これだから大変だな会社員は」


「やかましい! なんでお前はそんなに上から目線なんだよ!」


「殿下に仕える以上、態度はこうあるべきだからだ」


「⋯⋯お前、元々は平民のくせに」


「⋯⋯⋯⋯知っているのか! 私の事を!?」


 お⋯⋯初めて動揺したな。


「ポラリスの情報網をなめるなよ。 『ジョン』」


「その名で俺を呼ぶな! 我が名は『セバスチャン』なるぞ!」


「やかましいジョン! 行くぞ! さっさと俺の車に乗れ!」


「行くってこの小さな車でか? 私の乗って来た車で──」


「行けるか! そんなデカイ威圧感たっぷりなロールスロイスで!」


 そう俺はデカい態度のセバスチャンを俺の車に乗せて、オシロン先生の仕事場へと向かうのだった。




 しかしその途中で土産物を買っていく事も忘れない。

 評判のスイーツショップ『シルクス』でケーキを買う。


「買うのはケーキなのか? こっちのクッキーの詰め合わせの方が日持ちするのでは?」

「いいんだこれで」


 俺がケーキをチョイスするのはこれが日持ちしないからだ。

 オシロン先生が食べずに捨てる可能性が高いので、下手に日持ちするものは選ばない。


 ⋯⋯あと投げ返される可能性もあるので、クッキーの缶は痛そうだからヤダ。


 当然車には万が一に備えて着替えのスーツも用意してある。

 まあセバスチャンの分は無いがな。


 こうして寄り道をしつつ俺とセバスチャンの2人はオシロン先生の仕事場に着いたのだった。




「この度は、お時間取って頂きありがとうございます」


「⋯⋯どうぞ、入ってください」


 ⋯⋯良かった、門前払いは無かったようだ。


 とりあえずケーキも受け取ってもらえた、投げ返される事も無くてホッとする。


「座ってください。 それと外は暑かったでしょう?」


 そういって先生は俺たちを座らせて飲み物も出してくれた。


 意外と冷静だな?

 ⋯⋯いや、この飲み物は俺にぶっかける予定なのかもしれん。

 冷たい水で良かった。


「水だと?」


 余計なこと言うんじゃねえジョン! 日本の水道水は世界一なんだよ!


「それでポラリスさん、お話とは?」


「その前にまず謝罪をもう一度させてください、申し訳ございませんでした」

「申し訳ございませんでした」


 一応ジョンの奴もちゃんと謝っているな。


「⋯⋯それはもういいです。 でも原因はハッキリさせたいです」


 そしてジョンの説明が始まった。


「今回の件はブルーベルの代理人である私、セバスチャンが独断で先生のデザインを改稿しました」

「⋯⋯なんで?」


「当時14歳だったブルーベル様はその⋯⋯胸の大きさが貧しいことが気になっていたようで、それでアバターまで貧乳だと心を痛めるだろうと私が勝手に気を利かせた結果です」


 そんな理由かよ⋯⋯。


「14歳!? ブルーベルってそんなに小さな女の子なの!」


「この1年で大きくなりましたよ⋯⋯胸の方も」


「そうだったんですか⋯⋯」


 俺は先日初めて会ったリネット殿下を思い出す。

 けっこう大きめの胸だった。

 外国人らしい発育だと思う。

 それが去年はぺったんこだったとか⋯⋯本当なんだろうか?


「去年は14歳か⋯⋯納得した」

「なにがですか?」


「いえ⋯⋯サンプルボイスはけっこう男の子っぽかったので」


 それで胸を削ったのか⋯⋯納得。


 ここまでのオシロン先生は冷静だった。

 1年近く経ってある意味良かったのかもしれない。


「それで先生には改めてブルーベルのデザイナーとして、今後もポラリスと契約していただきたいのですが」


「今の私はヴィアラッテアと契約してますが⋯⋯それでもいいのですか?」

「一向にかまいません」


 むしろアリスとブルーベルの『姉妹Vチューバー』は、ファンからも支持があるのだ。


「⋯⋯わかりました。 お仕事は引き受けます」


 よっしゃ──!


「──ただし!」


 なんだ!? 条件か!

 今の俺は去年の坂上衛助じゃない! かなりの裁量権を持たされている!

 もう部長の後ろで頭を下げるだけの男じゃないんだ!


「そっちの金髪君にはちゃんとケジメ⋯⋯つけてほしいな」


 そっちか──!

 まあ当然だな。

 それに俺もコイツが謝るところを見たい。


「なんだ? 土下座でもしろというのならするが⋯⋯」


 うん見たい。

 このプライドの固まりみたいなセバスチャンが土下座するところを。


「⋯⋯はあ? そんな態度で土下座されてもつまんないんだけど?」


 思えばこの時からオシロン先生の気配が変わった気がする。


 そして次の瞬間、先生が無断で俺の眼鏡をすっと抜き取った!?


「ちょっと先生!? なに俺の眼鏡を! 返してください!」


「ふーん、やっぱり。 君⋯⋯目つき悪いね」


 その通りだった。

 俺は結構目つきが悪い。

 なので印象を少しでも変えるための伊達メガネだった。


「ねー君たちさ。 謝罪する気あるなら、何でもできるよね? ちょっと私の作品のモデルに


 この後何があったのか⋯⋯、

 俺とジョンの2人は沈黙の誓いを立てている。


 ただ一つ言えることは⋯⋯、

 このカリスマ同人作家オシロン先生の得意ジャンルが『BLボーイズラブ』だったという事だけである。

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