#100 ブルーベルと新しい姉妹

 一応あらかじめラインで姉に伝えておく。


 [アリス:クッキー焼けたから食べる?]


 すると返事はすぐに来た。


 [マロン:食べたいめっちゃ食べたい!]


「⋯⋯よし、じゃあ差し入れに行ってきます」

「ふむ、この出来なら殿下の口にも合うだろう」


 セバスチャンに先に味見をしてもらったが、どうやら合格だったようだ。

 僕は姉の部屋の防音扉を開いてクッキーの差し入れする。


「ずいぶん苦労していますねマロン姉さま。 まあこれでも食べて頑張ってくださいね」


「てめえアリス! こんなクソゲーやらせやがって! 後で覚えてろよ! でもクッキーください」

「え!? そこにアリスが居るのですか!」


 どうやらゲームにあんまり慣れていないリネット姫は画面から目線を逸らせないらしい。


 ⋯⋯まあいいか。

 僕はそのままクッキーを置いて部屋を出た。


 バタン!


 部屋を出た後の事はテレビから伝わる。


『ああー! アリスが見れなかった!』

『このクッキーうめえ!』


【アリス居たのかw】

【てかこの状態でクッキー焼いてたのかwww】

【アリスって意外と家庭的?】

【せやでマロンが家事壊滅でもご家庭が成り立っているのはアリスのおかげだぞw】


『ちょっとマロンさん! アリスのクッキー独り占めしないで、私の分も残してくださいよ!』


『ほい、口開けて』

『え? ⋯⋯⋯⋯アーン』


 サクッサクッ⋯⋯。


【咀嚼音がモロにwww】

【ブルべちゃんマロンに餌付けされているwww】


『私ってば、なんてはしたない真似を⋯⋯でも美味しい、このクッキー!』

『だろお! ウチのアリスは料理スキル高いんだぞ!』


『うう⋯⋯ずるい! 私もアリスの手料理食べたいです!』

『まあアリスの事だからこのあとなんか作ってくれるでしょ。 食べて帰りなさいよ』


『マロンさん⋯⋯ありがとう』


 そんな和やかな会話がテレビから聞こえていた。

 どうやらあの防音室の中では姉と姫はそれなりに仲良くなったようだった。


「⋯⋯殿下に『アーン』するとか、不敬だとは思わんのか? メンタルどうなっているのだ、お前の姉は?」


「まあ姉なので⋯⋯」


 なんかセバスチャンも複雑そうだった。


「⋯⋯殿下はご家族以外とはあまり砕けた会話はなされなかったのだがな。 お前の姉は天性の人たらしの様だ」


「そうですよ。 すごいでしょ?」


 そう僕は姉のことを誇らしげに語る。

 そんな事をしていたらちょうど留美さんが帰って来た。


「ただいま。 表の人なに? なんかあったの?」

「おかえり留美さん。 今ブルーベルさんが来てて、姉の部屋で収録中」


「それは知ってるけど⋯⋯って、あなた誰?」


 留美さんは僕の隣のセバスチャンに気づいたようだった。


「こんにちはお嬢さん。 私は殿下⋯⋯いえ、ブルーベル様の付き人のセバスチャンです」


「⋯⋯はあ?」

「留美さん。 ガチでホントの付き人なんだ、このセバスチャンは」


「⋯⋯ブルーベルさんが来ていることは聞いてたから知ってたけど、他にも居たなんて聞いてなかったから⋯⋯」


「そういや家の前に警備の人が居るんですか?」

「当然だろ?」


 ⋯⋯当然なんだ、あとで何か差し入れしようかな?


「ところで留美さん、すぐに夕飯食べる? 姉たちの収録はまだ終わりそうもないから」

「そうね、練習でお腹空いたし。 でも先にシャワーを⋯⋯」


 今日の留美さんは全国大会に行くバスケ部の最後の見送りだったはず。

 それなのに練習相手になって帰ってきてクタクタそうだった。

 そりゃ先に汗を流したいに決まっているが⋯⋯。


 どうやらこの家に他人であるセバスチャンが居ることが、心理的にお風呂に入りづらくなっているようだった。


「⋯⋯お隣の、映子さんのお風呂場を借りてくるわ」


 こうして留美さんはお隣の、映子さんの家にお風呂を借りに行ってしまった。


「⋯⋯ふむ、レディに気を使わせるとは悪いことをしたな」

「⋯⋯」


 あれ?


 いつも留美さん、僕が居ても平気でお風呂入っていたよね?

 もしかして僕⋯⋯男あつかいされていない!?

 なんか地味にダメージを受けた僕だった。


 その後、留美さんがお風呂に行ったので僕は無心になって出汁を取る。

 カツオの出汁だ。


「何を作っているのだ? 殿下の夕飯はもう届いているのだが?」


 しばらく前にセバスチャンが手配した姫様の夕飯はデリバリーで届いている。

 なんか立派な箱に入った懐石料理のセットのようだった。

 しかも僕らの分まである。


「だし巻き卵でも作ろうかと。 これなら違和感ないし」


「ジャパニーズオムレツか? すまないな、殿下の我儘で」


「いいんですよ。 食べたいといってくれる人が居るのって嬉しいので」


 僕が満足いく出汁を作って冷やしている間に留美さんも帰って来た。

 ついでにお隣の映子さんも遊びに来た。


「この中でマロンとイチャついてるのね、あの女⋯⋯」


 そう恨みがましく姉の部屋の扉を見つめる映子さんだった。


 その時テレビでは⋯⋯。


『あ──落ちたー!』


『なにやってんだブルーベル! この下手クソがよお!』

『だってもう5時間もやってて、そろそろ集中力がっ!』


「⋯⋯イチャついてる、かな?」


「私は真樹奈とだったらどこまでも堕ちるわ」


 堕ちるのはゲームだけにしてほしい⋯⋯。


「まったくもって不敬な女だな、お前の姉は。 ⋯⋯しかし、こんなに楽しそうな殿下が久しぶりなのも事実」


「ホントスミマセン。 ウチの姉が姫に失礼ばかりで⋯⋯」

「まあいいだろう。 殿下が楽しそうなのだから⋯⋯な」


 そうセバスチャンは笑っていたのだった。


 それから僕たち4人は姉と姫の最後の戦いを見届けるのだった。




 2時間後。


『やっと終わった──!』

『なにが『おめでとう』ですか!』


 そう叫び続けるマロンとブルーベルだった。


【よくクリア出来たなw】

【普通にすごいわ】

【おめでとう】

【おめでとう】

【おめでとう】


『あー、なんでこんなクソゲーやってたんだっけ?』


『それは私とマロンさんのどっちが『アリスの真の姉』に相応しいか、決めるためだったような⋯⋯』


『もう、それどうでも良くない?』

『⋯⋯そうですね。 ⋯⋯疲れました』


【疲れ切ってて草w】

【そらそうなるわこんなクソゲーじゃw】


『じゃあもうこの勝負引き分けでいい?』

『もうそれでいいです』


 どうやら勝負はうやむやに終わったようだった。


「なんかいい感じにまとまりましたね」


 そう言う僕のことをセバスチャン達は冷めた目で見る。


「アリスケ君ヒドイ⋯⋯。 あんな苦行クソゲーを真樹奈さんだけじゃなくて、お姫様にもさせるなんて⋯⋯」


「有介君! こんどは私とマロンを長時間拘束する企画クソゲーを!」


「殿下が良いとおっしゃるからいいが⋯⋯もうこんなゲームの企画はやめて欲しい」


 みんな言いたい放題だな! 僕が何をしたっていうんだ!

 ちょっとだけクセの強いゲームで親睦深めてもらおうと思っただけなのに⋯⋯。


 だが画面の中ではいい感じに話が纏まったようだった。


『ところでブルーベル? アンタまだアリスの姉になりたいの?』


『なりたいというか⋯⋯姉妹Vチューバーなんですが』


『マロンは実の姉だけど、アンタがアリスの姉キャラなのは⋯⋯まあ、認めるわよ』


『ほんとですか! マロンさん!』


『その代わり⋯⋯』

『なんですか?』


『あんた、私の妹にならない?』

『はい!?』


「何を言ってるんだ! お前の姉は!?」


 ああ! セバスチャンがキレた。


「きっと姉のことだから⋯⋯バカな事です!」


 どうすんだよバカ姉!


『ほらブルーベル、あんたアニメとか好きでしょ。 だったら『スール』とか知らないの?』


『それはまさか⋯⋯『マリアンヌ様が見てる』の!』


『私の妹になればアンタも、アリスの姉に自動的になるんじゃないかな~』


 くっそテキトーな事フカす姉だった。


 ⋯⋯いやそれは、アリスがブルーベルの姉になる可能性も?


『どうする~ブルーベルちゃ~ん!』


『⋯⋯ど、どうしよう』


 絶対遊んでるだけだな、姉は。


「⋯⋯真樹奈?」


 ⋯⋯怖いから果物ナイフ持たないで、映子さん!


『ブルーベル、タイが曲がっていてよ』

『はい、マロンお姉さま』


「で! 殿下──!?」


 セバスチャンが発狂した⋯⋯。


【まさかのスール宣言www】

【ブルべちゃんが堕ちたwww】

【マロン ま・た・かw】

【堕天使ブルーベル爆誕www】


「いやああ──。 真樹奈がああああぁっ!」

「落ち着いて映子さん!」


 まったくこの始末どうする気なんだよ、姉さんのバカ──!


 でも画面の中のマロンとブルーベルは微笑ましく、楽しそうだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


祝! 100話を達成しました!

これからも皆様の評価や感想をお待ちしております!

https://kakuyomu.jp/works/16817330649840178082#reviews

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る