#092 スーパーヒーローチャンネル事件!?

 日曜日の朝、僕と姉さんと留美さんはのんびり過ごしていた。

 ちなみに映子さんはマンションの朝の掃除当番なのでまだ来ていない。


 基本的に僕たちは日曜の朝の時間帯は配信をしない。

 なぜなら視聴率が悪い時間帯だからだ。


 だけどそれをものともせずに、むしろこの時しか配信しない変わり者のVチューバーも居る。


 そのVチューバーのチャンネルをリビングのテレビに映す。

 僕のスマホの画面をテレビに映すミラ―リングという機能だ。

 その大画面にそのVチューバーのオープニングムービーが流れていた。


 ── ※ ── ※ ──


 どこかの大都市で悪の怪人が大暴れしていた。

 そして空は雲に覆われて世界は闇に沈む。


 その時、天空より光が差し込む!

 その光は暗雲を突き刺した。


 地上の人々は見上げる⋯⋯空の雲のスクリーンを!

 そのスクリーンには正義の味方のシンボルピース・サインが映し出されていた!


 そして天空のお城から飛び立った銀髪の天使がその雲のスクリーンを切り裂く!

 雲が裂け! パアっと明るくなった世界にその天使は降り立つ!


 その姿は先ほどまでの天使ではなくヒーローに変わっていた。


 銀の髪は空のような青色に。

 背中の白い翼は正義の赤いマントに。


 凛々しく威風堂々と摩天楼の屋上にそのヒーローは舞い降りた!

 そして地上を指さしていつもの決めセリフだ。


『青い空からの使者! マスクド・ブルーベルただいま参上! ここからはヒーローの時間です!』


 ── ※ ── ※ ──


 ⋯⋯という30秒くらいのオープニングムービーが終わった。


「あいかわらず金のかかったムービーよね」


 のんびりトーストをかじりながら感想を言うのは今日は珍しく早起きの姉だった。


「でも、めちゃめちゃカッコいいよねコレ」


 僕たちVチューバーには大抵オープニングムービーがある。

 配信開始時にさっと流れるのだ。


 僕のアリスの場合はどこかの遺跡にマロンがやってきて、その時雷が落ちてきてそのせいでアリスが目覚める⋯⋯といった内容だ。


 しかしそのクオリティはブルーベルさんのムービーと比較すると明らかに低予算だった。

 まあ成功するかもわからない新人Vチューバーにそこまでお金をかけたりしないのは当然なのだが。


 そして画面にやっとブルーベルさんが現れた。


『皆様、1週間のご無沙汰いかがでしたか?』


 このブルーベルさんは週に1度しか配信しない、つまりこの時間だけのVチューバーなのだった。

 ファンからは『趣味でやってる週休6日のヒーロー活動』などと呼ばれている。


「あいかわらず『ヤッタマン』みたいな覆面ね⋯⋯」


「ヤッタマンって何? ねえさん?」

「昔そういうヒーローアニメがあったのよ⋯⋯夏休みにテレビの再放送で見てた」


 そう言いながら姉はスマホでそのヤッタマンの画像を検索して僕に見せる。


「⋯⋯ああ、なるほど。 このハチマキみたいなマスクがそっくりだね」


 そう意識して見るとこのブルーベルさんはなんだか昭和の遺物に見えてくる。

 しかしそんな僕らにかまわず今日もブルーベルさんは楽しそうだった。


『さて前回の『リリジェル』は、サラちゃんの先生が敵に改造されてどうなるの!? というところで終わりましたね』


 ブルーベルさんは先週の番組のあらすじを解説していた。

 そう、ブルーベルさんのチャンネルの大半はこの日曜日の朝のアニメ特撮枠、通称『スーパーヒーローチャンネル』の実況なのだった。


 なお放送後は延々と今週の内容の感想を言うだけのただのアニメ特撮オタクである。


 こうして僕たちとブルーベルさんは同時に今週の『リリカルエンジェル』通称リリジェルを見始めるのだった。


 そして30分後。


『うう⋯⋯感動です! 今週は間違いなく神回認定です! サラちゃんとマホロちゃんの友情が先生を救ったのです!』


 ⋯⋯そう泣きながら感動していた。

 ちなみにコメント欄も共感の嵐である。


「リリジェルか⋯⋯私が生まれる前からやってるのよね、コレ」


 そう留美さんが言う。


「私は初代から見ていた」


 姉はそう謎のマウントを取る。

 ただの年齢自慢になってるがいいのか?

 ちなみに姉は現在23歳である。


「リリジェルは今年で20周年か⋯⋯もしこのまま続けばいずれ留美さんも出るのかな?」


 この歴史あるリリジェルに出演することは現代の声優にとって一つの目標だったりする。

 なにせそこまで大したことなかった声優さんがリリジェルの主人公に抜擢されて、その後トップ声優に上りつめる例もあるからだ。


「そうね⋯⋯留美ならこのサラちゃんみたいな活発な女の子の声が似合いそう」

「おーそうだね! ちょっと留美さんやってよ!」


「えー恥ずかしいな⋯⋯でもちょっとだけなら。 『ヒーローにお任せください!』」


「似合うね、留美ちゃんはこういう役!」

「ほんとね」


 そういつの間にか我が家のリビングに当然のように居る映子さんと姉は、留美さんの演技を褒めるのだった。


「⋯⋯いつの間に、映子さん?」

「15分くらい前から居たわよ」


 ぜんぜん気づかなかった⋯⋯それだけ今週のリリジェルに見入っていたんだろう。

 そして恥ずかしそうな留美さんが僕に言う。


「さあ次はアリスケ君の番よ! アリスケ君はマホロちゃん役でね」

「⋯⋯マホロちゃんか」


 僕の声的には男の子っぽい主人公のサラちゃんよりも、正統派ヒロインのマホロ方が似合うから仕方がない。


「⋯⋯『信じてた。 私、信じてたよサラちゃんの事!』」


「だはははは! 似合ってるよアリスケ!」


 ゲタゲタ笑う姉と無言でテーブルをバンバン叩いて呼吸困難になる映子さんだった。

 そして留美さんの反応は?


「⋯⋯ふーん。 やっぱりそういうの似合うな、アリスケ君は⋯⋯」


 そう悔しそうに呟く。


 声優志望の留美さんからしたら僕のこの声は天からのギフトなのだろう。

 ⋯⋯正直要らないと思ってた。


 でも今の生活はわりと気に入っている、それはこの声のおかげなのだ。

 きっと現状に嘆かず可能性を模索したら、それなりの幸福が誰にでもあるのだろう。


 そんな事を思いながらこのいつもの4人でこの『スーパーヒーローチャンネル』の続きを見るのだった。




 1時間経過。


 リリジェルの後の『マスクライダー』と『スーパーレンジャー』も終わり、ブルーベルさんのチャンネルは今週の感想会になっていた。


 それを何となく見ながら僕たちの団らんも続く⋯⋯。

 しかしそんな平穏は唐突に終わった。


『ところで私、ブルーベルはなんと! 日本への留学が決定しました!』


 ⋯⋯え?


「なに? この覆面女、学生だったの?」

「しかも海外に居たのね」


 まあVチューバーなんて世界のどこからでも配信できる仕事だしな。


「ブルーベルさんも僕らと同じ学生だったのか⋯⋯」

「そうみたいね」


 僕たちはこのちょっとした事件に聞き入っていた。

 そして爆弾が投下された。


『これで来月発売の『ロールプレイング・アドベンチャーワールド』がアリスちゃんと一緒に始められます。 待っててねアリスちゃん! お姉ちゃんと一緒に遊びましょうね!』


 ブ──!!


 おもいっきり姉が飲んでた牛乳を噴き出した!


「目がっ!? 目に入ったぁ!!?」


「映子さん!?」

「大丈夫! 映子さん!?」


 姉の目の前に座っていた映子さんの顔面に姉の口から牛乳攻撃が直撃した。


 僕たちは大慌てで映子さんを拭く。

 ⋯⋯うわあ⋯⋯服が透けてブラが見えてる。


「私が映子さんをお風呂に連れて行くわ」

「お願い留美さん」

「ありがとー留美ちゃん!」


 こうして映子さんは退場した。


「ちょっと姉さんもテーブル拭くの手伝って⋯⋯⋯⋯」


 その時の姉は怖い顔で画面を見ていた。


「なに⋯⋯この小娘⋯⋯」


 僕は久々に見た。

 姉がマジギレしたのを⋯⋯。


 バスルームから声が聞こえる。


「映子さん服脱いで!」

「んー、バイザーイ」

「なに、このサイズのブラ!?」

「留美ちゃん! 着替えは真樹奈のTシャツ持ってきて!」


 そんな呑気な会話がやけに遠く聞こえたのだった⋯⋯。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る