#091 坂上マネージャーの悩み

 俺は坂上衛助、できる男の敏腕マネージャーだ。

 今は会社でニコチューブを聞きながら企画書を書いている。

 こうでもしないとタレント全部の放送内容を把握することが時間的に難しいからだ。


「そもそも俺1人で、6人もタレント抱える方がおかしいんだよな⋯⋯」


 そろそろマネージャーの増員を申請した方がいいかもしれん。


 ライバルであるヴィアラッテアの方は木下マネージャー以外にも他のマネージャーが居るから負担が少なくて羨ましい⋯⋯。

 だがその分、2つのVチューバー班に分かれてしまってコラボはやりにくいとも言う。

 まあこの辺は長所と短所ってやつだな。


 ポラリスではほぼ俺の独断でどんなコラボも可能だし柔軟に対応できるから最初は良かったんだが⋯⋯、

 最近は自社だけでなく他社とのコラボも増えて仕事がキャパオーバー気味だった。


「あの人がもう何人か受け持ってくれたらいいんだけどな⋯⋯」


 そう思っていると、ちょうどその俺以外のマネージャーがやって来た。


「坂上マネージャー、お忙しいところ申し訳ありません」


「なんだ、藍野マネージャー?」


 彼女は俺の同僚のマネージャーだ。

 だが受け持つタレントは1人だけだった。


 詳しく聞かされていないのでよく知らないが、特殊な事情のあるVチューバーの専属マネージャーとして本社に来た元外部の人間である。


「企画書です。 アイの夏の新衣装の」


「ああ⋯⋯水着か」


 夏の企画と言えばコレだ。

 Vチューバーの新コスチュームの企画である。

 まったくVチューバーの外見を水着に変えるだけで何億もの金が動くのだ。


 俺はパラパラとその企画に目を通す。


「いいんじゃないか? アイは学者キャラだし、この『スクール水着の上に白衣』というのはツボを得ていると思うよ」


「ありがとうございます。 こういう企画は初めてだったので」


 藍野さんは元々どこかの研究者だったらしい。

 そりゃこんなアイドルの企画書なんか書かないよな⋯⋯。


「それじゃこれで進めていいよ」

「わかりました」


 こうして藍野さんは退室した。


「⋯⋯水着か」


 実はそれが最もいま俺を悩ませている問題だった。

 なにせ俺が抱える6人のVチューバーの新水着を企画しないといけないのだ!

 それもキャラにあったコンセプトも添えて。


 だが俺は仕事のできる男坂上衛助だ、すでに5人分の企画発注は終わっている。

 そう⋯⋯あと1人分が問題なのだった。


「そろそろ何とかしないと⋯⋯」


 問題になっているVチューバーは『マスクド・ブルーベル』だった。

 デビュー以来1年以上も新コスチュームが無い。


 他のVチューバーはだいたい半年くらいで新コスチュームが増えるのだが⋯⋯ブルーベルには一切なかった。


 これがいま俺が直面している問題だった。

 上層部からもプレッシャーがキツくなってきている、早く何とかしないと⋯⋯。


 そんなときニコチューブからバカみたいな大声が聞こえる。


『やめてエイミィ!』

『うーん? マロンとみどりん、どっちを落とすか?』


 なんか桃鉄の最後のターンでエイミィが、マロンとみどりのどっちかを最下位に叩き落とす状況になったらしい。


『ごめんマロン!』

『イーヤー!? 裏切ったなエイミィ!』

『キャハハハハ!』

『うわぁ⋯⋯』


 この桃鉄配信はウチと他社のVチューバー2人ずつ計4人のコラボだった。

 なので流し聞いていたんだが⋯⋯酷い内容だった。


『だってマロンにスク水着せたかったんだもん!』

『無理に決まってんだろ! 学生時代のスク水なんだぞコレ!』


『なんでそんなのとっとくのよ?』

『いや⋯⋯思い出だし?』

『どんな思い出なんだろう?』


 結局マロンはそのまま昔のスク水を着るはめになったようだ。


『あー! ビリっていった!』

『きゃーマロンえっち!』

『これはセンシティブ!』

『よし! マロねえ大破!』


『大破じゃねえよ! 中破だもん!』


 ⋯⋯地獄絵図だな。

 しかし高額のスパチャは飛んでるし⋯⋯利益は出ている。


「⋯⋯はあ、水着で楽しそうに遊びやがって。 こっちはその水着で悩んでんだよ」


 そうしているとニコチューブで別の配信が始まったようだ。


「⋯⋯ん? 予定に無いな? ゲリラ配信か?」


 どうやらアリスとルーミアのコラボ配信のようだった。

 内容は⋯⋯ゲームのレベリングしながらの雑談らしい。


「仲いいよな、この2人」


 世間からは百合営業カップル認定なルーミアリスだが、俺はアリスが男だと知っている。


「この2人、付き合ってるのかな?」


 正直自分が受け持つタレントだったらと思うとゾッとする、スキャンダルが怖いからだ。

 まあ他社のVチューバーだし、どうでもいいか⋯⋯。


 そう思いながら俺はルーミアリスの配信を聞き流しながら仕事を再開した。

 するとこっちでも水着の話題になった。


『そういやそろそろ夏休みだね、今度一緒にプールでも行こうか?』

『そうね、いいわね! ⋯⋯今年の水着新調しないと』


【アリスもルーミアも去年の水着でよさそうw】

【アリスは成長しないからwww】

【ルーミアもこれ以上⋯⋯www】


『はあ!? 君たち! ルーミアを侮辱したら許さないよ!』


【ごめんなさい】

【サーセン】


 そうリスナーとプロレスやっていた。

 その時、俺の目にあるコメントが飛び込んできたのだった!


【オシロン:アリスちゃん今年の水着どうする?】


『あ! オシロンママ。 見てくれているんですね、ありがとうございます』

『オシロンさんこんにちは』


 俺の心がざわつく⋯⋯。

 そんな俺の目の前で話題ははずむ。


『え? ボクの水着どんなのがいいのかって? オシロンママ描いてくれるの?』


【オシロン:アリスの為ならいくらでも描くよ!】


 ⋯⋯⋯⋯。


『うーん? そうですねボクは水着というよりは水中用装備みたいな感じの潜水服みたいなのがいいかな?』


【オシロン:OKOK! 解釈一致! それで描くよ!】


『わー! ありがとう、オシロンママ!』

『よかったわねアリス!』


 ⋯⋯どうやら目の前でアリスの今年の夏の新コスチュームの水着が発注されたらしい。


「ふざけんなよな! なんでそっちばっかり!」


 ⋯⋯いや理由はわかっている、非はこちらにある事も。


 それにしてもこっちとあっち。

 どうしてこうも違うのか⋯⋯。


「⋯⋯待てよ!?」


 この時俺に天啓が来た!

 すぐに俺は木下マネージャーに連絡を取る。


「⋯⋯あ! もしもし木下マネージャー! その相談があるのですが⋯⋯」


『なに坂上君?』


「実は⋯⋯ウチのブルーベルと、アリスのコラボをさせたいのですが⋯⋯」


 この俺の新企画が新たな騒動の始まりになる。

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