#093 姉妹の絆!? アリスとブルーベル

 その後⋯⋯楽しかったはずの日曜日はすさまじい緊張感に包まれた。

 その理由はずっと姉さんの機嫌が悪いせいだった。


「⋯⋯姉さん、そろそろ機嫌直したら? プリン食べる?」

「⋯⋯食べる」


 こうしてようやく姉の機嫌が収まり始めた頃に、木下さんからのラインが来た。


 [木下:午後からそちらに向かいます。 ちょっと大事な話があるので坂上マネージャーも一緒です]


 坂上マネージャーも?

 僕はOKと自宅待機の了承を返信した。


「なんだったの?」

「木下さんが坂上さん連れてくるみたい」


「ほう⋯⋯さっそく詫びに来るとは出来る男ね」

「どうだろ? たぶん違うと思うけど⋯⋯」


 こうして日曜の昼下がりに木下さんと坂上さんはやって来たのだった。


「いらっしゃい木下さん。 それと坂上マネージャーも」


「こんにちはアリスケ君」

「久しぶりだなアリスケ君」


 こうして僕たちはリビングで話をすることになった。


「今回こちらの坂上君からコラボの提案があって、それを受けるかどうかの意志がアリスにあるか聞きに来たわ」


「コラボ? ポラリスとですか?」


「⋯⋯アリスケ君。 いやアリス! どうかウチのブルーベルとコラボしてもらえないだろうか!」


 そう勢いよく頭を下げる坂上さんだった。

 そんな坂上さんに辛辣に話しかけるのは姉だった。


「ちょっと坂上マネージャー? アンタのところの覆面女、どう躾てんの? なんで『妹のアリスちゃん』だなんてほざいてるの!?」


 うわー、ここでブルーベルさんの名前が出たせいでまた姉の機嫌が悪くなった。


「は⋯⋯? ブルーベルがアリスを妹だと?」

「そうよ! ハッキリ言いやがったわ! 『妹のアリスちゃん』ってね!」


 そして坂上さんは沈黙する。


「⋯⋯⋯⋯その件も含めての今回のコラボ依頼なんです」


 そう再び坂上さんは頭を下げた。


「あの、坂上さん。 姉は怒ってますが僕は別に何とも思ってないので理由を話してもらえませんか?」


 そして坂上さんは語りだした。

 ブルーベルの姉発言と今回のコラボの理由を⋯⋯。


「ブルーベルとアリスは⋯⋯『姉妹Vチューバー』なんだ⋯⋯」


「アリスケの姉は私なんだけど! 姉妹Vチューバーはマロンとアリスよ!」


 木下さんが姉をなだめる。


「ちょっと落ち着いて真樹奈! 『姉妹Vチューバー』っていうのはこの場合、だって事なのよ!」


「同じイラストレーター?」


 僕は慌ててスマホでVチューバーの公式ホームページを確認した。

 そこにはVチューバーの簡単な紹介文が載っている。


 [アリス]

 古代バベロニアの遺跡から発掘されたオートマタ。

 発見者のマロンによって彼女の妹として修理された。

 現在はマロンの自宅の留守番であり暇つぶしにVチューバーを始めた。


 そしてポラリスの方は。


 [マスクド・ブルーベル]

 普段は天空の城に住む天使のお姫様。

 しかし地上に危機が迫れば正義のヒーロー『マスクド・ブルーベル』に変身して大活躍!

 だが地上の人々はその正体を知らない。


 ⋯⋯と、なっている。


 その最後に小さくイラストレーターの名前も載っている。

 その名前はアリスもブルーベルも同じ名前だった。


 [イラストレーター:オシロン]


「⋯⋯ほんとだ」

「⋯⋯マジ?」


 姉さんも僕のスマホを覗き込んで唖然としていた。


 ブルーベルは青髪のカッコいい系で。

 アリスは銀髪のカワイイ系だから気がつかなかった。

 でもよく見ると絵のタッチがそっくりだ!


「そっちの変身前と見比べるとよくわかるわね⋯⋯」


 姉の言う通りブルーベルの変身前の銀髪の天使バージョンだと確かに『アリスの姉』と言って違和感がまるでなかった。


「そっか⋯⋯ボクには、お姉さんが居たんですね⋯⋯」


 なんとなくアリスの気持ちになった僕だった。


「私がアリスのお姉ちゃんなんだけど?」

「⋯⋯設定以外、姉らしい事あったけ?」


 設定では修理されたアリスをそのまま放置して1人で冒険三昧なマロンだった。


「⋯⋯その、話を進めてもいいかな?」

「あ、はい。 どうぞ」


 こうして坂上さんの話が続く。


「このコラボを通してアリスには、我々ポラリスとオシロン先生の仲を取り持ってほしいんだ」

「⋯⋯どういう事ですか?」


 坂上さんは言いにくそうに言った。


「⋯⋯現在わがポラリスとオシロン先生は、絶縁状態なんだ」


「絶縁⋯⋯」

「⋯⋯状態?」


 僕と姉は顔を見合わせて驚いたのだった。




 そこからの坂上さんの説明はこんな話だった。


 今から約2年前に総合芸能プロダクション『ポラリス』にVチューバー事業部が発足した。

 それまでは個人Vチューバーの時代で企業でのVチューバーは無かった時期である。

 ポラリスはいち早くこの新事業に取り組んだ業界の先駆者だったのだ。


 しかし新しいことを始めるためにあまりリスクを負いたくなかったポラリスは、既に十分な実績を持つ様々なスペシャリストの個人Vチューバーのスカウトという方向で企画を始めた。


 ゲーム実況のスペシャリストの『紫音』や、ニュース系のスペシャリストの『みどり』とかが候補に上がった。

 その試みは大成功で現在彼女たちはポラリスのVチューバーとして活躍している。


 ちなみに、この事業で後追いになったウチの事務所『ヴィアラッテア』の方針は親しみある人材だった。

 なので何かの打ち上げパーティーの時に社長の隣で楽しそうに会話を弾ませていた姉が、急遽コンパニオンからVチューバーにジョブチェンジしている。


 まあこちらも大成功である。

 それぞれの企業の戦略が違っただけで、それが個性になったのだ。


 それはさて置き⋯⋯ポラリスはアニメや特撮に強いVチューバーも探したのだった。

 そこで白羽の矢が立ったのが海外で日本のアニメや特撮を紹介する個人Vチューバー『ブルーベル』だった。


 彼女のスカウトは上手くいった、向こうの方が積極的だったおかげらしい。

 そしてその個人Vチューバー『ブルーベル』は神絵師オシロンの手によって、ポラリスのVチューバー『マスクド・ブルーベル』へと生まれ変わったのだった。


 この『マスクド・ブルーベル』のデビューが去年の春頃の事である。


「ここまではそう問題はなかったんだ⋯⋯」


 坂上さんの話は続く。

 問題はこの『マスクド・ブルーベル』のデビュー直後に起こった。




 それはマスクド・ブルーベルのデビュー配信の直後だった。

 マネージャーの坂上さんにオシロン先生から電話があったのだ。


『ちょっと! アレどうなってんの!』


「⋯⋯? アレとは?」


 坂上さんはオシロン先生が何かお怒りだとは思ったが、その理由がまったくわからなかった。


『なんで勝手にブルーベルのおっぱい盛ってんですか!』


 調べたところ、その時のマスクド・ブルーベルの3Dアバターの胸のサイズは確かにオシロン先生の描いたサイズを超えていたのである。


『べつにおっぱいを盛るのが悪いとは言いません! でもこれは無いでしょう!? 私、何度も確認しましたよね!? このサイズでいいのか? 私はこの子のサンプルボイスならこのサイズが最適だって提案はしました! この子の声質だと巨乳の揺れる音はノイズだと判断したからです! それで納得していただいたから清書したんです! それをクリエイターに黙ってその後差し替えるなんて⋯⋯侮辱です! 私というクリエイターへの侮辱です!』


 その抗議は坂上さんにはまったく預かり知らないことだったのだ。

 その時の坂上マネージャーは7人ものVチューバーのデビューで大忙しで、知らない間にマスクド・ブルーベルのおっぱいが増量されていたなんて事はまったく気づく余裕が無かったのである。


 その後判明した原因は、ブルーベルサイドの代理人が独断でブルーベルの3Dアバターのおっぱいを増量したとのことだった。


「ブルーベル様の名誉にかかわるからな」


 それがその代理人の説明だった。


 そしてそれをそのまま坂上さんはオシロン先生に伝えるしかなかった。


「申し訳ありませんオシロン先生! これは高度に政治的な判断でして⋯⋯」


『もういいです。 ブルーベルに関してのギャラはもう頂きました。 版権もそちらですし私はもう関わりません! さようなら!』


 ⋯⋯こうして坂上さんというかポラリスとオシロン先生の契約は終わったのだった。


 その後、オシロン先生は新しい仕事としてライバル企業のヴィアラッテアと契約し、アリスのキャラクターデザインを手がけたのだった。


 もしもこの事件が無ければアリスのキャラデザは別人だったのかもしれない。


 そしてこの出来事をポラリスは現在まで公表してはいない。

 それはマスクド・ブルーベルのデビュー直後にこんなスキャンダルで水をさしたくなかったからである。


 それに楽観視もしていた、すぐにオシロン先生とも和解できるだろうと。


 しかし今現在に至るまでその関係修復は進んでおらず⋯⋯、

 それが理由でマスクド・ブルーベルの新衣装はデビューから一度も更新されていないのだった。


「頼む! アリス! ブルーベルには今年はなんとしてでも水着が必要なんだ!」


 これ⋯⋯僕にどうしろというのだろうか?

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