#089 世界の果てのお姫様

『『『お誕生日おめでとうアリス!!!』』』


 アリスを祝福する言葉が溢れていた!

 ⋯⋯私のスマホの中で!


「あああっ!? なんでやねん!」


 私、相川家の素敵なメイドさんこと岩瀬遊美は絶叫していた。

 ⋯⋯日本から遠く離れた、この地球の裏の島国で。


「あああ⋯⋯どうして私はいま日本に居ないの? どうして? それにもしかしたら私もこのパーティー会場に入れた可能性も⋯⋯」


 そう私は回線堕ちして、ぐるぐる回ってるだけの画面を垂れ流すニコチューブを切った。


「遊美ちゃーん! 早くこっちへ来て!」

「はい! 奥様!」


 そう、私はいま奥様に拉致られて強制送還の海外旅行に同行していたのだった⋯⋯。

 ⋯⋯どうしてこうなった?




「遊美ちゃん、明日から旅行へ行くことにしたから!」

「⋯⋯え?」




 その奥様の気まぐれだけで私は唐突に、この地球の裏の大西洋に浮かぶ島国『ブルースフィア・アイランド』まで連れてこられたのだった。


「この国のワインが美味しいらしいのよ!」


 たったそれだけの気まぐれで奥様は、学生時代からの友人数名と一緒にこの島まで海外旅行に来たのだった。


 ⋯⋯メイドの私も連れて。

 そのせいでアリス君の誕生日を日本で祝う事が出来なかった!

 ドチクショウ!


 私がこうやって奥様の趣味の旅行の荷物持ちとして同行するのはよくある事だった。

 年末やお盆なんかは絶対ついて行かなかったけど⋯⋯。

 今回は7月15日という中途半端な日だったために断れなかった⋯⋯ちくしょう。


「ああ、アリス君⋯⋯どうして私は今あなたの傍に居ないのでしょう⋯⋯」


 その元凶となった奥様はお友達と一緒にパレードの見物である。

 なんかこの島国の王族のパレードらしい。


 てか王族って⋯⋯いつの時代の国だよ!


「あれがお姫様か?」


 遠目でよく見えないが、なんか青色のドレスを着た美人さんが車の中から手を振っていた。


 いやー、住む世界の違う人種ですよね~!

 私はそんなファンタジーな人はどうでも良く、ヴァーチャルな方々に会いたかった。


 その時だった!


「きゃあっ!?」

「奥様!?」


 奥様が突き飛ばされた!

 おそらく旅行客を狙った引ったくりだろう!


「待て!」


 私は追う! そのひったくり犯を!

 ちょうど憂さ晴らししたかったところだ、少しくらい手荒くしてもいいだろう。


 私はそのひったくり犯を追って路地を右に左に追跡する!

 そして⋯⋯ふふふ追いつめましたよ!

 どうやら相手は道を間違えたらしい、この袋小路に逃げ込んだのが運の尽きよ!


「さあ、そのバッグを返してもらいましょうか? でないと私のメイドCQCが炸裂しちゃいますよ!」


 そう私は有頂天だった!


 カチャッ!


 ⋯⋯その黒光りするブツを見るまでは──。


「け⋯⋯拳銃!?」


 うっかりしていた、ここは日本じゃなかったんだ!

 こうやって銃が出てくる可能性を考慮しなかったのは私の短慮だった。


「お⋯⋯おー! それ、脅しの道具じゃないっすよ!? 人殺しの道具ですぜ!?」


 ⋯⋯完全に私の声はビビっていた、それはもう情けないほど。


 そのひったくり犯の銃口がこちらを向く!?


「遊美ちゃんどこ!?」

「奥様! こっちへ来ないで!」


 私はとっさに奥様をかばう!

 すると犯人も焦ったのかその軽いトリガーを引いてしまった!


 パンッ!


 ⋯⋯けっこう小さい音なんだな。

 これが死に際の集中力なんだろうか?

 世界がスローになった。

 私死ぬのかな?

 また会いたかったなアリス君に⋯⋯。


 しかし私は死ななかった。

 とても強い力で引っぱられたからだった!?


 そして私はその引っぱった男の胸元に引き寄せられる!?

 その男は金髪のイケメンだった。


「⋯⋯王子さま?」


「日本語? 日本人か⋯⋯まったく無茶をするレディだ」


 意外にもそのパツキンイケメンは流暢な日本語で話した!?

 え? なんでこの国で?


 しかしその思考は遮られる──凛とした声で!




「そこまでです!」




 近くの建物の屋根に青いドレスの女の子が立っていた!?


 ⋯⋯てかさっきのお姫様やん!!?


 そして躊躇なく飛び降りて前方宙返り! その勢いのかかと落としで、ひったくり犯の銃を叩き落した!?


 そしてそのまま膝をついての完璧な着地も決めた!


 ひったくり犯はあわてて反撃するが⋯⋯すべて遅い!

 その前に少女の華麗なハイキックで顎を撃ち抜かれて倒れたのだった。


「⋯⋯強い」

「あらあなた、日本人ですのね!」


 その銀色の髪をなびかせた少女は、とてもしっかりした日本語で話しかけてきた。


「はい⋯⋯日本からの旅行客です」


「あらそうだったんですか、それは失礼しました。 この国の悪い思い出になってしまって⋯⋯」


「いえいえ! そんな! 助けてもらったし!」


 その時、奥様が私に抱き着いてきた!?


「遊美ちゃーん! 怖かったよー。 遊美ちゃん死んじゃうかと思って!」


 ガチ泣きだった。

 本気で心配かけたようだった奥様に。


「奥様⋯⋯遊美はこうして無事です」

「よがった~!」


 いろいろ面倒で我儘な人だけど⋯⋯あったかい人だ奥様は。

 だから私は大好きなのだ、奥様も相川家の人々も。


 そんな私にさっきの金髪イケメンが話しかける。

 ⋯⋯やだ私にホレちゃった!?


「まったく無茶をするなジャパニーズガール。 素人の癖に」

「⋯⋯あっ?」


 この完璧美少女メイドを捕まえて⋯⋯し・ろ・う・と・だとおっ!?


 たった一瞬でこのさわやかイケメンはいけ好かない男になった。

 私はメイドの誇りを傷つけられるのが大っ嫌いなのだ!


「およしなさい、セバスチャン」

「はっ!」


 そしてこの金髪はあのお姫様に傅く⋯⋯ざまぁ!


 そうしているうちに警察がやってきて、ひったくり犯を確保して連れて行った。


「お騒がせして申し訳ありません。 この国を嫌いにならず、このまま観光を楽しんでくださいね!」


 それだけ言ってそのお姫様は──、

 その青いドレスをひるがえして、その長い銀色の髪をなびかせて去っていった。


 ⋯⋯何だったんだろう、あの人たちは?


 それにどことなく『アリス』に似た少女だった。

 もしも『アリス』が現実に居たなら、あんな美少女に違いない。


 まあアリスほど絶壁ではないけど⋯⋯。


 結局私たちはこのあと、簡単な事情聴取をされて解放されたのだった。

 この出来事は私にとって鮮烈な体験となった。


 そしてこの後も、私は奥様と一緒にこの『ブルースフィア公国』での観光を楽しむのだった。


 ── ※ ── ※ ──


 今日も無事に城に戻ってこれた⋯⋯。


「殿下、無茶はお控えください。 そのために我らが居るのですから」


「もちろんですセバスチャン。 しかし王族たる私自らが時には率先して悪と戦う姿を見せることも必要なのです!」


 そう我らが姫君は笑う。


 この方は昔からこうなのだ。

 いつも我らを心配させる。

 ⋯⋯だが正しく導いてくれる!

 だからこそ我ら一同、心よりの忠誠を捧げているのだ。


「9月より殿下たっての希望でようやく日本への留学が決まったではないですか? そのためにも、あまり危険なことはお控えくださいませ」


「ええ、わかっております。 せっかく日本へ行けるのですから!」


 この方の日本への憧れは相当なものだった。

 中学を卒業して高校からは日本へ留学することを決めてしまうくらいに。


 ⋯⋯もう一つ、理由があるが。


 殿下はその『もう一つの理由』を取り出す、それは殿下愛用のスマホだった。

 その殿下のスマホにはある編集された動画が収められている、それを何度も繰り返し見ているのだ⋯⋯。


『しばらくボクはこの『ローアド』のベータ版しかしないのでコラボは無理そうです。 ごめんなさいです、ブルーベルさん。

 ああ、でも! 『ローアド』は製品版になってもボクは続ける予定なので、その時は一緒に遊べるといいですね』


「⋯⋯アリスちゃん。 ⋯⋯えへへ」


 ⋯⋯しまらない、にやけたお顔だった、先ほどまでの凛々しいお姿はどこへ?


「8月からはようやく『ロールプレイング・アドベンチャーワールド』の製品版が遊べます! 待っててねアリスちゃん!」


 ⋯⋯これがもう一つの理由だ、最近殿下はこの『アリス』というVチューバーにご執心だった。

 ⋯⋯しかし。


「その、殿下。 ⋯⋯殿下は来月からそのゲームできませんよ?」

「なぜですか!?」


「8月発売は日本だけなので⋯⋯世界版は10月頃らしいです」

「⋯⋯」


 呆然とこちらを見る殿下⋯⋯ああ、いま何を考えているのかよくわかる。


「セバスチャン! すぐに準備を! 9月まで待てません! 私は来月に日本へ行きます!」


 ⋯⋯やっぱりこうなったか。

 まあこの国で無茶をするよりは世界レベルで平和ボケな国、日本に居てもらった方が安心だな。


「それではすぐに日本行の準備を開始します、殿下」


「頼みましたよ、セバスチャン!」


 そして殿下は、城の窓から遠くの青い海と空を見つめる。

 いや⋯⋯その先の日本を見ているのだろうな。




「待っててくださいねアリス! 今から私⋯⋯日本に行くから! 『お姉ちゃん』が今から会いに行くからね!」




 我らが敬愛する『白銀の姫君』、リネット・ブルースフィア殿下の日本留学が始まった。

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