#088 幕間:緑川まどか 「私が届けたいニュース」
私の名前は緑川まどか。
今は何の因果か『風巻みどり』という名前でVチューバーをやっている。
そもそも数年前まで私は、某局でニュースキャスターをやっていたのだ。
しかし30歳を越えたあたりから仕事を減らされるようになって来た。
要するに番組の看板は若い方がいいという判断なのだろう。
子供の頃からの目標だったお仕事だったけど、現実は薄汚い場所だった。
視聴率さえ稼げればいいというような、事実を歪ませるような報道だって何度もあった。
なかには民衆を導いてやっているんだ、というような傲慢な上司も居た。
私が夢見たニュースキャスターは『正義の人』だった。
悪を見逃さずその顛末を人々に伝えるという⋯⋯。
でも現実は違った。
テレビの方が悪を隠ぺいすることだってある。
被害者の心をさらに傷つけることもあった。
そんな現実と戦いながらも続けたこの仕事だったが、辞めるときはあっさりだった。
裏方のディレクターにならないか? という誘いもあったが私は辞退したのだった。
ニュースキャスターを辞めた後の私は宙ぶらりんだった。
幸い貯金はたっぷりあるから数年は働かなくても食べていけるし。
そろそろ実家に戻ってお見合いでもしろと親もうるさい。
そんな日々の中ふと思う。
そもそも私ってなんでニュースキャスターを目指したんだっけ?
その原点は学生時代だった。
当時は日天堂の出したゲーム機『ファミリーステーション』や『スーパーファミステ』が大人気だった。
とうぜん学校でもその話題で持ちきりだった。
そんなある日、私が学校で⋯⋯、
「きのうブルードラゴンを倒したら『ドラゴンウィップ』てのが出てきてね!」
当時流行っていたRPGの隠しドロップアイテムの話を私がしたのだった。
しかし最初はだれにも信じてもらえなかった。
でも同じ物を手にいれた人が現れた時、急に私はクラスのヒーローになっていたのだった!
「すごい! まどかちゃんが一番先に見つけたんだね!」
この時の気持ちが忘れられなかった。
その後も私はゲームにハマり続けた。
しかしそれはゲームが好きというよりは、誰よりも詳しくなって誰かに教えたいという動機だった。
だからだろうか? 高校を卒業すると同時にぷっつりとゲームをしなくなったのは。
いったん実家に戻った私は押入れから当時のゲームを引っ張り出して、何となく暇つぶしに遊び始めた。
するとまあけっこう覚えているもので楽しいと思える。
⋯⋯そっか楽しいのか、このゲームは。
その後、親の目が厳しく辛くなったのでまた一人暮らしに戻った。
ちょっとしたバイトで日銭を稼ぎながらゲーム三昧な日々だった。
この時に気がついたのはゲームをとりまく環境が学生時代とは全く変わっている事だった。
なにせ当時にはインターネットなんて全く普及してなかったのだ、スマホも無い。
だからゲーム情報は口コミが基本だった。
たった一人が見つけたパスワードが数日後には学校中に広まっている⋯⋯そんな時代だった。
でも今は違う! インターネットとスマホの時代だ!
個人が世界に発信できる時代である。
こうして私は趣味のブログでゲームの攻略情報を纏めると⋯⋯多少の広告収入を得たのだった。
そして私はニコチューブにも進出する。
そこで実際に隠しアイテムの入手した瞬間の生配信などを行った。
48時間耐久『赤い依頼』配信は伝説にもなったくらいに。
そうして大きくなったチャンネルで私は⋯⋯ネットのニュースなんかの紹介もするようになった。
まあ辞めたニュースキャスターの真似事である。
「くくく⋯⋯見てろよクソテレビ共め!」
そこで自分だけでできる小さなニュースを視聴者に届ける活動を始めたのだった。
そう⋯⋯今やテレビはオワコンの時代!
個人のインフルエンサーが世界を動かす時代だったのだ!
そんなテレビへの復讐心が無かったとは言えない⋯⋯。
だが本当に伝えたいニュースを自分で探してみんなに伝えるこのVチューバーという仕事は、思った以上にやりがいのある新しい私の目標になった。
そんな活動を始めて3年ほど経った頃。
大手の芸能事務所『ポラリス』よりスカウトされた。
その頃の私は個人Vチューバーとして30万人ほどの登録者数を持っていたからだった。
ポラリスの意向は私のようなニュース系に特化したVチューバーもデビューさせたいとの事だった。
⋯⋯いつの間にかすっかりニュースがメインコンテンツになっていたのだ、私のチャンネルは。
「正気ですか?」
それが率直な私をスカウトに来た若い男⋯⋯坂上マネージャーへの挨拶になった。
私が取り扱うニュースは基本テレビじゃ出来ないようなものが多い。
政治批判やツイッターフェミニスト通称『ツイフェミ』なんかを多く扱って成長したチャンネルだったからだ。
こういうのは個人がやっているから許される見逃されるのだ。
企業でやったら間違いなく大炎上だろう。
「もちろん扱うニュースはこちらでも精査します、そのうえで今後はあなたのような情報配信者の力が大きな需要を持つと我が社は考えてます」
今じゃテレビなんて誰も見ない。
情報収集はもっぱらネットの時代だった。
だから今のうちにそういったノウハウを持つ私をスカウトに来たという事なのだろう。
⋯⋯まあいいか、面白そうだし。
個人でどこまでできるかはこの数年でやりつくした。
これからポラリスと組んで新しいニュース番組をするのも面白いかもしれない。
まあダメだったらまた個人に戻ればいいだけの話だから。
「わかりました、お受けします」
こうして私はポラリスのVチューバー『風巻みどり』になった。
それまでのアバターとは違う『緑色の鳥人間』の美少女になった私は、様々なネットニュースを紹介した。
テレビじゃ絶対出来ないような毒舌トークの時もあった。
視聴者に寄り添う親身な人生相談もあった。
Vチューバー『風巻みどり』とは、とても中立とは言えないインフルエンサーだったのだ。
それが人気を博したのだろう。
気がつくとどんどん登録者数が増えて⋯⋯多少の炎上などものともしない地位を築いていたのだった。
まあたまには大炎上することもあったが⋯⋯。
そんなある日、我がポラリスのエースの『ネーベル・ラ・グリム・紫音』のゲーム配信を流しながら記事を纏めていたら⋯⋯。
「あ⋯⋯ネーベルちゃん、それ間違っている」
ネーベルのゲーム知識の間違いを見つけた。
私はネーベルのコメント欄にその事を書き込んだ。
すると⋯⋯。
【みどりんってゲーム詳しいんだ】
【なんか意外】
【ゲームなんて興味ない人だと思ってた】
などの反響があった。
『ありがとうございます、みどりさん』
ネーベルにも配信中にお礼を言われる。
ちょっとだけ学生時代に戻った気分だった。
この件がきっかけで私はゲームをする人だとファンに認識されて、古いレトロなRPGの配信なども始めた。
こうしてますます私のチャンネルは急成長を遂げるのだった。
そんなある日の事、マネージャーの坂上君が頼んできた。
「ちょっとみどりさんに扱って欲しい記事があります」
こういう事は珍しくない、ポラリスの広告塔として期待されるのも私の仕事だ。
「はい、いいですよ」
いつも通りの安請け合いだった。
その記事を見るまでは⋯⋯。
「骨髄バンクキャンペーン⋯⋯?」
また意外な内容だった。
しかもライバル企業のVチューバーとのコラボ案件でもあった。
「みどりさん、あなたにその『アリス』の力になってあげて欲しいのです」
聞けば友人の母親を救うために始めた骨髄バンクキャンペーンだという。
「そういう事するVチューバーいるんだ」
それが率直な感想だった。
私たちVチューバーは大きなネット配信力を持つからこそ個人的な欲望のためにそれを使うのはタブーだと思っていた。
こんなVチューバーもいたんだな⋯⋯。
私はちょっとだけこの『アリス』というVチューバーに興味が出てきた。
「わかりました、お引き受けします」
こうして私とアリスという、ポラリスとヴィアラッテアの正式な初コラボが始まったのだった。
誰かを救うために行動したアリスは⋯⋯良い子だった。
ちょっとだけイジワルしたくなるくらい世間知らずな⋯⋯でも。
やめた、全力で協力しよう、この子に!
この子には辛い現実なんてまだ早い、もう少しだけ夢を見させてあげたい。
私たちVチューバーの力が世界を変えるところを見せるんだ!
アリスがまだ、この世界を『やさしい世界』だって信じられるように。
と言っておきながら
純粋な『
「──もしもし、お久しぶりです。 私です、覚えてますか?」
私が昔世話して今ではディレクタークラスになった人たちに協力を要請した。
番組でこの骨髄バンクキャンペーンを取り扱ってもらうために。
私はニュースを届ける人だ。
それは『緑川まどか』も『風巻みどり』も変わらない。
私のニュースで誰かが幸せになればいい、楽しんでもらえればいい。
そう思い続けている。
今までも。
これから先も。
そして数日後⋯⋯アリスからメールが来た。
その内容は⋯⋯。
[アリス:骨髄提供者が見つかりました! ありがとうございます!]
「⋯⋯よかったね、アリス」
今日また一つ、みんなに私が届けたいニュースが出来たようだった。
その後私はアリスの秘密を知ることになるのだが、こちらは⋯⋯
うん、黙っとこう。
その方が面白いし!
私⋯⋯『風巻みどり』は中立なんかじゃない。
私自身が風向きを決める『風見鶏』なのだ!
だから私が届けたいニュースは、私が決めるのだ!
これから先も、ずっと。
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