#037 最強との邂逅
僕は夕飯のカレーを煮込みながらスマホでネットニュースを眺めていた。
「ネーベルさん仕事休んでいるんだ⋯⋯」
「ホント? あの配信モンスターが?」
「そうみたい、ねえさん」
姉でも知ってるこのネーベルというVチューバーは、業界最強のVチューバーである。
僕らの所属する会社とは違う『ポラリス』という他社のVチューバーである。
デビュー以来2年間近く配信を休んだことのない化け物として知られている。
「人間だったのか⋯⋯」
「その言い方は酷くない、ねえさん?」
まあその気持ちは僕もよくわかる。
「毎日10時間以上配信して、しかも休みの無い奴が人間だとは思えない」
「それだけ聞くとブラック企業の社畜みたいだな」
僕や姉にとってはVチューバーとは気楽な在宅ワーカーである。
そんな事を話していると留美さんが帰って来た。
「ただいま」
「おかえりなさい留美さん」
「おか、るみ~」
「⋯⋯ただいま」
留美さんも姉への対応がしっかりと身に着いたようだ。
「どうかしたんですか?」
そんな留美さんは僕らの態度に違和感でも持ったのだろうか?
「ああ、ネーベルさんが仕事休んでいるって話だよ」
「あのネーベルさ⋯⋯なんとか紫音が?」
「ネーベル・ラ・グリム・紫音だね」
「ああ⋯⋯そんな名前だったわね、あの人」
なかなか辛辣な反応である。
「あれ留美さんって、ネーベルの事好きじゃないの?」
「うーん、好きとか嫌いってわけじゃないのよね。 たしかに私のデビューの時に参考にさせてもらった人だけど⋯⋯それだけだし」
デビュー当初のルーミアは中二病キャラとして売り出された。
それはコテコテだったネーベルのキャラを参考にした結果だったらしい。
だが現在ではルーミアは中二病キャラというよりも、不思議ちゃんキャラといった方がしっくりくる。
クールなのに時々突飛な会話になるのがルーミアだった。
留美さんいわく「話す内容を考えながらしゃべってると過程をすっ飛ばして結果だけ話してることが時々あるから」だと言ってた。
それでも好きな食べ物の話題中に「アリスが大好き」などと突拍子のない答えをするのはどうかと思う。
あの時はかなり焦った⋯⋯。
そのせいか最近ではルーミアの評判が『幼女大好きキャラ』として視聴者に認知されつつある⋯⋯。
この前の『シンデレラ』の時のロリコン王子役がハマっていたせいもあるかもしれない。
まったく失礼な話だ。
アリスは幼女ではないのだ、オートマタで完成された永遠の美少女型ロボなのである。
「留美さん、そろそろ夕飯できるから着替えてきたら?」
「そうね」
最近の留美さんは学校帰りに事務所へ行って、2時間くらいのボイスレッスンを受けるようになった。
そのため学校帰りの買い物はほぼ僕の仕事になったのだが⋯⋯まあそれはいい。
大事なことは留美さんが真剣に声優を目指して頑張っているってことだから。
そんな留美さんと入れ違いに映子さんが姉の部屋から出てきた。
⋯⋯隣の部屋に住んでるはずの映子さんがこうして姉の部屋で寝泊まりしている事は、もはや常識になりつつある。
「映子、顔洗ってきなさい。 よだれ付いてる」
「え! 嘘!? やだ恥ずかしい!」
そんな事言いながら映子さんは洗面所へと向かった。
「アリスケ⋯⋯私のベッドのシーツ洗っといて」
「はいはい、ねえさん」
これもまた日常となっている。
ちょっと前までは女の人と同居なんてドキドキするっ!?
⋯⋯などと思っていたこともあるのだが、そんな気分はもはやない。
「晩ごっはん、晩ごっはん」
そんな風に歌いながら出てきた留美さんはジャージ姿だった。
最近の留美さんは自然体を通り越して女子力の低下が見られる。
クラスメートの前では絶対に見せない素の姿を見せてくれていることは素直に嬉しいが⋯⋯やはり多少は手心を加えてほしいと思うのは僕の我儘なのだろうか?
こうしてこの4人での夕飯が始まったのだった。
「あっアリスケ君、監督が今週来れるって聞いてたけど?」
「今週なら行けるよ」
これは僕のボイスレッスンの事だ。
この前のルーミアのジェネシック昔話の時にお世話になった監督さんが、レッスンを見てくれることになったのだ。
そのため留美さんはほぼ毎日、学校帰りに事務所へ行ってる。
そして僕にも声がかかってたまに参加している。
その成果はVチューバーとしてはまったくわからないが、カラオケに行くとすさまじく実感した。
声の通りが実に良い。
この4人で揃ってカラオケに行くことは無いが、僕の一人カラオケは最近また盛んになったのだ。
その練習の成果をそろそろ『歌ってみた』配信しようかと、木下さんと相談中である。
こうして今週の週末に僕は留美さんと一緒に、事務所へレッスンを受けに行くことになった。
そして週末。
僕と留美さんは二人だけで事務所に向かう。
僕はいつも通りのボーイッシュな服装である。
これはポロっと声を出して注目されても、ダメージが少なく済むような擬態の末に辿り着いたコーディネートである。
一方留美さんは姉に買ってもらった黒いゴシックな感じの服だった。
なんでもこういう服装の方が気合が入るからだという事らしい。
最近気づいたが留美さんは意外と形から入るタイプのようだ。
早朝だったがいつもの通学路には学生などいない。
その道を逆走するように僕らは私服で駅まで向かうのが、どこか非日常的だった。
僕と留美さんは歩いているときは会話がほとんどない。
これは僕の事を留美さんが気遣ってくれているからだ。
でもときどき見かけた変わったものを指さしたりしながら、会話が無くても時間を共有して⋯⋯いい気分だった。
そうしていると事務所に着いた。
事務所の場所はほんの2駅ほど離れているだけである、案外近所なのだ。
こうしていつも通りに僕らのレッスンは始まったのだった。
そしてお昼休憩である。
僕は作ってきたお弁当を留美さんと二人で食べる。
「ほーら、留美さんの大好きな『アリス』ですよ~」
「それはもうやめてよアリスケ君。 ⋯⋯あの時は『アリスの作った唐揚げが大好き』って言おうとしたんだから!」
そうやって僕らはじゃれ合いながら事務所の中庭で、まるでピクニックのようにお弁当を広げていた。
その時である。
「ん⋯⋯? なにかあったのかな?」
「なんか騒いでいる人が居るわね⋯⋯」
どうやら女の人がわめいて警備の人に捕まっているみたいだった。
「『アリス』に会わせて! そしたら暴れないから!」
そう叫んでいるのは小さな女の子だ。
なんか真っ白なフワフワした服装で、深窓の令嬢といった感じの帽子まで被ってしかもサングラスまでかけていた。
「⋯⋯アリスに会いに来たファンみたいよ?」
「やだなあ⋯⋯ストーカーかな?」
僕はなんとなく映子さんの事を思い出していた。
あの時は姉の知り合いだとすぐにわかったからそれで良かったが、やはり知らない人に追いかけられるのは恐怖である。
そんな時だ、その白い女の人が警備員に突き飛ばされて転んだのは。
「大丈夫かい、君!」
警備員も焦っているようだった。
僕は少し離れたところから思わず口にしてしまった。
「アリス!?」
その少女は日本人とは思えない、真っ白な髪の毛だった。
まるで『アリス』が現実に居るようだった。
だがその一言がその少女に聞こえてしまった⋯⋯。
「今、アリスの声が!?」
そしてキョロキョロと周りを見渡す⋯⋯ヤバい。
僕らはとっさに逃げられなかった。
そしてバッチリと目が合ってしまったのだその少女と⋯⋯留美さんが。
すると弾かれたようにその少女は走って来た。
「今の声! あなたが『アリス』なの!?」
どこか必死そうだった、その少女は。
しかし普通の日本語で、どうやら外国人ではないらしい⋯⋯この見た目で?
アルビノ⋯⋯なのだろうか?
真っ白な髪の毛で、外見に凄い特徴のある美少女だった。
それこそ一度会えば忘れることはないだろう。
⋯⋯つまり知らない人だった、これでストーカー確定である。
「⋯⋯」
留美さんは無言でアイコンタクトを送ってくるが、どうしようもない。
幸い近くにいる警備の人が駆け寄ってくる、どうにかしてくれるだろう。
案の定その白い少女は警備員に捕まり、引きずられていく。
「お願いアリス! 答えて! 私『霧島紫音』なの! この名前覚えていないの?」
その声は必死だった。
だがそれ以上に驚いたのがその『名前』だった。
「霧島⋯⋯紫音君⋯⋯なの?」
「⋯⋯え?」
その時初めてその白い少女は僕を見たのだった。
そしてキョトンとしていた。
僕の口から出た声が『アリス』だと気づいて⋯⋯。
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