#038 『アリス』に会いたい!
私はネーベル⋯⋯いや、今やただの敗北者のニートである。
必死こいてたたき出したマリオンカートのタイムはあっさりとアリスに敗れた。
しかも日本記録のおまけまで付いてだ。
こんなにも叩きのめされたのはVチューバーになって以来初めての事だった。
そのショックで私は仕事を休むほどだったのだ。
デビュー以来1日たりとも休まなかった配信モンスターの私が⋯⋯。
幸い事務所も休みなく配信する私には思うところがあったらしく、暫く休むことを許してくれた。
だが⋯⋯ファンのみんなは許してくれるのだろうか?
休みが1日伸びるごとに復帰が難しくなる予感がする。
もう私の帰りなど誰も待ってはいないのではないのか?
私、飽きられてしまうのではないのか?
不安ばかりが募るのだった。
でも⋯⋯それでも今は知らなくてはいけないのだ!
我が最大のライバルであるアリスの事を!
そのために私は仕事を休んでまでアリスの、これまでのアーカイブを全てチェックしているのだ。
今更中途半端は出来ん。
「しかしわかっていたが、アリスはホントにゲームが上手いな⋯⋯」
とはいってもその内容は私と完全に被っていたわけではなかった。
アリスのゲーム配信はレトロゲーム、つまり『ファミリーステーション』に集中していたからだ。
私も『ファミリーステーション』のゲームはするが、どちらかというと最新機種のゲーム配信が多い。
いわゆる今が旬という売れ線のゲーム配信が私の領域だった。
むしろアリスはまったくと言っていいほどウケの良さを意識していないようだった。
ここに大きな特徴があったアリスの配信には。
アリスのチャンネル登録者はその大半が30~40代の男性なのである。
そう、私の奪われたシェアとはそのあたりの客層なのだった。
つまり最近の新しいゲームには興味の無い、昔の懐かしのゲームの追体験を楽しむ層なのだ。
「人数としてはそう大したこと無いんだが、経済力がな⋯⋯」
生々しい話、その辺のおっさんたちのスパチャは高額なのだ。
手放すにはあまりにも痛いくらいに⋯⋯。
「けど対抗してレトロゲーム中心になったら、私のメイン客層である若い人にそっぽを向かれるかもしれないし⋯⋯」
結局のところアリスとは全面戦争でつぶし合うのは、危険だというのが分析結果だった。
むしろアリスを上手く利用した方が収益につながる可能性があるのではないか?
というのが今現在の分析結果である。
そして⋯⋯。
「コイツ、ムカつくな⋯⋯」
思わず零れた言葉に、自分自身が驚いた。
それはアリスが本当に楽しそうにゲームを配信しているからだ。
私とちがって⋯⋯。
いや私だって楽しんではいる、そこに嘘はない。
でも⋯⋯。
配信は仕事だという意識が、私の根底にはあるのだ。
だから楽しさだけではやっていけない。
ファンを、リスナーを、視聴者を楽しませることだけを考えなくてはいけない。
そのためならやりたくないゲームでもやった。
公式とコラボするために面白くもないゲームでも楽しんでるフリをして、楽しそうに振る舞った。
私の配信を見て、そのゲームの売り上げが上がれば企業としても大喜びだ。
「⋯⋯私は真っ黒な大人だ。
アリスの配信でゲームの売り上げが伸びる事は無いだろう。
それくらい昔の絶版ゲームしかしていないからだ。
しかもそのゲームの選び方の基準がことごとく私の好みに引っかかるのが悔しい。
「私もやりたかったな⋯⋯こんなふうに」
私はVチューバーとして生きている。
いや⋯⋯それ以外の生き方は出来ないと言っていい。
だからアリスのようには生きられない。
それを自覚して⋯⋯悲しかった。
「⋯⋯見るんじゃなかったな、
けどアリスの過去のアーカイブを見ることを止められなかった。
いつしか私はアリスに魅了されていたからだろう。
自分がなれなかった理想像に⋯⋯。
「ん⋯⋯? 麻雀の配信もあるのか」
その動画は他とは違った。
そりゃそうだ、今までのゲームではなくてリアルでの麻雀のプレイ動画なのだから。
「これがアリスの手か⋯⋯」
不思議な感覚だった。
ゲーム以外の趣味の無い、現実に存在しない少女だと思っていたアリスが実在していると思って。
「⋯⋯こいつ意外とダーティーだな」
その麻雀配信では平気でイカサマの連続だった。
まるでマジシャンのような鮮やかな手つきが実に手慣れていたのだった。
そしてそれはきっと現実でもアリスはゲームを愛する人なのだという事なのだろう。
現実では意外と真っ黒なのかもしれない、アリスも⋯⋯。
その時だった私の中に衝撃が走ったのは!
それはイカサマ看破のためにアリスの手がマロンに捕まったシーンだった。
カメラの前で大きく開かれたアリスの手に、私は衝撃を受けたのだ。
「手のひらに傷跡がある?」
その事実が何かを思い出させる。
あれ?
何だっけ?
前にあの傷跡、見たような気が???
頭が痛い⋯⋯過去の記憶を思い出そうとするといつもこうだ。
「危ないア──」
私は高いところから植木鉢を落としてしまった。
そしてその落下点の近くに友達がいた。
幸い直撃せずに済んだが、その破片は友達の手のひらを傷つけた──。
「⋯⋯ア⋯⋯リス?」
心臓がドクドクしている。
知ってる、この怪我を!
アリスを私は知っている!?
私には子供の頃の記憶が無い⋯⋯。
その失われた時間をアリスが知っている!
そう思った私は居ても立ってもいられなかった。
スマホを掴んでマネージャーに電話をした。
早く⋯⋯早く、でてよ!
「はい坂上ですが、どうしましたネーベルさん?」
「アリスに会いたい!」
「⋯⋯え?」
「アリスに会いたいの! どうにか出来ないマネージャー!?」
「それはコラボしたいという事ですか?」
「コラボ? ⋯⋯それでもいい、会えるなら何でも!」
少し間があった。
「⋯⋯それは難しいですね」
「なんで?」
「他社のVチューバーなので⋯⋯」
至極まっとうな理由だった。
「仕事じゃなくてもいいの、プライベートで会えないか頼んで!」
「えー⋯⋯」
すごく嫌そうな返事だった。
「お願いマネージャー⋯⋯。 こんな我儘はこれっきりだから会わせて、アリスに」
「⋯⋯まあ交渉はしてみますが、期待しないでくださいよ」
「ありがとうマネージャー!」
「それでネーベルさん、お休みはいつまでですか?」
「今夜から配信再開します!」
「そうですか、それなら良かったです」
そういってマネージャーは電話を切った。
「⋯⋯アリスに会える?」
それは私にとって大きな意味を持つ。
かつて大きな交通事故で記憶障害のある私の過去との邂逅だからだ。
── ※ ── ※ ──
「吾輩復活である! 今夜の配信はミラクルマリオネットシスターズだ!」
なぜかそれを無性にしたくなった。
きっと忘れてしまった子供時代にアリスとしていたゲームに違いないのだから。
⋯⋯しかし難しいなマリオンは。
最近のマリオンメーカーで作られた鬼畜コースに慣れている吾輩でも苦労する。
結局全面クリアに5時間もかかってしまった。
⋯⋯でも久しぶりに楽しかったから、いいか。
── ※ ── ※ ──
その日の私の配信は大盛況だった。
しかしその配信の後のマネージャーとの電話の内容は、アリスとのコラボは不可能だという返事だった。
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