#039 そして二人は『また』出会った

 警備員に引きずられていく少女は僕の呼びかけに硬直していた。

 突然固まった少女に警備員も困惑している。

 だが⋯⋯それ以上に困惑しているのは僕も同じだった。


 彼女が口にした『霧島紫音』は、よく知った名前だ。

 それは数年前まで一緒にいた僕の親友の名前なのだから。

 が⋯⋯断じてこんな美少女の名前ではない。


「え⋯⋯? あなたが『アリス』なのおぅ⋯⋯?」


 その白い少女もまた固まっている。

 そりゃよく見たら僕が女ではないことなどすぐにわかるのだから。

 おそらくこの少女も僕と同じ能力『ダメ絶対音感』を持っているのだろう。


 ⋯⋯いや無くても僕の声ならすぐに判別できるか?

 この子が遠くの『アリスの声』に反応して留美さんを見たという事は、アリスの事を女だと信じていたんだろうな⋯⋯。


「⋯⋯君が4・5年前まで隣の町に住んでいた霧島紫音君なら⋯⋯僕の友人だけど?」


 そう言いながらも僕はそれはあり得ないと思った。

 僕の覚えている紫音君はいっこ年上の兄貴分だったからだ。

 当然僕よりも身長は高くて⋯⋯こんなチビな女で真っ白な髪の毛ではなかった。


「あなたがアリス? え? でも男???」


 まるで脳が破壊されたような反応だった彼女は⋯⋯まあ気持ちはわかるけど。


「『アーちゃん』って言えばわかるかな?」


 たしか当時はそんなあだ名だったはず。


「──!? そうよ! アーちゃんよ!」


 まるでその少女の記憶が蘇ったかのようだった。


「そうだ、アーちゃんはどこへ行くにもついてくる私のカワイイ子分で⋯⋯」


 そして黙った。


「⋯⋯違う? こんな背が高くなかったよ、アーちゃんは!」

「あれから伸びたんだよ!」


 なにせあれから4年は経ったのだ。

 僕の身長もかなり伸びた⋯⋯はずだ。

 それでもクラスでは低い方なのだが⋯⋯。


「それよりも! アーちゃんって女じゃなかったの!?」

「そっちこそだよ! 紫音君こそ男じゃなかったの!?」


 僕は思い出す⋯⋯紫音君を。

 自分のいっこ年上で身長も上の⋯⋯ドブ川で平気でカエルを掴んで持ってくる、兄貴のような親友の事を⋯⋯。


 そのためいつも半ズボンだった気がする、紫音君は。

 あの姉でさえスカートだったのだ、当時は⋯⋯。

 そのため僕の中ではズボンは男だと刷り込まれていたのだろう⋯⋯。


「そんな⋯⋯アーちゃんが男だったなんて⋯⋯」


 なんかショックを受けているようだった。

 こっちもショックだよ!


 そういえば紫音君はやたらと僕の目の前ではカッコつけてた覚えがある。

 なんか高いところからよく飛び降りるのが好きだったような記憶がある。

 ⋯⋯今にして思えば僕にいいところを見せたかったんだろうか?


「⋯⋯あの? お知り合いなんですか?」


 警備員がおずおずと聞いてくる。


「知り合いというか⋯⋯昔の友達?」


 正直昔の面影など皆無である、性別すら変わっているのだから⋯⋯。

 しかしどうやら知っている紫音君本人だという事は間違いないらしい。


 こうして僕の弁護で紫音君⋯⋯もとい紫音さんは釈放となった。

 今では僕らの用意したピクニックセットのレジャーシートにチョコンと座っている。

 その姿は可愛らしいが⋯⋯昔の面影が全くなくて困惑するだけだった。




「まさかアーちゃんが男だったなんて⋯⋯」

「そういや紫音⋯⋯さんはカナズチだとか言って一緒にプールとか行かなかったな⋯⋯」


 もしもそういう機会があれば、その時に気づいていたんだろうか?


「カナズチ? 私、泳げなかったの?」

「何言ってんの? 自分の事でしょ?」

「⋯⋯私、昔の事あんまり覚えていなくて」


 その時だった。

 一緒に居た留美さんが気づいたのは。


「あの⋯⋯間違っていたらごめんなさい。 あなたもしかして、ネーベル様?」

「あ⋯⋯うん、私ネーベルだよ」


 へ⋯⋯?

 ネーベル? ってネーベル・ラ・グリム・紫音の事!?


 この『ダメ絶対音感』を持つ僕が気づかなかったなんて⋯⋯。

 ⋯⋯まあ外見とのギャップでいっぱいいっぱいだったし、仕方ない。


「えーと紫音さんって、本名でVチューバーしてたんだ⋯⋯」


 なんだかよくわからない事を聞いていた。


「両親が残してくれた『名前』だからね」

「両親?」


 そういえば紫音君はどうしてVチューバーをやっているんだ?

 僕のいっこ歳上なのだから今頃高校生のはず、あんな配信モンスター出来る訳ない。


「死んじゃった⋯⋯父さんと母さんは」




 あの頃あった紫音君の家はご近所でも大きな家だった。

 きっと裕福な家庭だったに違いない。


 でも今では無くなっている、それは僕が小学6年生の時に引っ越したからだ。

 親の仕事で転勤になったからだったはず⋯⋯。




「あのおじさんとおばさんが死んだ?」

「うん」


 その時の紫音さんは特に悲しそうでも無かった、少し違和感があるくらいに。


「あの後、引っ越した先で交通事故にあった。 その時に両親は死んじゃったらしい」

「らしい⋯⋯って?」

「覚えてないのよ⋯⋯その事故で私、記憶が無くなってて。 しかも目が覚めたら私15歳だった」


 つまり紫音さんはその事故で数年間意識が戻らなかったという事?

 その事実に僕も留美さんも絶句している。


「それは⋯⋯大変だったね、紫音さん」

「大変だったのかな? 実感なくて⋯⋯自分の事なのに」


 おそらく紫音さんはその事故で記憶が飛んだんだろう⋯⋯可哀そうに。


「まあ大変だったのは遺族の方ね」

「遺族って紫音君の親戚?」

「お父さんの兄夫婦が居たらしいけど、財産持って逃げた⋯⋯らしい。 その後蒸発したって」


 とんでもないヘビーな現実だった。


「正直記憶飛んでて良かったと思ったわ。 きっと許せないだろうから⋯⋯」


 何がいいのか悪いのか、僕が決める事ではないな⋯⋯きっと。

 もう紫音さんの中では決着がついているんだろう⋯⋯僕なんかが口をはさむ事じゃないのかもしれない。


「その事故の影響で私の過去はもう断片的で⋯⋯もう諦めていたんだけど『アリス』の事知って⋯⋯」

「僕の事?」

「あなたの手、見せて」


 僕は自分の手を紫音君に見せた。


「この怪我⋯⋯覚えている。 私が植木鉢落とした時の怪我でしょ!」

「そうだっけ?」


 ヤバい⋯⋯覚えていない。

 僕も男の子らしく、その頃は生傷が絶えなかったし⋯⋯。


「覚えていないの!? じゃあゲームショウに行ったことは?」

「⋯⋯たしか紫音君のお父さんの紹介で連れってってもらったような?」


「そう! その時私はレースにエントリーしていたけど、急にお腹を壊してアーちゃんが代わりに出てくれて⋯⋯」

「それで僕が勝ったっけ」


 その時、目の前の少女シオンの目から涙が零れた──。


「覚えている⋯⋯私、覚えている⋯⋯アーちゃんの事!」


 そして泣きながら紫音さんは僕に抱きついたのだった。

 あの頃とはまったく違う姿形で⋯⋯。

 それは僕も同じなのかもしれないが。


「久しぶりだね⋯⋯紫音君」

「会いたかったよ⋯⋯アーちゃん」


 こうして思わぬ形で僕らは『また』出会ったのだった。

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