#036 Vチューバー最速伝説

 ボクはアリス、デビューして1月を越えたVチューバーである。


 そして今夜の配信は2回続けての『マリオンカート』だった。

 このゲームは大人気アクションゲーム『ミラクルマリオネットシスターズ』のキャラクター達が、ちっこいカートに乗って大激走するレーシングゲームである。

 ボクは普段は同じゲームの配信を続けて行う事は無かったのだが、今回は特別だった。


「ふっふっふっ! ようやく昔の勘が戻って来たー!」


【アリス設定覚えている?】

【必死で草w】


 ボクはこのマリオンカートにはちょっとした自信がある。

 しかし昨夜やったのは実に4年ぶりくらいで、いろいろ甘かったのだ。


 そして今、昔の記憶を呼び覚ましながら最速タイムをたたき出すべく激走を繰り返していた!

 そのために実家に久しぶりに帰って、マリオンカートのタイムアタックの記録を書いた㊙︎ノートを持ってきた。


 ⋯⋯そのさい母に、先日の麻雀での事をこっぴどく叱られた。


「あんなイカサマじゃ実戦では通用しない! バレたら指詰められるわよ!」


 である⋯⋯。


 むしろ母は開幕の姉の燕返しは褒めていた、音もなくタイミングも度胸も良いと。

 なんか不公平な気分だ⋯⋯。


 なお父からは⋯⋯、


「お前⋯⋯メイド服とか着たのか?」

「うん」

「⋯⋯楽しかったのか?」

「⋯⋯女装はあんまり、でもみんなでバカ騒ぎ出来て楽しいよ」

「そうか、そうならいいんだ、父さん信じているからな!」


 そう強く肩を叩かれたもんだ。

 信じて父さん、あなたの息子は立派な男の子です。


 まあ、それはさて置き⋯⋯。


「うりゃあ──っ、ここでインド人を右に!」


 当時の最速ノートのポイントを再現するために3時間もかかった。

 ボクの配信としてはわりと長い方だった。

 なにせ明日も学校があるのだから。


「でた! 57秒台!」


【すげーアリス!】

【早い素晴らしく早かったぞ】


 やった──! 自己ベストタイム出たぞ!

 ようやくボクは全盛期に戻れた!

 するとコメント欄がざわめきだした。


「ん⋯⋯なになに?」


【祝アリス公式日本記録タイ!】


 ん⋯⋯日本記録?

 その言葉にボクは少し昔のことを思い出した。

 あーそんな事あったなー⋯⋯。

 ヤバいかもしれない⋯⋯。


「えー日本記録なんですか? やった! ボクってすごいね!」


 かなりワザとらしくゴマかしたが⋯⋯まあ、大丈夫だろう。


 その後お祭り状態でお祝いスパチャの嵐となり、そのお礼に1時間もかかってその日の配信は終わったのだった。


 ── ※ ── ※ ──


 その次の日、木下さんが自宅にやってきた。


「木下さんいらっしゃい」

「おめでとう有介君! 日本記録なんてすごいわ!」

「⋯⋯どうも」


 木下さんはなんかはしゃいでいるが僕は少し冷めていた。

 でもはしゃいでいる木下さんってなんか可愛いな⋯⋯年上の女性にこんな感想は失礼かもだけど。


「昨夜のアリスの最速動画は公式の方で切り抜いてアーカイブにしておいたわ! 再生数がうなぎのぼりよ!」

「それは⋯⋯良かったです」

「それでね有介君! 実は日天堂の方から特別に表彰したいって打診が来たんだけど!」


 ⋯⋯ヤバい。


 ちなみに『日天堂』とはマリオンシリーズでお馴染みのゲームメーカーである。

 その日天堂に表彰される⋯⋯とても名誉なことだった⋯⋯しかし。


「その話、お断りしてください」

「⋯⋯え?」


 まさか断るとは思ってなかった顔だな木下さん。


「どうしたのアリスケ、顔出しが嫌なの? その辺はVチューバーだから考慮してくれるわよ」

「そういう訳じゃなくて⋯⋯その⋯⋯」

「有介君ハッキリ言って! この件は社内でも重要案件なのよ! でもタレントの意志をないがしろにする気はないのよ」


 木下さんはいい上司だ、そんな出会いに感謝なのだが⋯⋯。


「僕がその表彰を受けれないのには理由があるんですよ」

「理由?」

「その公式タイム出したの⋯⋯僕なんで」

「⋯⋯え?」


「なに? じゃあこの日本一ってアリスケなの!?」

「うん、そうなんだ。 たしか4・5年前のゲームショウでタイムアタックの大会があって友達と一緒に行ったんだ、その時に⋯⋯」


「その頃って⋯⋯有介君、小学生の時からゲーム上手かったのね」

「てかアリスケ、あんた友達いたんだ⋯⋯」

「居たよ! その頃は⋯⋯まあ小学生だったし、この声もさほど気にならなかったし」


 そういやその友達と出会ったのは姉が大学に行って別居してからだったな。


「なるほど⋯⋯、つまり同一人物が同じタイムで2回表彰されるのはマズイという事ね」

「記録更新だったら素直に受け取ったんだけどね⋯⋯」

「しかしアンタ、器用によく同じタイム出したわね」

「同じタイムがやっとだったんだよ。 なにせ昔の記憶のトレースで走っていたからさ」


 マリオンカートの非公式な世界記録など何をやっているのか僕でも理解不能な領域なのだ、ここから僕がさらにタイムを削るのは膨大な修行が必要だろう。

 正直そこまでの情熱は無い、ゲームは楽しんでこそだ。


「⋯⋯先方にこのことを説明してそれでも表彰してくれるなら有介君は、いえ『アリス』は受け取ってくれるのね?」

「ええ、その時は胸を張って」

「アリスに張る胸無いじゃん」

「やかましいね、ねえさんは!」


 こうして話がまとまって木下さんは大急ぎで仕事に戻っていった。


「木下さんに恩返しができたかな?」

「こうやって注目を集めれば企業からのコラボなんかも増えて次の仕事に繋がる可能性が広がるからね、そりゃ大喜びよ」

「ならそれでいいか」


 これで僕の中ではこの話は終わりだった。

 自分の事よりも誰かの役に立てたことが嬉しかった、それだけだった。

 しかし後日──。


 日天堂からボクにサプライズが届けられたのだった。

 そのトロフィーにはこう書かれていた。


 [マリオンカート特別公認日本記録カップ]


 ⋯⋯と。

 そのカートのタイヤの形のトロフィーとともに日天堂から手紙も添えられていた。


『長年にわたり我が社の開発したマリオンカートをお楽しみいただき誠にありがとうございます。 開発チーム一同これ以上ない喜びであります。 今後ともゲームを愛するVチューバーアリス様のご活躍をお祈りします』


 これが家に届けられた時、僕の胸は熱くなった。

 ゲームをやってて良かった。

 そして──。


「これは『アリス』宛てにだから、いいよね」


 そのトロフィーの写真を撮って、アリスの公式ツイッターでファンのみんなに報告したのだった。

 手紙の方はナイショだ! こっちはボクだけの独り占めだよ!


 このせいかその日から、僕のチャンネルの登録者が激増し始めたのだった。

 怖いくらいに⋯⋯。

 うんまあいいや、コレはアリスのフォロワーだし僕とは関係ないよ。


 よくわからない理屈で僕はあまり考えないことにしたのだ。

 アリスはアリス、僕は僕だ。

 僕はこれまで通りみんなとゲームをして楽しければそれでいい。


 そう僕はアリスの登録者数『50万人』という現実から目をそらすのだった。

 だって50万だよ!?

 現実感無い⋯⋯。


 おそらくこの中の1000人にだって僕は出会う事はないのだ。

 だから数字なんて10万人も50万人も大した違いは⋯⋯あるよなあ⋯⋯。


 そう考えると姉さん達はホント凄い。

 マロンは120万人ルーミアは90万人エイミィは80万人のフォロワーが居るのだから。

 それで普段から平気な顔しているのだ。


 そう考えると僕の50万人なんてまだまだ⋯⋯なのだろうか?

 しかし僕は後に知る。

 日本のVチューバーでは最速で50万人を突破した新記録なのだと。


 現在日本最高のVチューバー『ネーベル・ラ・グリム・紫音』[(株)ポラリス・虹幻ズ所属]の出した2か月という記録を僕は塗り替えたのだった。

 ⋯⋯1月ちょっとで。


 とはいっても向こうはVチューバー黎明期の大先輩だからな。

 Vチューバーが広く認知された今の僕とは環境が違うし。

 ネーベルさんと比べるなんて烏滸がましいよ、僕には。


 なにせ相手は現在登録者数200万人の日本最強のVチューバーなのだから。


 こうして『アリス』の名前は大きく知れ渡る事となった。

 日本最速のVチューバーとして。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る