#035 最強Vチューバーの逆襲!?

 時間は午前5時頃だった。


「ククク⋯⋯そろそろ日ものぼるとき、我も眠りに就こう。 だが社畜諸君! 残念ながら貴様らは寝不足の体を引きずったまま満員電車で居眠りするがよい!」


 そう画面の中で、白髪で巨乳なヴァンパイアのアバターが楽しそうに喋っていた。


【嫌な現実だ】

【月曜日が街にやってくる】

【これがササエさんシンドロームか】

【ワイニート低みの見物】


「それでは諸君! 健康には気を付けてまた来るがよい! 吾輩待っておるぞ!」


 こうしてエンディングテーマが流れて⋯⋯今日の配信も無事に終わった。


 ── ※ ── ※ ──


 はふー、疲れたよー。

 今日も長時間配信、私頑張ったよー。

 でもまだお仕事終わりじゃないからね。


 私は機材をちゃんと切ってからマネージャーに電話を始めた。

 私は配信事故を起こすような素人バカではないのだ!

 ほんの数コールで電話に出た、さすが私のマネージャー今日も残業お疲れ様!


「あ、もしもし。 今日の配信終わりました」

『はいこちらでも確認しました、お疲れ様』

「それであの⋯⋯今日はどうでしたか?」

『とりあえずデータは送っときますので、それ見てゆっくり休んでくださいね』

「はい、了解です!」


 そして電話を切った。


 ほどなくしてマネージャーからのデータが送られてきた。

 これは今夜⋯⋯と言ってもすでに夜は明けているが。

 そのデータ集計である。


 時間帯別の視聴者数やスパチャの金額など多岐にわたる。

 私はただ配信するだけのそんじょそこらのVチューバーではない。


 業界トップのVチューバー『ネーベル・ラ・グリム・紫音』なのだから!

 ⋯⋯それはさておき。


「やっぱり数字が落ちてる⋯⋯」


 1月ほど前から緩やかにファンが離れつつある。

 それでもまだ業界トップの地位は揺るがないセーフティーリードだけど、このまま続けば。


「せっかく築いた今の地位を失うわけにはいかないのよ、私には⋯⋯」


 とりあえず今は眠い⋯⋯少し寝て、それから考えよう⋯⋯今後の対策⋯⋯を⋯⋯。

 zzz⋯⋯。


 そのまま私は寝てしまったのだった。




 再び私が目覚めたのは。昼も過ぎた15時頃だった。


「世の労働者が働いている間、私は惰眠をむさぼる⋯⋯なんて背徳的⋯⋯」


 そんな事を言いながらレンジに冷凍食品を突っ込んで加熱する。

 その間にシャワーを浴びておく。それがいつのも私の生活リズムだ。


 個人的にだが加熱した直後の食べ物は熱くて味がわからん、ほどよく冷めた物が私の好みだった。

 さっと汗を流すだけの烏の行水で風呂場から出た私は。大きなサイズのシャツだけ着て食事をとる。

 このさっぱりした身体にゆったりしたシャツだけなのが心地よい。

 どうせ誰も見てないのだから下着も要らない、この方が開放感があって気持ち良いのだ。


「この冷凍ピザ美味しい、また買おう」


 そのピザを牛乳で胃に流し込む、牛乳は大事! もっと身長が欲しいから!


 ⋯⋯私はまだ諦めてはいないのだ!

 胸ばかり膨らむな! もっと縦に伸びろ私の体!

 私の成長期はまだ終わっていない!


 そんな事考えていたらマネージャーからの電話だ。


「はい、もしもし」

『おはようございます、今お時間いいですか?』

「お願いします」

『では頼まれていた調べものですが──』


 私が以前にマネージャーに頼んだ調べものとは、私の最近のチャンネルの下降原因の調査である。

 そしてそのレポートは予想通りのものだった。


「ホロガーデンの方に視聴者を取られている⋯⋯か」

『そういう結論になります』


 私の所属するVチューバー事務所『虹幻ズにじげんず』は、ハッキリ言って業界最大手のVチューバー事務所だ。


 しかし去年になってライバルが現れた。

 ヴィアラッテアとかいう他社がVチューバーの事業を始めたからだ。

 その名を『ホロガーデン』という⋯⋯目障りな奴らだった。


 しかし素人の寄せ集めとタカをくくっていたのだが⋯⋯今年に入って急成長し始めた。

 その結果、私の同僚たちは大きく業績を落としているようだ。

 幸い私は既に大きく盤石な地位を築いていたから、そんな事とは無縁だったのだが⋯⋯。


「でも何故? いきなり1月前からなんで? 何か変わったことがあったのかな、ホロガーデンに?」


 そんな私の疑問にマネージャは答えてくれた。


『ちょうどその頃ホロガーデンから、新人がデビューしてますね』

「⋯⋯新人が?」


 そんなぽっと出の奴にやられるような私じゃないと思うが?


『なんかすごくゲームが得意な子ですよ』

「それか──!?」


 私のメインコンテンツとモロ被りではないか!

 私は夜の20時くらいからのゲームの長時間耐久配信がスタイルなのだ。


「その新人の名は!?」

『たしか──』


 私はすぐに電話を切って部屋のパソコンでその『アリス』の配信アーカイブを検索した。


「登録者数⋯⋯25万人!?」


 デビューから1月でこれはかなりのペースである。

 見ると配信の時間も私と同じ20時からになっている。


「コイツの! コイツのせいで──! ⋯⋯とりあえず見てみよう」


 とりあえず最新のアーカイブを見ることにした。


「ほう⋯⋯『マリオネット・カート』か⋯⋯」


 このゲームは大人気『ミラクルマリオネット・シスターズ』のキャラクター達で行われるカートのレースゲームだ。


「アバターは⋯⋯ふむ、なかなか可愛いではないか! 私好みの銀髪美少女! ⋯⋯でもずいぶん貧しい胸だな、人気取る気無いのかこの女は?」


 アバターは盛って揺らすだけで結構視聴者を稼げるもんだと思うのだが⋯⋯違うのか?

 そんな事を考えながら見ていたらゲームが始まった。


「トークは並みだな⋯⋯⋯⋯はい?」


 その始まったゲームのレースを見て私は固まってしまった。

 なんてエグイライン取りなんだと⋯⋯。


「コイツ⋯⋯ガチ勢か!?」


 普通のVチューバーのゲーム配信など「私、ゲーム苦手で~」とかやってるもんだと思っていた。

 私のゲーム配信はスーパープレイを見せつつタイムも稼ぐエンタメだ。

 そのためなら深夜の完徹だってやってのける!


 ⋯⋯まあその分、昼間寝ているのだが。


「モロ被りじゃないか⋯⋯コイツと私は」


 見ているとその最初のコースのタイムは58秒台を叩き出していた。

 このコースだと1分を切るかどうかが凡人とゲーマーの境界と言われている。


「⋯⋯去年私が出したタイムより0.5秒も早いのか?」


 負けた⋯⋯この私が⋯⋯。

 人生のすべてをゲームとVチューバーに賭けている、この私が!?


「うがあああぁ──っ! 認められるかぁ──っ! 今日の配信予定はキャンセルだ! 私もマリオンカートやるぞ!」


 ── ※ ── ※ ──


「フハハハハッ! ようこそ仕事で疲れ切った諸君! 今夜も吾輩で楽しんでいってくれ! 今夜の配信は予定を変更して『マリオンカート』をするぞ! 目指すは世界記録だ!」


 こうして私のプレイは始まった。

 しかしマリオンカートは1年ぶりで去年の自分のタイムにすら追いつけない。


 くそ! 錆びついているな吾輩! 不甲斐ない!

 ようやくカンを取り戻したのは3時間を過ぎたころだった。


【みるみるタイム削ってて見てて気持ちいいなw】


「おーしっそうだ! 応援しろみんな! 目指せ世界一だっ!」




 ようやく⋯⋯ようやくあの『アリス』とかいう新人の小娘に0.2秒勝った⋯⋯。

 つ・か・れ・た⋯⋯。


「皆のものよく付き合ってくれた。 吾輩、皆の応援で頑張れたぞ、感謝しているぞ⋯⋯」


【疲れ切ってて草w】

【凄い集中力だったな】

【見ごたえあったな】

【お疲れネーベルちゃん】


「うむ! 今日もみんな元気で仕事に行くのだぞ!」


 ── ※ ── ※ ──


 こうして吾輩はいい気分で配信を終了したのだった。

 ククク⋯⋯やはり吾輩こそがナンバーワンなのだ!

 みたか⋯⋯アリ⋯⋯ス⋯⋯め⋯⋯zzz⋯⋯。




 夢を見た。

 とても懐かしい夢を。


「シオン君、遊ぼーよ!」

「おう! いいぞ、ア──」




「はがっぁあ!?」


 あ⋯⋯寝てたのか?

 しまった、仕事の終了の報告忘れていた⋯⋯マネージャー怒ってないかな?

 すぐに電話をしたのだが怒られずに済んだ⋯⋯セーフ。


 寝起きで焦っていた私は今さっき見ていた夢の事など記憶から消し飛んでいた。


 そしてスマホでエゴサーチの時間だ。

 ふふっ⋯⋯昨日は私すごく頑張ったから、きっとすごくまとめサイトで大きく扱ってくれているハズ──!?


 [Vチューバーアリス、マリオンカートで公式日本記録タイのタイムをたたき出す!]


 という記事がそこには踊っていたのだった⋯⋯。


「うっがあああぁ! なんでだよっ!」


 私は思わず手の中のスマホを叩きつけてしまったのだった。


「ああっ! 私のスマホが!」


 ⋯⋯よかった壊れてない、ベッドの上で良かった!

 しかし⋯⋯くそ!


 この時私は確信した!

 このアリスこそが私の最大の敵だという事が!


「負けられない⋯⋯負けるわけにはいかない! だって私は勝たなきゃいけないんだから!」


 それが吾輩、日本最高の登録者数を持つナンバーワンVチューバー『ネーベル・ラ・グリム・紫音』の戦いの始まりだったのだ。

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