#034 新しい私の夢のかたち
あれは1週間前のことだった。
たしかアリスの3D化の記念に麻雀配信を行った翌日の事だ。
その日私は学校から帰ると、次のジェネシック昔話の原稿を書いていた。
⋯⋯でも。
「やっぱり一人で全部の声を出すのは無理があるか⋯⋯」
このジェネシック昔話は声優を目指しながらも今はVチューバーをやっている私の、トレーニングを兼ねた趣味だった。
その記念すべき第1回目の『真説 モモタロウ』は独立したアーカイブとして現在はアップされていて、順調に再生回数を伸ばしていた。
⋯⋯でも。
【ルーミア器用だなw】
【でも無理があるなあ】
【意外と男っぽい声出せるんだ】
【これババアじゃなくて魔女だなw】
などなど感想が多数書き込まれていたのだった。
おおむね好評だが、やはり役の演じ分けは突っ込みどころとなってしまっている。
そうして煮詰まっていたところにアリスケ君が帰ってきて⋯⋯出演してくれることになった。
しかも夕飯の後には真樹奈さんや映子さんまで。
彼らの声質は私とは違う。
これで役の幅は広がるだろう。
でも本当にいいのだろうか?
そこで木下さんに相談したところ⋯⋯、
『4人でするならその動画の収益を4等分すればいいだけだから、あとはあなた達さえ納得すればいいわよ』
との事だった。
4人で相談したが、それでいいという話になった。
それどころか私のコンテンツなのにみんな本気でアイデアを出してくれている⋯⋯感謝しかない。
「このダンスのシーンはどんな曲にするの?」
「え? 曲?」
私はBGMを使うことなど考えていなかったのだ。
「クラッシックなら著作権もないし使えるわよ」
しかしCDなどの音源を勝手に使う事は問題だった。
「じゃあ耳コピでパソコンで打ち込めばいいだけね!」
そう何でもないように言ったのは映子さんだった。
彼女は中学まで海外の音楽関係の学校だったらしい。
だから音楽関連の事なら一通りできるとの事だった。
「映子さんパソコンで作曲できるなら8ビットサウンドとかできるんですか?」
「それってファミステみたいなピコピコサウンドって事? あんなのなら簡単よ」
「へー、やるじゃん映子」
「えへへ⋯⋯、でもファーマーの曲が耳に残っててトラウマがっ!」
「でもだんだん病みつきになる曲なんですよアレ」
「病むのよ! アレは!」
映子さんは音楽の準備をするためにセリフの少ない『お嬢様』役をしてもらう事になった。
「魔女は⋯⋯ねえさんがいいな」
「なんでよアリスケ?」
「だってシンデレラを舞踏会に連れて行くのは魔法使いの役目だから」
「ふーん、私が魔法使いか⋯⋯」
アリスケ君をVチューバーの世界に連れてきたのは、お姉さんの真樹奈さんだ。
アリスケ君がそう思うのもわかる⋯⋯かな?
「あとは留美さんがシンデレラで、僕が王子様──」
「あ、シンデレラはアリスケ君がして」
「──なんですと!?」
「だってアリスケ君の方が『少女っぽい』声だし⋯⋯」
「ぐはぁっ!?」
「あきらめろ、アリスケ」
絶望に打ちひしがれるアリスケ君の肩を真樹奈さんは笑いながら叩いていた。
「本当にごめん⋯⋯アリスケ君」
「いいよ⋯⋯留美さんの為なら⋯⋯」
ふと私はスマホの中のアリスケ君の『メイド服姿の写真』を思い出して、それがシンデレラのイメージピッタリだった事は黙っていた。
でも⋯⋯けっこうカワイイのよねアリスケ君の女装って⋯⋯。
私は密かに次の罰ゲームのある催しを期待していたのだった。
こうして残った王子様役を私がすることになった。
私の声質だと少年役の方が向いてるかも⋯⋯だしね、うんうん仕方ない。
その後みんなでセリフの確認をする。
「なんか普通でつまらないわね」
「そうですか? 真樹奈さん?」
つまらないと言われるのはショックだがクリエイターとしては真摯に聞かなければ。
「どの辺が? ねえさん?」
「なんか普通。 これじゃ私たちがする意味なくない?」
その後、上手く言えない真樹奈さんの意見を私なりに解釈した結果⋯⋯。
「つまりドラマじゃなくて学芸会の方がいいと?」
「おー、それそれ!」
「ねえさんの語彙力⋯⋯」
つまり真樹奈さんの提案は素人がシンデレラを演じるのではなくて、『Vチューバーの私たちが演じるシンデレラにすべき』という事だ。
それが正しいことなのかどうかはわからない。
けど⋯⋯面白そうだった。
そしてすべてのセリフが見直されてアドリブも交えつつ、脚本にも手が入る結果になった。
最初に私が一人で創っていた物の原型はほとんど残ってはいない。
「いいのかな、これで?」
アリスケ君は気にしているようだが私は気にしていなかった。
だってこの方が楽しそうだから!
そして事務所にあるアフレコルームまで借りての収録になった。
ガラスの向こうのブースにプロの音響監督まで見に来ていた。
前に私の声優のレッスンをしてくれた人だった。
「よーし、始めるわよ!」
でも仕切っているのは真樹奈さんだ、素人なのにすごく堂々と。
結局素人の真樹奈さんではできないことは、その音響監督がやってくれたボランティアで。
「こういうお遊びもたまにはいいもんさ、だからクレジットは勘弁な」
どうも名前は出したくないらしい⋯⋯まあこんな学芸会じゃ経歴に傷がつくよね。
でもその音響監督の私たちへの演技指導は厳しかった。
とくに私とアリスケ君には⋯⋯。
やっぱりプロの目⋯⋯いや耳にかかればアリスケ君の声優としての才能がわかるのだろう。
普段あれだけ『アリス』のキャラを作ったまま、ナチュラルに喋りながらゲームしているのだから。
私は普段から胸に秘めていたアリスケ君への嫉妬を自覚したのだった。
⋯⋯でも。
なんかバカらしくなる。
あれだけ楽しそうに声を出しているアリスケ君を見ていたら⋯⋯。
あの声で苦しんだアリスケ君、でもその声で褒められるのもアリスケ君だった。
じゃあ私は?
私の夢は声優だ。
声優は一人じゃできない、一人ならただのナレーターだ。
声優は共演するものだから、いつかアリスケ君と同じ作品の声を演じられたら⋯⋯。
そう思った私の夢は少し変わったのかもしれない、でも⋯⋯。
それもまた声優であることには違いない。
そして1日かけて無事に収録が終わったのだった。
「今日は呼んでくれてありがとう、木下」
「いえ、ご無理を言って申し訳ありませんでした監督」
やっぱり遊びに来たなんて嘘だった、木下さんの計らいだったのだ。
「全員、監督に礼! ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!!!」」」
まるで真樹奈さんが私たちの部活の部長みたいだった。
あとで知ったけど真樹奈さんは学生時代の吹奏楽部の部長だったらしい。
「またな、素人諸君」
「ありがとうございました、監督」
「どうやらレッスンは続けているみたいだな、芹沢留美さん」
「⋯⋯私の事覚えていたんですか?」
「一度聞いた声を忘れないよ、俺は」
それだけ言って監督は帰った。
前にほんのちょっとの間だけレッスンしてくれた監督だった。
あれから半年くらい会ってなかったのに、私の声を覚えていてくれたんだ。
「すごいね留美さんは、ちゃんと褒められて!」
「そうね私と映子なんてろくに指導してくれなかったのに、あの監督」
「私はセリフ少なかったし、真樹奈はそのままの方が面白かったから⋯⋯」
「言ったな映子!」
真樹奈さんと映子さんのいつもの
なんか充実した気持ちで。
「やっぱり留美さんは声優になるべきだよ」
「それはVチューバーを引退しろってこと、アリスケ君?」
「う⋯⋯それはヤダな⋯⋯でも⋯⋯」
「少なくとも学生の間は続けるわよ、Vチューバーを」
私の夢は声優だ⋯⋯でも。
Vチューバーも大好きなのだ、今の私は。
私はもっと欲張りになろう、最高の自分を目指して。
負けないよ、アリスケ君には!
── ※ ── ※ ──
「みなさん今晩にゃー! ルーミアの夜の集会にようこそ、使い魔諸君!」
さあ、楽しい配信の時間だ!
「今夜はジェネシック昔話の新作『真説 シンデレラ』だよ!」
こうして今夜の私のコメント欄は阿鼻叫喚に染められていくのだった。
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