#026 まだ見ぬ夢へ⋯⋯
夕飯も終わり僕と留美さんは一緒にリビングで勉強会をすることにした。
姉と映子さんは一緒に食器を洗っている。
こうしてみると映子さんは姉の通い妻のようだった。
「アリスケ君の得意教科は?」
「理数系かな? 留美さんは?」
「私はどっちかっていうと文系かしら?」
ちょうど教え合える関係でよかった。
そして黙々と勉強を続けていると姉がやってきて僕らの教科書を覗く。
「今の高校生ってこんなの習っているの?」
「そういやねえさんは大学卒業しているし、教えてくれる?」
いちおうダメ元で聞いてみた。
「⋯⋯習ったっけ、これ?」
「私も覚えていないわ⋯⋯」
おーい、この高校卒業組は⋯⋯。
「映子って帰国子女でしょ? 英語教えてあげたら?」
「私が行ってたのはフランスやイタリアで⋯⋯だから英語はちょっと⋯⋯」
微妙に役に立たないお嬢様だな⋯⋯映子さんは⋯⋯。
「海外に居たんですか?」
「ええ、バレエやオペラをやろうとして⋯⋯才能無くてやめたけど」
そしてその後、日本で高卒ニートになったのか⋯⋯。
「だからVチューバーのレッスンでは映子は私の先生だったのよ」
「そんな私が先生なんて⋯⋯」
なんか満更でもなさそうな映子さんだった。
思ってたけど映子さんって、理想が高くて自己肯定感は低いから苦しんでいるタイプのようだな。
あれだけ美人なのに⋯⋯いろいろあるんだな、みんなにも。
僕は声で悩んでて、留美さんは声優を目指していたけどVチューバーをしていて、映子さんは夢破れてVチューバーに⋯⋯。
そして姉は特に何も考えずに、お気楽に楽しくVチューバーをしている。
人生いろいろだなあ⋯⋯。
「ねえさんは大学ちゃんと卒業したのに勉強しなかったの?」
「アリスケ、大学ってのは勉強する所じゃないのよ」
「じゃあ何する所だよ? 遊ぶ所なの?」
「違うわ、社会に出る前に社会を学ぶ所よ」
「どういう事です、真樹奈さん?」
留美さんは奨学金で大学に行くのが目標らしい。
「大学は担任が居ない、クラスもない、時間割だって自分で決める。 全部自分でやらないとなんにもできないのよ」
「高校までとは違うんだな⋯⋯」
「そう。 だから一人の力だと、よっぽど優れていないと大学ってのは卒業できない」
「そうなんだ」
「そのため大学では最も重要なスキルはコミュ力なのよ」
「コミュ力?」
僕の最も劣っている切り捨てている能力だな。
「教授と懇意になったり、サークルに入って友人を作ったりして、今のアンタたちのように得意なことをシェアし合うのよ。 そういう人間関係の構築能力を社会に出る前に学ぶ⋯⋯それが大学なの」
姉の大学論はちょっと特殊なようだった。
僕の想像していた大学生と違った。
それは留美さんも同じだったみたいだ。
「真樹奈って素敵⋯⋯」
そう、うっとりと映子さんは姉を見ている⋯⋯それでいいのだろうか?
今の姉の持論を悪く言えば人を利用して成り上がるという事だ。
正直今のズボラな姉になった理由がよくわかる。
姉は自活できないタイプだからだ。
でも⋯⋯人を引き付ける魅力はあるんだよな、リーダーっぽいというか?
ふだんはダメでもイザという時
⋯⋯まあ言う気はないけど、言えば姉は調子に乗るからな。
こうして勉強に関しては姉も映子さんも戦力外という事がわかり、あてにしないことになった。
その二人は今からコラボ配信の予定だった。
「真樹奈とコラボ~♪」
「くっつかないの映子」
そして二人は姉の部屋に籠った。
するとリビングは僕と留美さんだけになる。
黙々と勉強しているときはいいけど、ふと留美さんを意識してしまう時がある⋯⋯。
この美少女と一緒に暮らして、勉強している事がひどく現実感がない。
そもそもこの生活そのものが夢のようだった。
現実でバカにされてきた声のコンプレックス。
ずっと一人で生きていくと思っていた。
でもここでは誰も気にしない、むしろ褒められる。
そんな人たちに今僕は、囲まれて生活している。
僕はこれからどうなるのだろう?
「留美さんは将来どうするの?」
気がつくとそんなプライベートなことを聞いてしまった。
僕なんかが他人の生き方に興味を持つなんて⋯⋯そんな余裕ができたのかな?
「私の夢は声優よ。 今はちょっと寄り道しているけど⋯⋯」
「声優か⋯⋯それであの『ジェネシック昔話』をやってるんだ?」
ジェネシック昔話とは最近始まったルーミアの人気コンテンツだ。
昔話をベースに面白おかしく脚色して、それを演じてボイスドラマにして聞かせるという。
「ちょっとした声優ゴッコだけどね」
「いいじゃん。 留美さんがやりたいなら、それにアレ面白いし」
「ありがと。 そういうアリスケ君は何になりたいの?」
あらためて聞かれると困るな⋯⋯。
「僕は誰とも関わらずに生きていくのが目標⋯⋯だった」
「だった⋯⋯ね。 じゃあ今は?」
「ずっと先の事なんてまだわからないよ。 でも今は⋯⋯Vチューバーをしっかりとやっていきたいかな?」
「正直私はアリスケ君が羨ましい」
「僕が羨ましい?」
「アリスケ君にとっては嫌だったのかもしれないけど、その声は声優を目指すなら唯一無二の個性で武器だからね」
「僕は留美さんの声好きだよ」
「⋯⋯ありがと。 でもあんまり特徴のない声だからね」
「でも聞いてて心が安らぐというか⋯⋯ホッとするというか?」
「それは私? それともルーミア?」
「留美さんの方。 ルーミアの方は元気が出るというか? 楽しい声だ」
「⋯⋯そっか。 アリスケ君は好きなんだ私のこ⋯⋯声が」
「うん好きだよ留美さんのこ⋯⋯声が」
やばい⋯⋯なんだかとてつもなく恥ずかしい⋯⋯。
しばらくそのまま沈黙が流れる⋯⋯気まずい。
⋯⋯将来の夢か。
「夢が無かったら探すか作れ⋯⋯か」
「なにそれ?」
「僕がVチューバーになる前に、ねえさんに言われたこと」
「素敵な人ね⋯⋯あなたのお姉さんは」
「うん、そうだね。 ⋯⋯でも内緒だよ、言えば調子に乗るから」
「それは知ってる。 困ったお姉さんだもん、真樹奈おねえちゃんは」
将来僕はどうなるのかわからない。
でも今はVチューバーで居たい。
そのためにはテストで頑張らないと。
「さあ、おしゃべりはここまで。 勉強勉強」
「そうね」
きっと今はかけがえのない最高の時間なんだ。
神様が⋯⋯いや姉さんがくれた贈り物だ。
それを守るために今は勉強を頑張ろう。
こうして僕らはそのまま勉強会を続けたのだった。
一方その頃──。
── ※ ── ※ ──
「最近エイミィがアリスと仲良くなって嬉しいよ」
「でもアリスって酷くない!? もうファームは嫌だよ!」
【エイミィ農地送りがトラウマになってて草】
【そらそうだろw】
【ほらマロン慰めてやれよお前の嫁だろ?】
「でもそのおかげでエイミィの私ん
「⋯⋯まあそうなんだけどね」
【ホントこのバカップルはw】
【見せつけてくれるぜw】
【マロンとエイミィてえてえ⋯⋯】
── ※ ── ※ ──
などと配信は盛り上がっていたのだった。
そして1週間後の中間テストの結果は──。
よし! 平均89点! まずますの出来だ!
そしてそれとなく留美さんを見ると⋯⋯小さくガッツしていた。
留美さんもいい結果だったようだ。
これで安心して僕らはVチューバーができる。
いつまで続けられるのかはわからない。
でもだからこそ今は頑張りたい、Vチューバーを。
そしてその先に見つかるのだろうか?
僕の本当の夢が⋯⋯。
その日、家に帰ると木下さんが来ていた。
「木下さんいらっしゃい」
「お帰りアリスケ君。 テストお疲れ様⋯⋯で、結果は?」
「問題なしです」
「そうなら私からのお祝いよ」
そう言って木下さんは1つのUSBメモリステックを僕に手渡した。
「これは?」
「『アリス』の3Dアバターのデータよ」
「おめでとアリスケ。 これでやっと3D化ね」
「おお⋯⋯あのアリスがついに立体に⋯⋯」
「あと収益化も通ったわ」
「もうですか?」
「もうって⋯⋯すでに登録者数15万人の人気配信者なのよアリスケ君は」
「あれ? 今10万人くらいじゃなかったっけ?」
「きっと再開の生配信を見逃したくない人が登録したんじゃないの?」
「そうかもね」
「そっか⋯⋯嬉しいな」
「さあアリスケ君⋯⋯いや『アリス』のバージョンアップで再開よ!」
「はい木下さん! 僕、頑張りますね!」
僕が将来どうなるかなんてまだわからない。
でも今は⋯⋯。
こんなにもVチューバーがやりたい!
僕の⋯⋯いやボクの声を待っててくれるファンが居るのだから!
こうしてVチューバー『アリス』は復活するのだった。
── ※ ── ※ ──
「みなさんお待たせしました! 今夜からVチューバーアリス、3Dで復活です!」
◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆
今夜も『電遊アリスチャンネル』へようこそ部員諸君!
きょうもボクの遊ぶゲームを楽しんでくだしね!
部長のアリスでした。
いつものようにチャンネルフォローと☆☆☆への高評価をお願いします。
あと! ルーミアのチャンネルもよろしくお願いします! (圧)
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