#007 この後デビューです!

「あ──っ! 今夜いきなり配信なんて!?」


 木下さんが帰った後、僕は狼狽えていた。


「いや⋯⋯引っ越し終わったらすぐ始めるって話してたじゃない?」


 ああそうだった、確かにそうだった!


「でもいきなり今日なんて⋯⋯」

「ふむ⋯⋯それじゃあ機材の使い方も含めて、私のゲストとしてまず紹介しようか」

「うん⋯⋯お願い、ねえさん⋯⋯」


 姉の今夜の配信は19時からで僕の自己紹介のデビュー配信は21時からの予定だ。


「ねえさん、夕食はお蕎麦でいい?」

「おー引っ越し蕎麦ね! エビ天も付けて!」

「もちろん用意しているよ」

「さすが! 我が弟!」


 こうして僕は夕方からお蕎麦作りを始めたのだった。


「あーエビ天美味しい。 それにこのお揚げも⋯⋯」

「⋯⋯」


「なに? 緊張してんの?」

「当たり前じゃないか⋯⋯」

「いいアリスケ、今夜デビューするのはアンタじゃなくて『アリス』なの」

「⋯⋯」


「アリスの設定は『私の実家で留守番が退屈で人との交流を求めるオートマタ』でしょ? 緊張なんかしない」

「そうだったね⋯⋯ありがとねえさん」


「今度私のデビューした時の動画見て見なさいよ、今と全然違うからね」

「つまりデビューは黒歴史という事?」

「大抵のVチューバーにはそうなるもんよ、だから気負っても無駄。 むしろ後々ネタにされるくらいやらかす方が武器になると思ってなさい」


 その姉のアドバイスで僕はようやくリラックスできたのだった。


「ああ! お蕎麦おいしかった! こんな家事万能のお手伝いさんが居て私は嬉しい」

「ねえさんも料理くらいは出来るようになれば?」

「それは置いといて。 つまりアンタは今のままで十分キャラ作り出来てるって事よ!」


 なんかゴマかされた気がしないでもないが、姉さんなりの気配りに感謝する。

 僕は後片付けしながら姉の配信開始を待つのだった。


 ── ※ ── ※ ──


 あと10分で19時⋯⋯つまり姉の配信が始まる。


「えーと、これを立ち上げて⋯⋯こっちをこうして⋯⋯」


 姉の説明は雑だった。

 でもそれが姉らしく感じた。

 Vチューバーをしている姉はどこか別人に思えたが、こうしてみると同じ人だなって思える。


「じゃあ私が呼んだらそっちのマイクで答えなさいね」

「うん⋯⋯わかった」


 ヘッドマイクを被って僕は深呼吸する。

 5・4・3・2・1⋯⋯0!


「みなさん! こんばんはー! マロン冒険団の時間ですよ~!」


 僕は隣の姉が『Vチューバー、マロン』に変わったと実感した。

 そして高速で流れるコメントで姉に挨拶する視聴者たちがこんなにたくさん!?

 僕はニコチューブでのコメントが流れるのを目で追う事は慣れていたつもりだけど、この文字の密度では無理だった。


「えー皆さん、今夜はスペシャルゲストを連れて来ています」


 姉はどんどん喋らずにいい感じに間を取って、視聴者のコメントを書く時間を空けているようだった。

 それが姉の言葉と視聴者のコメントでの双方向のコミュニケーションになっている。


【もしかして妹さん?】


「はい、正解です!」


 そのコメントを拾った姉がまるで司会者みたいだった。


「えーでは紹介しますね、今夜このあとデビュー配信する我が妹『アリス』です」


 姉は手で僕にバトンを繋ぐ。

 すぐにしゃべらないと⋯⋯。


「あれ~緊張しちゃったりしてるのかな?」


 すぐに話せなかった僕を見抜いて姉はもう一度チャンスを作ってくれた⋯⋯今度こそ!


「ボクに緊張なんてありません、マロン姉様」


 これがVチューバー『アリス』の記念すべき初音声となった。


【あの時の天使の声だ】

【可愛い声】

【妹キャラだー!】


 高速でコメントが流れていく⋯⋯。

 それをボクは目で追いながらも話しかけていく⋯⋯視聴者のみんなに。


「皆様こんばんは『アリス』です。 このあとデビューする予定の新人Vチューバーです」


【初々しい】

【ピュアだ⋯⋯】

【マロンの妹とは思えんw】


 ⋯⋯などなど書きこまれている。


「普段はアレな姉ですが、こうしてボクの為に気配りしてくれる最高の姉です。 だから皆様これからも姉をよろしくお願いしますね」

「いや⋯⋯これアンタの紹介なんだけど?」


【ホントにリアル姉妹なんだ】


「ええそうです。 あの時の切断ミスの時は引っ越しの前で実家から配信していたので⋯⋯今はこうして新居で二人暮しですよ」


【姉妹だけで暮らしている⋯⋯だと?】

【いい匂いしそう】


「ははは! さっきアリスが作ってくれた引っ越し蕎麦の匂いが残ってるよ」


【俺もアリスの蕎麦食いたい】


「えー駄目、これは私のだ!」


 姉のアバターのキャラはサバサバしたお姉さんだった。

 どこか別人っぽかったけど、それでも姉だと思える不思議だった。


「ほらアリス! なんか一言」

「えっと⋯⋯このあとの配信で正式にデビューするので、ボクのプロフィールなどはその時に発表しますね」

「だそうよ! みんな質問考えおくようにね!」


 このあとボクは姉の配信を隣で見続けて聞き続けていた。

 ラジオのDJのようなイメージだったけどそれよりも視聴者との距離が近い。

 姉は視聴者からのコメントを上手く拾って会話を繋ぎ⋯⋯盛り上げていた。


 ⋯⋯これをボクもやるのか? できるかな?


 20:30になった。


「えー、この辺でいったんアリスとはお別れです」


【ええー】


「ごめんなさい、今から配信の準備するので」


【あれ? そこでするんじゃないんだ?】


「ええ、ボクと姉はお互い自室に配信環境を持っているので」


【生々しい生活感w】

【姉妹なんだよなあ】


「じゃあゲストのアリスとはまた後でね!」

「はい皆さん、また後でお会いしましょうね」


 そう言ってボクはマイクのスイッチを切った。

 そして無言で僕は姉の部屋をでる。

 それをアイコンタクトだけで姉は見送った。


 バタン!


 ⋯⋯思いっきりドアを閉める音が配信に入ってしまった。


【今出ていったぞw】

【ドアの音がw】

【配信事故w】


 そんなコメントがたくさん流れていくのだった。




 まだ隣の部屋で姉は配信を続けている。

 僕は一人で自分の機材を立ち上げる。


「これを⋯⋯こーしてっと」


 わりと簡単だな。

 あと10分か⋯⋯。


 ボクはさっきの配信を思い出す。

 意外と緊張しなかった。

 姉が一緒だったから? それともキャラを作って話したから?


 ⋯⋯きっと両方なんだろう。

 今まで他人とリアルでは話す勇気は無かった。

 でもネットで『アリス』としてなら⋯⋯。


 21:00 配信スタート。


「皆様こんばんは。 アリスです」


 今度こそ本当のボクの初配信デビューが始まったのだった。


◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆


このたび『ホロガーデン』からデビューすることになりました、

新人Vチューバーの『アリス』です。

これからのボクの活躍を見守ってくれるお兄さんやお姉さんはそこの『フォロー』を押してください。

そしてボクの事を応援してくれた分だけ『☆☆☆』を押してくれると、ボク嬉しいです!

これからもよろしくね、お兄ちゃんお姉ちゃん!


https://kakuyomu.jp/works/16817330649840178082/reviews

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る