#005 理想の『女の子』を創ろう

「アリスの⋯⋯」

「⋯⋯設定?」


 僕と姉さんは同時に木下さんに聞き返した。


「ええ、Vチューバーに『設定』は付きものよ。 これで人気が決まる事もあるわ」


 確かにその通りだ。

 例えば僕の推しであるルーミアたんの設定は『猫耳獣人の魔女』である。

 あの孤高を思わせる紫の毛並みと猫耳に僕は心を奪われたのだ。

 もしもルーミアの設定の何かが違えば、僕はあそこまで夢中にはならなかったかもしれない。


「なるほど、確かにそうですね」


 こうして僕らは揃って『アリスの設定』を考える事になった。


「まずアリスは『マロン』の妹としてデビューする⋯⋯これは絶対条件よ」


 それはそうだろう。

 もともと原因となった僕の鼻歌動画が炎上せずに済んだのは、姉さんが普段から⋯⋯、

「私の妹がね──」

 とか言っていたかららしい⋯⋯。


「ねえさん、なんで配信で僕の事妹扱いしてたんだよ」

「いやほら⋯⋯アイドルのリアルの近くに男の影があると、炎上するかもしれないじゃん」

「まあただのご姉弟なら、そこまで神経質にならなくてもよかったかもしれませんね」


 その木下さんの意見に僕も同感だった。


「じゃあアリスは姉さんと同じ種族になるって事?」


 Vチューバーには様々な『種族』が設定されている。


「マロンは人間だからね⋯⋯」


 姉のアバターに特にひねった設定は無いらしい⋯⋯。


「じゃあアリスは人間の女の子?」


 僕は木下さんが書いたラフ画を見ながら考える。

 まるで人工的な天使のような、その少女のアバターを。


「⋯⋯ハッキリと性別を公開するのは避けた方がいいと考えます」

「どゆこと、木下さん?」


 そう姉は聞き返す。


「⋯⋯おそらく、いずれはアリスケ君が男だとファンにバレる日は来るでしょう。 それが1年後か5年後かはわからないけど」


 ああ⋯⋯それはあり得るな。

 アイドルとかの私生活なんて、いつパパラッチされるかわかったもんじゃない。


「なので性別不詳のままデビューして、バレたとしても言わなかっただけ⋯⋯という予防線を張ろうかと」

「うわ⋯⋯姑息ね木下さん」

「リスクマネジメントと言いなさい」


 つまり僕は男であり女でもある? いやどちらでもないのか?

 昨日の僕の演技指導に男女両方があった理由がやっとわかった。


「それで昨日あんな演技の練習を⋯⋯」

「アリスケ君にまったく才能が無ければ『女声の男』でデビューも考えたけど、意外と女の子がハマっていたのよね」

「そうね⋯⋯アリスケがあんなに『女の子』が出来るとは思わなかったわ」


「理想の女の子を演じれるのは男だけだよ」

「うわぁ⋯⋯ムカつく」


 姉はちょっとムスっとした。


 僕が昨日演じた女の表現は『僕の理想の美少女』だ。

 別に性転換したい訳じゃないが女の子を演じるのは意外と楽しかった。

 ⋯⋯からかう人が居ないと、こんなに考えが変わるなんてね。


「アリスケ君は女の子になりたいの?」


 木下さんはズバッと聞いてくるな。


「うーん、僕はこんな女声でしょ? だから普段外では誰とも喋れない。 もしも僕の外見が普通の女の子だったら人生楽だったかな? と、思えたくらいには⋯⋯」

「別にそこまで女になりたい訳じゃないのね、安心した」


 どうやら姉さんに変態認定されずには済んだらしい。


「でも、こうして男言葉で話されると違和感凄いのよねアリスケ君は⋯⋯ちょっとここからは女の子で喋ってみてくれない?」

「ええ、いいですよ? こんな感じで?」


 ボクは思いっきりかわいく答えた。


「うわ⋯⋯あざとい」

「うるさいよ、

「⋯⋯ヤバい、なんか目覚めそう。 ホントに妹だったらよかったのに」


 ⋯⋯姉さんはそれでいいのか?


 それから話はアリスの姉『マロン』について話す事になった。


「そういえば、マロンお姉ちゃんの設定ってどうなっているの?」

「アリスケ、ちょっとそれもうやめて⋯⋯」


 姉さんは笑いを堪えるのに必死だった。


「ねえさんのアバターの設定ってどうなっているの?」

「私の『マロン』の設定はね『トレジャーハンター』よ!」


 マロン⋯⋯人間の女の子。 ⋯⋯子?

 伝説の宝を求めて世界を旅する冒険家らしい。


「その旅に妹が居たの?」

「うーん、無理があるかな?」


 その時木下さんが⋯⋯、


「マロンが発掘したオートマタとか、どうかしら?」


 つまりこういう事だ。

 マロンが遺跡の中で『アリス』を見つけて、妹にしてしまった⋯⋯と。


「なるほど⋯⋯これなら最近まで妹が居なかった理由もバッチリね」

「つまりマロンはその人形を妹扱いするヤバい人になるけど、いいの?」

「⋯⋯アリね」


 アリなのか⋯⋯どんなキャラでやってたんだろう? 姉は。


 こうして基本が出来て設定の細部を詰めていく⋯⋯。

 僕のアバター『アリス』は発掘された古代のオートマタで、トレジャーハンターの『マロン』の趣味で妹として修理された⋯⋯と。


「Vチューバーになったのは留守番が退屈だから、あとコミュニケーションの練習とでもしましょうか」


 その木下さんのアイデアは秀逸だった。

 なぜならその設定なら慣れない間はテンパっても『バグった』で済むからだ。


「僕からも提案ですが、元々は『男みたいな無性の喋り方』だったけど『姉さんの趣味で女の子の話し方をインストールされた』⋯⋯と、いうのは?」


 これはちょっとした予防線だ。

 たぶん僕がどれだけ気を付けていても、ポロっと男言葉が出てしまうだろうから。


「なるほど⋯⋯いい考えね」

「どんどんマロンの名誉が⋯⋯」

「名誉なんてものがある設定のキャラなの、マロンは?」

「⋯⋯いや無い。 だからOK」


 マロンは姉さんらしい大雑把なキャラのようだ。

 でもだからこそ人気Vチューバーになったのだろうな。


「私⋯⋯『ボクはアリス。 マロン様に発掘されて妹としてプログラムされたオートマタです。 これからコミュニケーション能力強化の為に皆様とお話していきたいです』」


 そうアリスを演じてみた。


「いいわね」

「いいじゃない!」


 どうやら好評だった。


 こうしてアリスの設定は完成した。

 ⋯⋯同時にマロンの設定に致命的なキズが入ったが、姉さんも木下さんも気にしていない。


「Vチューバーの設定なんて、そのうちみんな忘れているからね」


 ⋯⋯じゃあ今までなんでこんな苦労して考えていたんだろう?


 それから引っ越しまでの数日間、毎日の学校帰りに事務所へ立ち寄ってレッスンを受けた。

 僕がアリスに変わるというよりも、『アリスという別人格を作る』ような感覚だった。


「本気で声優とか目指さないか?」


 指導員の人はそんな風に僕のやる気を引き出してくれた。

 プロにそんな風に言ってもらえれば、いい気になれるというものだ。

 たとえお世辞だとしても⋯⋯。


「いえ、今はVチューバーだけ目指します」

「⋯⋯そうか、気が向いたらいつでも来いよな」

「はい、ありがとうございます」


 たとえ社交辞令だとしても嬉しい。

 まだ普通の人と話す気にはなれない。

 でもこうして僕の声を認めてくれる世界もあるんだ。


 これはただの現実逃避なのかもしれないけど、それでも⋯⋯。

 やってみたい、頑張りたい⋯⋯そう思えた。


 そしてとうとう僕と姉さんが新居へと引っ越す日が来たのである。



◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆


このたび『ホロガーデン』からデビューすることになりました、

新人Vチューバーの『アリス』です。

これからのボクの活躍を見守ってくれるお兄さんやお姉さんはそこの『フォロー』を押してください。

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これからもよろしくね、お兄ちゃんお姉ちゃん!


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