#002 ようこそ、この『夢の世界』へ

「Vチューバー⋯⋯? 僕が?」


 そんな事今まで考えたこともなかった。

 Vチューバー自体は知っている。

 よくスマホで見る推しだって居るから。


「そうよ、やってみる気ない?」

「えっと⋯⋯僕は人と話すのが苦手で⋯⋯こんな声だし⋯⋯」


 しかし⋯⋯。


「Vチューバーは顔出ししない職業よ、だからそのまま自信を持って話すだけでいいの」


 そう木下さんは言ってくれた。


「⋯⋯アリスケ、あんたやりなさい」

「ねえさん?」

「あんたが誰とも喋りたくない気持ちはわかる。 でもね、いつまでもそのままって訳にはいかないでしょ?」


 たしかにその通りだ。

 僕だって何年かしたら社会に出るのだ、誰とも喋らずに済む仕事くらいしかやりたくはない⋯⋯そう思っていた。


 その僕がVチューバー?

 世界中の人とお話する職業?

 ありえない⋯⋯。


「やっぱり無理ですよ。 今まで誰ともロクに話さなかった、ただのゲームオタクなのにVチューバーなんて⋯⋯」


 そう言って僕は断ろうとした⋯⋯だが。


「アリスケ君、ゲーム得意なの?」

「はい」


 なぜか木下さんはそこに食いついてきた。


「それがなにか?」

「⋯⋯ウチでもゲーム実況はやっているのよ、でもね⋯⋯」


 確かにゲーム実況はVチューバーの仕事の一つだ。


「⋯⋯ウチのタレントにはそこまでゲーム得意な子が居ないのよねー」


 そういや姉はゲームはほとんどやった事の無い人だな。


「いやいや、ゲーム好きと言っても有名どころの『ドラファン』くらいですよ」

「あードラファンか⋯⋯たしか最近スマホ版がリリースされたっけ」

「スマホにも出たのか⋯⋯リメイクばっかりだなあの会社は、やっぱりオリジナルが一番いいよ」


 僕はスマホではあまりゲームをしないタイプだ。

 なんというかゲームは実機でするのが作法というか⋯⋯。

 たんに家に古いゲーム機がいっぱいあるだけなんだけどね。


 僕と姉の父さんが凄いマニアで、未だに持ってるんだよ。

 それで遊ぶのが僕にとって一番お金のかからない趣味になっただけで⋯⋯。


「オリジナルって『ファミリーステーション』の?」

「そうですよ木下さん、家にあるのは古いレトロゲームなので」


 ファミリーステーションは『ファミステ』とも呼ばれる年代物の名作ぞろいのハードだ。

 元々は『家族の場』という意味のネーミングなのに『家族を捨てるファミステ』と呼ばれる、罪深いゲーム機である。

 最近では6世代目の『ファミステスイッチ』が発売されている。


「いいわね⋯⋯それ」


 木下さんの目が怪しく光った!


「何がですか?」

「Vチューバーを見ている人はかつてゲームをしていた30~40代の人も多いのよ。 そういった人たちはあまり最近のゲームには興味を持ってくれなくてねー」


 ああ⋯⋯たしかに。

 僕もお金はあんまり無いから最近のゲームはやらないな⋯⋯。


「つまり僕にレトロゲームの実況をしろと?」

「その通りよ、アリスケ君」


 ⋯⋯どうしよう、自信ない。


「アリスケの好きなルーミアはウチの所属だよ」

「なに⋯⋯?」


 いきなり姉が出した名前⋯⋯『ルーミア』は僕の推しのVチューバーだ。

 そういやVチューバー個人は知っているが、誰がどの会社の所属かなんてどうでもよかったから気にした事なかった。


「ねえさん! ルーたんに会った事あるの!?」


 僕は思わず叫んでいた。


「リアルではまだ⋯⋯でもコラボとかで共演なら何度も」


 なんだって──っ!?

 姉のすぐ近くにルーたんが居たなんて⋯⋯。


「ルーたんってあなた⋯⋯アリスケ君、彼女のファンなの?」

「はい⋯⋯使い魔です」


 ちなみに『使い魔』というのは彼女ルーミアのファンの名称だ。


「もしウチからデビューしたら彼女と共演コラボ出来るわよ?」

「⋯⋯」


 なんて悪魔の誘いなんだ⋯⋯しかし。


「僕はただのファンなのでそんな烏滸がましい事は⋯⋯」

「今なら最新式のパソコン一式付けるわ!」

「⋯⋯なんですって?」


 僕が使っているパソコンはもう10年も前の骨董品だ。

 そろそろいつ壊れても不思議ではない⋯⋯が、買い替えるお金も無かった。


「もしかしてねえさんの部屋に今あるパソコンって⋯⋯?」


 姉が家に戻って来たとき荷物に、姉には似つかわしくない立派なパソコンがあった。

 例の切り忘れていたパソコンだ。


「そうよ、1年前の私のデビューの時に会社から貰った」

「あのハイスペックマシンを⋯⋯」


 う⋯⋯羨ましい。


「今ならもっと高性能よ、パソコンの進化は早いからね」


 ⋯⋯なんだろう、未だにファミステを愛する自分がどれだけ文明に取り残されてきたのか実感した。


「⋯⋯顔出しは、しなくていいんですよね?」

「当然よ、むしろしちゃ駄目よ」

「⋯⋯やって⋯⋯みようかな?」


 それは悪魔に魂を売り渡した瞬間、だったのかもしれない⋯⋯。


 そして僕の気が変わらないうちにと迅速に契約書にサインさせられた。

 いちおう隣に姉が居るので問題ないハズ⋯⋯信じてるぞ、姉よ!


「アリスケ⋯⋯『ホロガーデン』へようこそ」


 ホロガーデン⋯⋯それが姉が所属する事務所の名前。

 そして僕がこれからデビューする事務所だった。


「ありがとう⋯⋯ねえさん」

「アリスケ。 今後アンタは私の妹よ!」

「⋯⋯え?」

「そういう設定で行きましょう、さっそくアバターの発注もしないと。 アリスケ君⋯⋯ちゃん、なにか希望はある?」


「⋯⋯あの僕、男なんですが?」

「誰が信じるのよ、その声で」


 辛辣だな、姉ぇ⋯⋯。


 それから僕のアバターはどうするか? という打ち合わせになった。

 このアバターのデザインが全てを決めるといっても過言ではないらしい⋯⋯。


「じゃあとりあえず『銀髪』で名前は『アリス』でお願いします」


 僕は銀髪が大好きだった。

 そして『アリス』はゲームを女性キャラでする時はたいていこの名前だったから抵抗がない。


「なるほど⋯⋯アリスケだからアリスなのね」

「私と似たようなネーミングね」

「ねえさんはどんな名前なの?」

「『マロン』よ」

「ああ⋯⋯栗林だからか」

「そゆこと」


 そして僕たちは話し合いながらアバターの細部を詰めていく。

 木下さんは元々絵を描く趣味があった人なので、ざっとしたラフなら描けるのだった。


「絵が上手いですね木下さん」

「ありがと、でもしょせんは趣味レベルだから⋯⋯本職の人に清書をしてもらうから安心してね」

「はあ⋯⋯」


「胸の大きさはどうする? アリスケ君?」

「盛ってもらえば? あんたおっぱい好きなんでしょ?」


 そう言いながら自分の胸を揺らして見せつけて、からかう姉だった。


「いや盛るのはいいよ⋯⋯おっぱいは愛でるもので持つものじゃないし⋯⋯」


 我ながら謎理論だった。

 あと姉の揺れる胸なんてどうでもいい。

 あんなのは見慣れた脂肪の塊だ。

 おっぱいの価値は誰のおっぱいかなんだ。


 僕はVチューバーになる事は決心したが、女になりたい訳じゃないんだ。

 だから巨乳脂肪なんて不要だ!


 そして僕はそのラフ画の銀髪美少女を見つめる⋯⋯。


「これが⋯⋯?」


 なんだかドキドキしてきた。


「そうよ、これがもう一人のアリスケ君なのよ」

「僕がこの美少女⋯⋯」


 変な笑いがこみ上げてくる。


「自信を持ってアリスケ君。 ⋯⋯いや、アリスちゃん」

「アリスちゃん?」

「私なんてもう目を閉じてあなたと話せば、もうこの美少女にしか思えないわ」


 なんてことを言うんだ木下さん⋯⋯。

 そして姉っ! 笑ってんじゃねえよ!


「あーはっはっはっはっ!」

「笑いすぎだろっ!」

「アリスケ」

「なんだ、ねえさん?」

「私さ⋯⋯妹、欲しかったのよ」


 何言ってんだこの姉は⋯⋯。


「良かったなねえさん⋯⋯夢が叶って」


 僕は少し投げやりに言った。


「アリスケ、あんたは今までその声で出来ない事が多かった。 きっと辛かったと思う」

「⋯⋯」

「でもね、その声でなきゃ掴めない夢もあるはずよ」

「あるかな?」


「無かったら探すか作りなさい。 ココではそれが出来る〝夢の世界〟なんだから」

「⋯⋯ねえさん」


「アリスケ⋯⋯いや私の妹『アリス』。 ようこそ、この『夢の世界ヴァーチャルワールド』へ」


 普段ああなのにどうしてこう時々カッコいい事言うんだろうな、ねえさんは⋯⋯。

 だから嫌いになれない、大好きな尊敬する僕の姉なんだ。


「初めまして『アリス』です。 これからよろしくお願いします」


 なにもかもが未知の世界。

 きっと一人では来れなかった世界だ。


 でもそんな新しい世界へ『ボク』は一歩踏み出したのだった。


◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆ ◇◆◇◆


このたび『ホロガーデン』からデビューすることになりました、

新人Vチューバーの『アリス』です。

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これからもよろしくね、お兄ちゃんお姉ちゃん!


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