プロローグ・2 半身と最愛の少女たち
俺の眼前に鎮座するモニタの中には、かなりの時間をかけてメイキングした、もう一人の自分とも言うべきプレイヤーキャラが映し出されている。
現実の自分よりも数センチほど盛った背丈に、漆黒の髪と、星を連想させる黄金色の瞳。精悍な顔立ちと、どこか優しげな色を孕む眼差しは、直視すれば正気度を喪失しそうな現実の俺とは似ても似つかない。まさに「勇者」、もしくは「主人公」と呼ぶにふさわしいいでたちを備えたこの青年こそ、このエタフロに生きる俺の分身である「アステル」だ。
漆黒に金の装飾をあしらった、愛用の旅装束に身を包んだ彼は現在、俺の脳内にのみ存在する物語の結末を再現するため、召喚の地の中央に存在する、石造りの祭壇の上にたたずんでいた。
そして、そんなアステルからやや離れた位置、祭壇の外周には、アステルとは別の人影が立っている。
内約は、どちらも女性。アステルを見守るように立つ彼女たちは、実はどちらも「俺が作ったプレイヤーキャラクター」だ。
エタフロはオンラインゲームとしては珍しく、ソロプレイヤーにも優しい仕様を多く備えていた。その一つが、アカウント内に作成可能なキャラクターの枠を潰す代わりに、作成したキャラクターをNPCのパーティメンバーとして仕立て、別の持ちキャラの仲間として加入させることができる「
プレイヤーキャラの延長であるため、キャラクターの外観はもちろん、そのキャラが専攻する
俺が手掛けた彼女たちもまた、ソロプレイの補助と、脳内RPの両方を楽しむために作り上げられた存在である。
エタフロを初めてしばらくしたころ、このPMC機能の存在を知った俺は、脳内妄想の拡充もかねて、自分の妄想と好みを詰め込んだ、自分だけの理想のパーティを作り上げたのだ。
一人目は、PMC機能で作り上げられた仲間の一人にして、アステルの次に作られたメンバーである、
肩にかかる程度のセミロングに伸ばされたふわふわの金髪と、深い翡翠の色に輝く瞳が特徴的な彼女は、脳内設定だと「ルクシアに降り立ったアステルにとって、初めて仲間になってくれた人物」という位置づけに居るキャラだ。
種族こそ竜人族なのだが、彼女は翼や尻尾、鱗状の皮膚といった器官を持っておらず、外観的には
そしてその隣に立つのは、セレネと同じくPMC機能で作り上げられたもう一人の仲間「サテラ」。
腰まで届く雪のように白い髪と、やや無機質な蒼の瞳、そして耳を覆う機械的なアンテナ状のパーツが特徴的な彼女は、サービス開始後しばらく経ってから実装された、
古代文明の遺跡を舞台とした大型ダンジョン「シュバリエ大遺構」の奥地で眠っていたところを発見され、彼らの手で永い眠りから目覚めさせられたことで、保護の名目でアステルらのパーティに加入した……という設定を与えられている彼女は、脳内設定においては、ゲーム中では存在のみ言及されている「
通常の機人族とは出自を異とする超古代機人は、かつて世界を支配し、今や人々の手に扱えない遺物と化した超文明に関する
二人のパーティメンバーに関しては、アステル以上に中の人の願望やら妄想の限りをぶつけて作り上げた覚えがある。
こだわり抜いたキャラクリエイトはもちろん、彼女たちの身に纏う衣装や、ゲーム中で習得する技能や専攻クラス。果てはゲームに直接関係ないようなキャラの性格設定や、彼女たちの生い立ちにまつわるバックストーリーに至るまでのほぼすべてを事細かく設定し、それを実現するために、けっこうな割合のリアル時間をささげてきた。その甲斐あって、この世界における俺の冒険譚は、何倍にもきらめきを増していったのだ。
もはや生活の一部となっていたエタフロをプレイする時間は、とどのつまり彼女たちとの逢瀬だった、といっても過言ではない。
……我ながら気持ち悪いことをのたまっていることは自覚の上だが、それでも二人と繰り広げた冒険の旅は、味気のないリアルなんかよりも、よっぽど楽しいものだった。
それが今日、消えてしまう。
たくさんの妄想と思い出を与えてくれた彼らが、消えてしまう。彼らの過ごした、我が愛する幻想の世界が、0と1の電子の海に溶け、失われてしまう。
そう考えてしまうと、ついついガチで涙が出そうになってしまうのだ。
「どうにかして、存続してくれないもんかなぁ」
叶わぬ願いと知りながら、どうしてもそう願わずにはいられない。
いっそ、どんな形でもいい。
ゲームシステムの一部を引き継いだオフラインゲームでもいい。なんならビデオゲームでなくとも、この世界で培ったあれこれを引き継いでくれるなら、何だっていい。
俺の分身と、そのかけがえのない仲間たちとまた逢えるならば、どんな形でもかまわないから、実現してほしい。それが、今の俺が抱く、心からの願望だった。
「……はぁ」
大きなため息が、また一つこぼれ落ちる。
終焉の時は、もうすぐそこまで迫っていた。
***
それから、俺は召喚の地にたたずむ三人を見つめながら、時折飛んでくる仲の良かったギルメンとのチャットにいそしんだり、エタフロでできる最期の脳内妄想にふけったりしていた。
ふと時計を見やれば、残り時間はあと10分もない。モニタに向き直れば、全ワールドに向けて
「……終わっちゃうんだな」
そうぼやいた自分の声が、まるでこの世の終わりを悟ったかのような声音で、自分で自分に笑ってしまう。
思えば、エタフロは学生時代から今に至るまで、ずっと自分と共にあり続けたゲームだった。
このゲームに――我が分身たる彼と、最愛の彼女たちには、たくさんの思い出を貰った。嬉しい記憶、苦い記憶、その全てが、今は懐かしい思い出だ。
このゲームを通じて、色々な人と知り合った。時には諍いに発展することもあったが、そんな出来事も含めて、たくさんの良き出会いに巡り合うことができた。
進級したクラスに上手くなじめなかった時や、仕事で些細なミスをして、イヤミな上司からしこたま怒られた時。そんな嫌なことがあった時も、エタフロを起動して、愛しい三人の繰り広げる冒険を見ていれば、自然と笑顔になれたものだ。
俺にとって、エタフロというゲームは間違いなく、「半身」とも呼べる存在で。
このゲームの中で培ってきたたくさんの思い出は、俺にとっては間違いなく「現実」だった。
それが失われてしまったら、俺に生きていく意味はあるのだろうか?
そんな益体もないことを考えて、俺の気持ちは、また深く沈んでいた。
「……ん?」
そんな時。ふと、画面の右端に向けた視線が、点灯する一つのアイコンを捉える。
「メッセージ……?」
封筒入りの便箋をデフォルメしたそのアイコンは、どこかの誰かが自分に
ゲーム内で直接チャットでやり取りする友人はそこそこいたが、伝達事項はゲーム内チャットや外部のSNSを使って伝えるほうが早い。ゲーム内結婚式に参列するための招待状か送られてきたことはあったが、ともかく、このゲームにおいてわざわざメッセージ機能を使うことは極めて稀なのだ。
となると、メッセージ元の心当たりは一つしかない。このメッセージの送信主は、日ごろメッセージという形で色々な通知を投げてきた「このゲームの運営」で間違いないだろう。
受信トレイを開いてみれば、案の定そこに書いてあったのは「EF運営」という名前だったのだが――
「は?」
その下に書いてあった件名に、思わず疑念の声を漏らすこととなった。
差出人:EF運営
To:Astel Strahl
件名:創世神より
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