俺得幻想譚〈オレトク・ファンタジア〉~大好きなゲームの世界に転生した俺は、理想の恋人たちと旅をする~
矢代大介
プロローグ
プロローグ・1 幻想の終わり
「はぁ~あ…………」
魂まで抜け出るようなため息が、俺の口を吐いて出る。
時刻は夜の11時。それなりに質のいいアパートの一室に構えられた我が居城。
部屋の一角に据え付けられたパソコンの前に座る俺は、今日何十回目、いや何百回目とも知れないため息に、思わず自嘲の苦笑を漏らした。
《お知らせ……本日24:00を持ちまして、ETERNAL FRONTIERはすべてのサービスを終了させていただきます。終了30分前には、運営からプレイヤーの皆様へのご挨拶がありますので、ぜひ始まりの街「アンファング」へとお越しください。ETERNAL FRONTIERをご愛顧頂き、本当にありがとうございました》
ふと、眼前に鎮座するモニタの画面上部に出現した長細いウィンドウ内で、ゆっくりとテロップがスクロールし始める。
1週間ほど前から出現し始め、今やすっかり見慣れてしまったそれは、紛れもない「この世界」の終焉を告げる、造物主たちからのメッセージだった。
俺がため息を生産し続ける機械になっている、唯一にして最大の理由。
それは、この世界……俺が長きに渡って愛し続けた「
背もたれに沈めていた身体を起こして、もう一度眼前のパソコンへと向き直る。
ここ数年、毎日欠かさず向き合ってきたモニタの中には、俺が愛した「世界」が、変わることなく映り続けている。一見、何処にも違和感は見当たらないはずの世界はしかし、どうしようもないくらい、寒々しい静けさに満ちていた。
「はぁぁ……」
もう一度、深い深いため息。けれどそれで何かが変わることはなく、今の俺には、ただ現実を受け入れる以外の道はなかった。
ずっしりと沈んだ心持ちのまま、再びパソコンに向かい合う。手元の
*
「
現代とは全く異なる時空の上に成り立った世界である「ルクシア」を舞台にして、その世界に召喚された主人公を取り巻く様々な物語を体感するとともに、広大なルクシアを自由に旅する……と言うのが、このゲームの基本的な骨子だ。
世界観は、剣と魔法の世界を下地に、過去に発達していた古代文明の残滓を交えた技術が発展している……という、王道を行くファンタジー世界。
プレイヤーは、冒険の舞台となるルクシアを取り巻く数々の異変に立ち向かうため、ルクシアの創造主である女神によって召喚された、異世界からの来訪者「エトランジェ」として、ルクシアでの日々を過ごしていく……という、これまたよくある王道な展開を踏襲した、まさしく「王道一直線」といえるゲームに仕上がっていた。
そんなエタフロに俺が足を踏み入れるきっかけとなったのは、ネットサーフィン中に何気なく目に留まった小さなバナーが始まりである。
「エタフロでもう一つの人生を始めよう!」なんて謳い文句に惹かれ、初めて踏み入ったオンラインゲームの世界は――俺を圧倒した。
何処までも続く美しい風景が織りなす世界と、緻密なプログラミングによって、現実さながらに再現された人々の営み。
アクションRPGのスタイルを採りながら、高い拡張性によって自分だけの戦い方を追求することができる戦闘システム。
オーソドックスな鎧から現代風のカジュアルなファッションまで取り揃え、自らの分身であるプレイヤーキャラを思いのままに飾り立てることができる着せ替えゲー要素。
そして何より、無数のプレイヤーが同じ世界を歩き、時に並び立ち、時に向かい合うという、一期一会が生み出す濃密なプレイ体験。
界隈を見回しても類例の少ない高い自由度と、充実したコンテンツ量が織りなすハイクオリティなゲーム性によって、ライトゲーマーだった俺はすっかり魅了されてしまい――結果、サービス開始からの10年間、俺はこのゲームを長くプレイするベテラン、というか廃人になっていた。
その入れ込みっぷりたるや、「この世界は俺にとってもう一つの現実です!」なんて真顔で豪語していたことからうかがい知れるだろう。記憶の限りだと、受験勉強の時と就活に励んでいた時、それと定期メンテナンス中以外は毎日欠かさずログインしていた覚えがあるし、自他ともに「住んでる」と言っても過言ではなかった。
公式からのプッシュは控えめなゲームであったにもかかわらず、口コミやネットの評価によってプレイヤーが集まり、そのたび世界は加速的に活気づいていった。
運営からの手厚いサービス体制や、そのボリュームに見あわない良心的な課金体制もあり、エタフロは「MMORPGの最高傑作」という呼び声の元、長きに渡って君臨していた。
――そう、君臨「していた」のだ。
*
エタフロが生まれ落ちてから、今日に至る長きの間に、ゲームの水準は確実に上がっていった。
もちろん、小手先の技術ではエタフロに太刀打ちできるはずもないのだが、チリも積もればなんとやら。日々進化する業界の中では、如何に長く続いたゲームと言えど、いつかの終焉は、避けて通れない物だった。
出品のなくなっていくゲーム内バザー。
リポップしたモンスターが延々と徘徊するだけとなった、かつて人気だった経験値稼ぎスポット。
ある日唐突に、ルクシアから姿を消していくプレイヤーキャラクターたち。
緩やかに、けれども着実に、ルクシアという世界に満ちていた活気が失われていって。
そんな日々が続いてしばらくの後、今から半年ほど前、ついに運営から「サービス終了」が告知されたのだ。
***
「到着っと」
眼前のモニターに映し出されてた光景を見つめて、俺は一息つく。
サービス終了まで残りわずかとなった夜半。現在、俺が駆るキャラクターは、サービス終了前最後のイベントである「運営からの挨拶とカウントダウン」が行われる始まりの街〈アンファング〉――ではなく、そこから少し離れた場所にある、小さな森林マップの片隅にたたずんでいた。
俺のアバターがたたずむこの場所は、ETERNAL FRONTIERというゲームが始まる地。始まりの街アンファングへと向かうよりも前、キャラクターメイクを終えた全プレイヤーが最初に降り立つ、〈召喚の地〉と呼ばれる場所だ。
朽ちた遺跡の残骸と、その中央に鎮座する、魔方陣が刻み込まれた石造りの台座。小鳥のさえずりと、風に揺れる木々のざわめきだけをBGMに描画されるそこは、何年も前、俺が初めてこの世界に降り立った時とは比べ物にならないほど、穏やかな静寂に満ちていた。
「やっぱり、冒険を終わるならここじゃないとな」
「かつてエトランジェとして召喚された主人公は、長い長い旅の果てに、始まりの地へたどり着き、この世界から去ることで、物語の幕が閉じる」。
数年前、まだまだこのゲームが盛況だったころに考えた妄想が具現化されたのを見て、俺は喜びと悲しみの入り混じった、複雑な思いを抱いていた。
「……懐かしいな、ここも」
10年前、この世界に降り立った俺の冒険が始まった地。ここから生まれた様々な出会い、そして楽しかった冒険の歴史が脳裏をよぎり、俺は自然と笑みを浮かべていた。
冒険を初めてまもない頃、フィールドに配置されていた強力なモンスターにエンカウントし、勇み足で挑んだ結果、ものの数十秒で敗退を喫したこと。
初めてのフレンドとなった人たちと共に、新しい装備の作成に必要なアイテムを調達しに行ったところ、妙なリポップ運の悪さに足を引っ張られ、ただの鉱石採掘に3時間近くを費やした事。
初の大型アップデートが告知され、公式サイトに列挙された圧倒的なボリュームに、ゲーム内で懇意にしていた友人たちと喝采を挙げたこと。
恐ろしいほどの時間と、気の遠くなるような数のアイテムを集めた末に、ゲーム内でもごく少数のプレイヤーしか手に入れられなかった特別なアイテムを手に入れ、SNSで盛大に自慢しまくったこと。
目を閉じれば、どの思い出も、つい昨日の出来事だったかのように思い出せる。
たとえこの世界が0と1の羅列で作られた仮想のものだったとしても、その全ては、記憶の底でなお輝く、本物の思い出だった。
そして、そんな記憶を振り返ることで、俺のもう一つの現実とも言えたこの世界が消えてしまうことが、嫌が応にも実感できてしまう。
せめて最後の瞬間までは、愛する世界と、愛するキャラクターたちを目に焼き付けておこう。
胸をすくような寂寥感に耐え兼ねた俺は、もう一度ため息を吐きだしながら、改めてモニターに向き直った。
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