第17話 初夜、私は大丈夫だろうか……
ヴィルドレット様は私の方へ歩み寄って来て手を差し出した。
「俺は、女性をエスコートするのがあまり得意ではない……許してくれ」
ボソリと言ったヴィルドレット様の言葉は一人称が『私』から『俺』になっていて、声のトーンもちょっと違った。
何というか……素のヴィルドレット様が垣間見れた気がする。
「いえ……こちらこそよろしくお願いします」
椅子に腰掛けたまま私はぺこりと頭を下げ、それからヴィルドレット様から差し出された手の平の上に私の手の平を重ねた。
ルイスさんの先導で部屋を出ると、まず長い廊下に出る。
歩きながらルイスさんが口を開いた。
「さすがに全ての部屋を案内するのは骨が折れます故、主要なところのみの案内とさせて頂きます」
「はい」
そりゃ、そうでしょうね。
この屋敷を外観から見た時の光景を思い出しながら、ルイスさんの言葉に私は素直に納得する。
それにしても凄い屋敷ね。その規模もさることながらその豪奢さも目を見張るものがある。
例えば、今歩いている廊下の床には高級感を醸し出す金の刺繍が施された黒の絨毯が敷かれ、白を基調とした空間によく映えている。
壁には等間隔に、一目で高価な代物だと分かる絵画が掛けられ、脇には花が飾れている。その花が活けられている花瓶もまた素人目でも容易に高価な物だと想像出来るような代物だ。
そんな廊下が端から見た場合だと、もう反対側の端が目を凝らさなければ見えない程に長く続く。
私は辺りを見回しながら感嘆の溜息を吐いた。
分かってはいたけれど、ここまで違うとはね。恐るべし公爵家。
そういえば、この政略結婚を機に父には『伯爵』が与えられるらしい。
父の出世の為にも、私の幸せの為にも、このチャンスを必ずものにして、絶対にヴィルドレット様と幸せにならなければならない。
私が幸せになる事こそが、この縁談を実現してくれた父への一番の恩返しになるのだから。
廊下をルイスさんの後を付いて私とヴィルドレット様が並んで歩いていると、途中3人の侍女とすれ違った。
その際、皆すれ違い様に私達に進路を開け渡すかのように壁側に寄ってお辞儀をしてゆく。
魔女だった頃は人から頭を下げられる事なんて無かった。
下級貴族とは言え、人からペコペコと頭を下げられるのが当たり前の今世。
これが未だに慣れない。非常に心地が悪くて私は苦手だ。
ルイスさんや、ヴィルドレット様が侍女達のお辞儀に対して何の反応もしない中、私だけが侍女達に軽く会釈を返していく。
ちなみに、屋敷に着いた時に私の荷物を運んでくれた2人の侍女と今すれ違った3人の侍女とは別人だ。
やはり公爵家ともなると雇われている侍女の数も桁違いなのだろう。1人しか雇えない実家とはやはり次元が違う。
あ、そういえば侍女に預けた私の荷物……
後でしっかり在処を把握しておこう。
今夜は大丈夫だろうけれど、明日の夜はきっと『黒』が必要になるはず。 そう考えて、ふと物思いに耽る。
明日の夜……私は大丈夫だろうか……。
胸の奥で不安と期待が膨らんでいく。 私はチラっと横目でヴィルドレット様へ視線を向けた。
――ッ
ドクンと鼓動が跳ねた。
私は隣りで歩くヴィルドレット様に赤面した顔が悟られないよう、下を向いた。
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