第16話 頑張れ私!

  屋敷巡りの前に腹ごしらえという事で、今から昼食との事らしい。

 

 公爵家の昼食――さぞ、昼食らしからぬ豪華な内容を予想していたが、意外とそうでもなかった。

 いや、むしろ実家で出される料理より質素で、少ない。


 お義父様曰く、エドワード家では上級貴族だから、といったような豪勢な食事はとらないらしい。


 人間社会は格差社会。そして、貴族社会に身を置く者達はその1割にも満たない。なのに、貴族による食料消費率は全体の約半分を占めている。

 何故そんな事になってしまっているのかは、もはや説明は不要だろう。


 貴重で高価な食材だけが美味しいわけでは無いし、比例もしない。ましてや、そんな高価な食材を使った料理を食べきれないと分かっていながら毎日食卓に並べるのは愚か者がする事である。と、空から耳に聞こえきそうな料理達が目の前に並べられていく。


 品数は全部で5つ。サラダに、野菜スープに、白身魚のソテーに、パン。あと、それからデザートに……ぷりん!! 

 ちなみに私はぷりんに目がない。そして、見れば分かる絶対に美味しいやつ! 私程の目利きにもなると、見ただけでそれが分かるのだ。


 丸い筒状の透明の容器に入ったそれは、王道のぷるぷるタイプでは無い、なめらかタイプだろう。

 表面がこんがり焼かれた茶色い部分と、透明の容器越しに見える真っ白な中身とのコントラストがなんとも美しい。

 もしかしたら私史上最高を更新するかもしれないね。


 とにかく、早く食べたい!! だけど、この場面でデザートから食べ始める訳にもいかないので、仕方なく脇役達から片付けていく事にする。


 私はぷりんへの欲求を抑え、平静を保ちながらも、視線はぷりんに釘付けだ。


 サラダを食べてる時も、魚を食べてる時も、飲み物のグラスに口を付けてる時も、お義父様と会話してる時も――


 ずーっと、ぷりんに釘付け。


 ぱくぱく、もぐもぐ、むしゃむしゃ、ごっくん……ワクワク、ドキドキ……っ!!……ウットリ。


 はぁ〜。 美味しかった! ご馳走様でした! 


 脇役達をキレイに全部平らげて、そして最後のぷりんを全身全霊で味わった。

 本当に美味しかった! ぷりんだけでなく、全部美味しかった! 脇役なんて言ってごめんね。

 きっと、凄腕のシェフが在駐しているに違いないね。


 丁度いいくらいに満たされたお腹と、一切の食材が残されていない食器。

 何というか。食後の余韻がとても気持ちが良い。食後のコーヒーを飲みながら、ふっと一息ついた。

 



 昼食を終えると、さて、いよいよ屋敷巡りの開始だ。

 

「それじゃあ、私はここらで仕事に戻る。ルイス、後はよろしく頼んだぞ」


「かしこまりました」


 てっきりヴィルドレット様が案内してくれるのかと思いきや、ルイスさんが案内してくれるらしい。


 席を立ち、扉へと歩を進めるお義父様の背中にルイスさんが一礼すると、それと同じタイミングでヴィルドレット様も席を立ち、口を開いた。


「じゃあ、私も仕事に戻――」


 その瞬間、足を止め、振り返ったお義父様の罵声が部屋中に響いた。


「馬鹿か!!お前は!! 仕事などしとる場合か!! いいか、お前は今日、ハンナ嬢をエスコートする事に専念するのだ!分かったな!?」


「……はい……」


「分かったな!!?」


「はい。心得ました。」


「……うむ。では、私は執務室にいる。何かあったら教えてくれルイス」


「かしこまりました」


 こうして、ようやくお義父様は部屋を後にして行った。 


 それしても……今のではっきりと分かった。


 ヴィルドレット様はやはり、私には興味を持っていないらしい……。


 そもそも、ヴィルドレット様に見初められて私は今ここにいるわけじゃない。それは最初から分かっていた事。


 しかし、形はどうあれヴィルドレット様の婚約者として今ここいるのは私だ。


 結婚さえしてしまえばヴィルドレット様だって私を愛してくれるはず。

 

 だって、結婚ってそういうものでしょ?


 今は粗相の無い立ち振る舞いを心掛けて、明日の結婚式を無事に迎えれるようにする事が私の当面の目標だったはず。

 落ち込んでる暇なんてない!! 頑張れ私!!

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