第7話 結婚へ向けて

 ヴィルドレットの『愛さない』宣言より遡る事、十数時間前――朝。 ハンナの実家、スカーレット家にて――




 私を寂しそうに見送る両親、兄、そしてまだ幼い妹。

 今世、生まれ育った実家を背に、今私は夢と期待が詰まった明るい未来へ向って歩き出した。


 空を見上げれば、今の私の気分を表したかのような晴れ渡る青空が今日というとても素晴らしい日に彩りを添えてくれている。


 あれほど夢焦がれた『結婚』を目前にし、私の心は弾んでいる。 今の私の表情は心からの笑顔だ。


 今世――私に生まれた事を女神様に感謝します!




 前世――私が『魔女』として生きた生涯、それはとても寂しいものだった。


 愛を知らず、愛される事に憧れを抱いきつつも、一人孤独の闇を彷徨う日々。

 そんな辛く寂しい日々を過ごす中で唯一、私の心を癒やしてくれる存在がいた。


 その存在は『猫』だった。真っ黒なその見た目から私はクロと呼び、毎日語り掛けては私の心に蔓延る孤独感を紛らせていた。


 いつも傍にいてくれたクロは私にとって心の支えで、かけがえのない存在だった。 すごく、大切な存在だった。それは本当の、本当で決して嘘じゃなかった。でも、


 だからといって私の心が満たされていたわけでは無かった。


 何故ならクロはただの猫だったから。

 幾ら話し掛けても言葉が返ってくる事は無いし、考えている事も分からない。悲しみや喜びを共有する事もない。

 ただただ、私が一方的に話し掛けるだけだった。 寂しかった……


 クロさえ居てくれればそれで良い――そう自分に言い聞かせていた。でも、本音は違った。


 言葉を交わしたかった。喜びや悲しみを共有したかった。――愛を知ってみたかった。誰でもいいから私の事を愛して欲しかった。


 だから私は人間として生きたかった。魔女ではなく、女として――




 そして、私のその願いは今世、人間に生まれ変わった事で叶えられた。

 ただ、どういうわけか、私は前世での記憶を引き継いでいる。もちろん、私の前世が魔女だった事は極秘事項で、誰にも言っていない。

 もし、バレでもしたその時は『現在に甦りし魔女』として処刑は免れないだろうから。


 まぁ、そんな事はさて置き。

 私は今幸せの絶頂にいる。理由は前述にある通り、私の結婚だ。


 私の嫁ぎ先は王国屈指の名家であるエドワード公爵家。そして、私の夫となるのが嫡子にあたるヴィルドレット・エドワード様。


 聞くところによるとなんでも、類い稀なる剣の才能をお持ちのヴィルドレット様は剣聖に選出され、近衛騎士団長を務めているとか。更にそのお人柄も良くて、超が付くほどのイケメン。


 そんな御方だからこそ当然、色仕掛けやら何やらあらゆる手段を使って何としてもでもヴィルドレット様を振り向かせようとする上級貴族の令嬢が後を絶たなかった。

 その一方で「私なんかでは……」と、密かな恋心を胸に秘めるだけで尻込みして何も行動に起こせない下級貴族の令嬢も大勢いた。

 とにかく、ヴィルドレット様の存在は多くの貴族令嬢達を虜にし、私もまた、そんな麗しきヴィルドレット様の事を遠目から憧れる下級貴族の令嬢だった。


 そんな王国屈指のモテおとこであるヴィルドレット様だが、何故かその身に降り掛かろうとする色事からは逃げに逃げ続け、持ち掛けられるお見合いに対しても頑なに拒み続けた。

 そして仕舞いには「生涯未婚」を公言してしまう始末。


 それでも尚、我こそはと百戦錬磨を誇る見目麗しい令嬢達はヴィルドレット様へ挑み続けたが、結局誰一人としてその牙城を崩す者は居なかった。


 そんな、王国屈指の令嬢モテおんな達が全く通用しなかった難攻不落のヴィルドレット様が何故私のような下級貴族令嬢と婚約するに至ったのか――そこには私の父による執念の策略があったからだった。

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